金沢の寮

 突然ですが、東山茶屋街をご存じですか?

 石川県や北陸地方を探訪する番組オープニングで使われますから、目にされた方は多いと思います。

 そこは金沢市内の東を流れる浅野川右岸と山裾に挟まれた街です。


 その東山茶屋街の前を東西に走る道路と山の中腹を山頂へと向かう市道に挟まれた区域に建つ寮で、二十代前半の数年を私は過ごしました。

 市道から少し下がった場所に広がる、小さな尾根を整地して建てられた数軒の古い戸建て住宅の一軒が、寮として提供されました。

 市道から下る道は急な坂で、降りていくと東西に走る道に繋がります。

 坂から分岐して宅地に入る道は枝分かれして、尾根の右側を下る急坂となり、東西に走る道に出ることが出来ました。

 尾根の基部に立つと、三叉路の中心に立っている感じです。


 三叉路から伸びる路地の片側に奥行きのある家が建ち、片側に数軒の小さな戸建て住宅が並びます。

 私が暮らした寮の前から路地は緩やかに下り始め、尾根先端部の空き地手前で終わりますが、奥行きある家の基礎に沿って粗雑な造りの狭い石段があり、市道から伸びた急坂に繋がっていました。

 とても静かな場所でした。

 近隣に学校は無く、市道の反対側の斜面に造られた古い住宅街も住人がいるのか疑うほどの静かさでした。

 日曜日も静かで、子供の声も姿も見聞きしたことは有りませんでした。


 ある日の夕方、寮に帰ると玄関先で同じ寮に住む男に、少し楽しそうな口調で呼び止められました。

「今日ね、こんな事があったんだよ」

 ほうほう。何が有ったの?

「玄関前に立っていたらさー。小学生数人が路地を歩いてきてさ、寮の前で「お化け屋敷だ!」と口々に大声で言って行ったんだよね」

 私が歩いてきた方向から尾根の先端方向へと目を向けながら、教えてくれました。


 そうです。私達が暮らす寮は「出る家」と言われていたのです。

 入った直後から何人もの先輩達から、「お前たちの暮らす寮は、幽霊がでるんだぞ」と聞かされていました。

 実際、二階の一室には御札が貼られていたそうですから・・・・・・

 

 結論から言うと、出ませんでした。

 あった事といえば、夕方の薄暗い廊下に立つ私を見て、幽霊と勘違いした同居人が叫んだ程度です。


 何だ、この話?と思われるでしょうが、今振り返ると不思議なんです。

 何年も暮らしましたが、一度たりとも子供の姿を見た事は有りませんし、騒ぐ声も耳にした事は有りませんでした。

 尾根先端は雑草が生い茂るばかりで、何もない空き地です。

 そんな場所に、小学生達が来るでしょうか?

 本当に人間だったのでしょうか?


 ちなみに、御札の部屋に暮らしていたのは、小学生の話を語ってくれた同居人でした。


 

 








 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

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