服部霊園にて

 平成中期から後期に移り変わる頃のある日、私は大阪府豊中市の服部緑地近くを訪れていました。

 朝から小雨が降り続く、湿度の高い不快な一日だったのを覚えています。

 最寄りのコンビニLが改装工事中で困った私は、離れたコンビニYに坂道を上っていくより、離れていて訪れる機会が無かったコンビニFに行くことにしました。


 夕暮れ時の道をただ一人、傘を差して坂道を下って行きます。

 夕陽が小雨に反射していたのでしょうか?

 今までも見た事のない薄い灰色に琥珀色を重ねた色合いに覆われた世界が広がっていて、「こんなのは初めて見る」と驚きました。

 『蛇行する道に沿って歩くと距離があるな。面倒だな』と思った時、道沿いに広がる服部霊園の入口を目にしたのです。

「ここを通って行けば、ショートカットできるぞ」

 階段を下り、霊園内に踏み込みます。

 案内板を見ると、寺院の墓域やキリスト教徒など複数の区域で構成されている事が分かります。

 誰もいない霊園内を道に沿って歩いていると、左手に四阿が目に入りました。

 高さ2メートルほどの基礎に高い屋根を持つ、古代ローマを思い起こさせる石造りで六角か八角形の大きな四阿。

 

 そこに夏用制服の白いシャツを着た男女の学生が、身動き一つせずに腰掛ける後ろ姿が目に入りました。

 坊主頭の男子学生が一辺に、短めのボブカットの女子学生が別の一辺に腰掛けて、真っ直ぐ正面に顔を向けていました。

 いや、顔は見えませんでした。人ならば顔が有るはずだという思いです。頭の角度は正面を向いているものでした。

 2人の距離は目算で、2メートル以上離れているように見えました。

 両腕を身体の両脇に垂らして、互いの顔を見るでもなく会話を交わすことも無い2人の姿に、「これは見てはいけないのでは?」と思い傘の角度を変え視界から隠して、横を通り過ぎ、正門を通りコンビニFに向かいました。


 コンビニFで10分程過ごして、レジ袋を手に来た道を戻り霊園に入りました。

 正門を通り抜けると四阿が視界に入ります。

 そこには、先程と寸分違わぬ姿の2人が腰掛けていました。

 正門側の角度であれば男子学生の顔が見えるはずなのですが、私には見えた記憶が有りません。 

 ただ黒い髪が見えた記憶しか、残っていないのです。


 この2人を、どう思われますか?

 夕方の誰もいない霊園の四阿で、黙って身動きもせずに過ごすものですか?

 両肩の角度から見て、腕を前に出してはいなかった。頭の角度から見ても俯いてもいないし左右どちらにも向けていない。

 デートといいますか、それに類するものだったとしても会話一つ無いのは、おかしくありませんか?

 

 本当に、人間だったのでしょうか。

  


 


 

 


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る