1話 意外と付き合うって面倒くさいという話

 別に特段なにかあったという訳ではない。

 訳ではないんだけど……特段なにもなかったからこそこうなった、というのが正しいのかもしれない。


 三年付き合った彼女と自然消滅した。


 彼女とは幼馴染で、小学校から中学まではずっと一緒だった。思春期によくある、男女間の壁というか異性とつるんでいるのがなんとなく恥ずかしいアレも特に感じず、僕達は何処に行くにも何をするにも一緒だった。

 二年の初め、彼女に告白される形で付き合うことになった。


 多分、変わらなかったのが良くなかったんだと今なら思う。

 告白された時、正直付き合うというのがよく分からなかった。嫌ではなかったし、好きか嫌いかでいえば絶対に好きだったから付き合った。それだけだった。


 普通に遊んで、普通に時間が経って。

 特段なにもなかった。


 だからだろうか、高校に進学して学校が別々になってからはあまり会わなくなってしまった。今では連絡すら互いにしなくなって、完全に自然消滅というやつだ。


 だからどう、という話ではないのだけれど。


 みっともなく言い訳をするのであれば、仕方がなかったんだよとしか言えないんだけど。

 僕が言えることなんて、次はもっと上手くやるという強がりだけなんだけれど。


 まぁどうでもいいやそんなこと。


 終わったことにいつまでもこだわるほど僕の脳みそは上等じゃないのだ。それどころか終わってないことまで忘れてしまう。具体的には昨日提出締め切りの宿題のこととか。きっと僕の前世はダチョウかなにかだ。


 そんな訳で、フリーになった僕は女の子を眺めるために学校終わり、学ランのまま街中へと繰り出した。


 僕は思春期真っただ中の男の子だ。勿論言うまでもなく当然のように、なんて当たり前という言葉を三重に重ねてしまう程度には女の子のことが大好きだ。世間では女の子をそんなに好きじゃない男の子もいるのかもしれないけれどそんなこと僕には関係ない。僕は、女の子が、好き。重要なのはそれだけなんだ。


 けれど、けれども。お付き合いというのは中々面倒なもので、特定の誰かと付き合っている間はヨソの女の子にちょっかいを出すのは良くないらしい。当たり前の言葉を何重に重ねてもいいくらい当たり前の常識、と元カノは言っていたけれど、その言葉が文字通り重なり過ぎて重たい。


 そう、重たい。

 面倒くさい。


 振り返ってみれば重くて面倒だった思い出ばかりだ。

 女の子ってのは誰でもそういう感じで重たいのだろうか? それとも彼女が特別重たかっただけ?

 どっちでも別に構わないけどね。どうあろうと僕は女の子が好きだし、彼女のことだって今でも好きだ。


 街中を当てなくうろつく僕だったけれど、なんというか、これといって目を引く出会いなんてなかった。


 そりゃそうか。

 時刻は夕方五時を少し回ったくらい。田舎でも都会でもない微妙なこの街を歩く主要な年代層は僕と同じく学校帰りの学生だった。グループで行動している男女が多く、一人で歩いているのは少ない。というか全然いない。


 幼馴染の元カノはめちゃ美人だった。超絶な美人だった。中学時代からモテまくっている美人さんだった。

 その悪影響で、僕の目は肥えてしまっていた。


 自分の顔を気にせず失礼を承知で言うけれど、世間に美人とか美少女とか、そういう風に形容できる子って全然いないんだよね。百年に一度の美少女は百年に一度しか現れないからこそ百年に一度の美少女なんだ。漫画やアニメやドラマ、あるいはアイドルの売り出し文句みたいにワゴンに詰め込まれた安売り品のように湧いて出てくるものじゃない。

 偏差値、あるいは平均で考えてみれば分かりやすい。外れ値の如く整った外見の子なんてそうそういるはずもなく、その子と自分が出会える可能性なんてそれよりも遥かに低い。


 いや。いやいや。

 こうは言ってみたけれど、実際の所おっ、と思ってしまうような美人さんが全くいなかった訳じゃない。ゼロじゃない。全人類をブサイクだと言えるほど僕の目は肥えている訳じゃないし、そこまでになるほど僕の元カノが天使だった訳でもない。


 なら何故そういう子に僕が声をかけないのか。


 簡単な話、美人な子、可愛い子っていうのは大抵が彼氏持ちなんだ。イケメンがモテまくって彼女が尽きないのと同じように顔面偏差値上位勢ってのは女の子もお相手が絶えないものなんだ。


 まったく、理想が高すぎるのも困ったものだぜ。


 下校中の学生さん達が多いといったけれど、可愛い子はグループじゃなく彼氏さんと二人っきりってパターンがほとんどだ。とんだ不良共だ、学生なら学生らしく学校が終わったら真っすぐ家に帰れよな、こんな街中に出てくるなと声を大にして言いたい。最近の若い奴らはけしからんことこの上ないね。


 そんな風紀の乱れに乱れた現代社会を嘆きつつ、声のかけやすそうなフリーの女の子はいないのかと、さながら猟犬にでもなったつもりで胸の内で喉を鳴らしながら僕が歩いていると――


 ――曲がり角の先に、いた。


 めちゃ可愛いと言っても過言ではないくらいの女の子がそこにいた。


 ピンクと黒のやたらヒラヒラした服を着た、真っ黒のマスクの女の子。ツーサイドアップの長い黒髪にめちゃ分厚いブーツ。耳にはバチバチにピアス。

 彼女は悪魔みたいな長い爪で器用にスマホを弄っている。耳にはワイヤレスなイヤホン。車の通りも少ない道の信号を素直に液晶に向かいつつ待っていた。


 なんだっけこういうファッション。流行ってるって聞いたけど……魚雷系? 確かに分厚い戦艦の装甲をぶち破って内部から炸裂しそうな強烈さがあるな。


 そしてまぁ、なんというか、角を曲がってすぐの目と鼻の先に突然そんな子が現れたものだから、あんまりにもその子が可愛かったから僕は感動して空を見上げてしまった。天を拝みたい気持ちってヤツだと思う。


「あ」


 グラグラと揺れていた。

 キャバクラとかパブとか、そういうお店の名前が縦に並んだ看板が不安定に揺れていた。

 そこに間が悪いことに真っ黒な影。


 カラスだった。


 頭上で嫌な音が響く。軋むような、金属が擦れて崩れる音だ。


 もしあれが落ちてきたら、落下点は僕の少し前。


 イヤホンが耳に刺さったままの彼女は角から現れた僕にも、そして異音を響かせる看板にも気付かない。


 だからつい、考えるよりも先に体が動いてしまって、僕はそのことを後悔する時間すらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る