夜の院内にて

 県外なんですが、元病院を流用した医院に数年間勤務していました。

 県庁所在地の花街に近い場所で昭和の中頃に開業しましたが、手狭な上に老朽化も見られたからでしょうか。

 市郊外に単科病院から複数科の病院に規模を拡大して移転新築したあとは、解体するはずだったそうですが家族内の事情があって、医院として利用されていました。

 先輩達から、「手術で切断した脚がホルマリン漬けにされ、保存されている」等、ちょくちょく脅されました。


 医院の建物を上空から見ますと、コの字型で正面は県道に面してスロープの造られた患者用出入口が設けられ、左翼が病棟として、右翼は診察室や手術室に院長室など医業に関する設備が集められていました。

 右翼の五階か六階には看護師の寮として使われていた個室が何部屋もあって、出入りが無く空気が淀んだ室内には血痕が残るベッドのマットレスが積み上げてあったり、別の階には使われなくなった医療機器が詰め込まれた部屋がありました。


 退勤前に一階から最上階まで巡回して、窓や鍵の閉め忘れと電気の消し忘れを確認するのが、私に割り振られた仕事の一部でした。

 建物内の至る所にゴキブリが出現して、懐中電灯片手に廊下を歩いていると同じ方向に歩くゴキブリがいると「お互い大変だね」とか愚痴りがてら語り掛けたりしました。


 それに遭遇したのは、日暮れの早い時季で18時を前にして外は真っ暗でした。

 1階の受付で作業をする同僚を残して、私は巡回に出ました。

 エレベーターに乗って最上階まで上がりボタンを押して一階に戻し、階全体の鍵や照明の消し忘れがないか?左翼奥の非常階段にでる防火扉に異常がないかを確認しては、受付前に繋がる階段を使い次の階へ下りていきます。

 慣れているとはいえ、誰もいない旧病院内は気持ち悪いですよ。

 ワンフロアを見回っては階段を下りて次のフロアへと進みます。


 二階に下りリハビリ室を見回ったあと、右翼に一歩踏み込んで最奥に視線を向けた瞬間、足が止まりました。

 真っ直ぐ続く廊下の右奥で何時も閉め切られて、誰も使う事のない部屋から光が。

 受付の同僚と私の2人しかいない院内なのに・・・・・・?

 今まで一度として経験した事のない事態に、一気に緊張が高まりました。

 足音を立てないよう注意しながら窓の鍵をチェックし奥へと歩き、廊下の奥へ近づきました。 

 閉ざされた部屋のドアが少し開いて、隙間がある事に気がつきました。

 ゆっくり近づき、そっと覗き確認すると・・・・・・

 

 広い室内にポツンと置かれたデスクで光る電気スタンドと、書き物をする院長の姿が・・・・・・

 禿げた頭が光を反射して輝いていました・・・・・・





 


 

 

 

 



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