第13話 柊翔太の過去

「あの、柊さんにもう1つ聞きたいことがあるんです」

神代は畏まりながら翔太に訊ねた。


「柊さんは年齢の割にはかなりコンピューターについて精通されているので、

社会人になる前から何らかの経験があったように感じました」


田村は目で促した。自分から話せということだろう。


「これは個人的な事情なので、口外しないでほしいのですが」

はい、と神代もうなずいた。


としての学生時代までの記憶がないんですよ」


「記憶……喪失?」

「はい、そう受け取っていただいて構いません」


実際にはもっとな状況だが、こう表現することが納得されやすいと判断して、田村を含む同期にも同じ表現で伝えている。


「一番古い記憶は病室から始まったのですが、両親や姉を名乗る人物に対しては、赤の他人としか認識できませんでした」

「そんな……大丈夫だったんですか?」


主語が明確でない問いかけだったが、文脈で判断して回答する。

「はい、食事や料理、読み書きや計算などはできたので、退院後の日常生活に支障はありませんでした」


「記憶が戻る可能性はあるのでしょうか?」

神代がかなり心配そうな顔しており、申し訳ない気持ちになった。


「体の状態や家族や医師が詳しいことを話さない状況から、過去の柊翔太が何らかの自傷行為をしたのではないかと推測しています」

「――っ!」


神代は更に悲痛な表情に変わった。

(重ね重ね申し訳ない……)


「大丈夫です、これ以上暗い話にはなりません。

警察の介入はなかったので、事件性もないと思います。

幸いなことに、家族は皆優しい人でした。

ただ、柊翔太の交友関係に何らかのトラブルがあった可能性があるので、無理に思い出さないことにしました。

これについては医師と家族も賛同してくれました」


「そうだったんですね……」


「このまま地元の仙台にいないほうが良いと判断し、柊翔太の知り合いがいない東京に就職することにしました。

姉が東京の会社に勤務しているので、入社後の当面の生活はサポートしてもらいました」

神代はほっとした表情になった。


「入社してからは学生時代の話が出てしまうので、田村を含めて親しい同期には、今の話を打ち明けました」

田村が神代を見てうなずいた。神代は安心してくれたようだ。


「社会人になってからは何事もなく人生を歩めているので、あまり変な同情をしてほしくなかったのですが、幸いなことに同期も普通に接してくれました。

これは本当にありがたかったです。

もちろん田村にも感謝しています」


田村がちょっとテレている。

(これまで散々からかわれてきたので、一矢報えたかな)


「簡単に言ってはいけないことだとは思いますが、なんとなくわかります」

神代は普通に接してもらうことの難しさを実感しているのだろう。


「俺の場合、今は家族も普通に接してくれているので、梨花さんのほうが大変ですよ?」

「ふふふ、そうですかね?」

多少ぎこちないが、場の空気は戻ってきたようだ。


神代はしばらく考え込んでから、こう言った。

「柊さん、私とお友達になってくれませんか?」

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