3話 客の好みを把握しよう
鎧兜を製作する上で一番重要なことは、客の要望を把握することだ。
技術的に難しい場合もあるが、あまりにも好みと乖離があると、リリアナみたいに兜が合わない事態も起こりうる。
「この紙にエミィちゃんの好きなものや嫌いなものを書いてくれるかな?」
アンケート用紙を渡すと、エスメラルダは小さく頷いて鉛筆を動かし始めた。その隣には熊のぬいぐるみが寄り添うように置かれている。
「属性はラドクリフさまと同じ火属性ですか?」
「いや、それが……」
ラドクリフはエスメラルダをちらりと見ると、アルティの耳に顔を寄せた。
「うちはみんな属性がばらばらなんだ。だから属性測定器を使ったんだけど、エミィはまったく反応しなくて。もしかしたら無属性なのかもしれない」
「魔力が弱いデュラハン……」
帽子が定着しているのでゼロではないだろうが、革の兜になると定着により多くの魔力を必要とする。念の為に定着紋を二つ刻んだ方がいいかもしれない。
「でも、これから成長して属性を持つ可能性もあるからね。素材は無属性がいいかな。もし反発し合う属性になっちゃうと目も当てられないし」
「……もしかして聖属性ってことは?」
属性を帯びた鉱石は同属性のものが触ると発光する性質を持つ。それを利用して作られたのが属性測定器だ。ただ、感情エネルギーの聖属性と魔属性には対応する鉱石が存在しないため、無属性だと思っていても実は聖属性や魔属性だった事例が稀にある。
しかし、ラドクリフは首を横に振った。
「それはないと思う。デュラハンは闇属性と魔属性から生まれた種族だからね。相反する聖属性にはなりにくい。かといって、魔属性でもないよ。エミィは誰よりも優しい子だし、赤目になったこともないから」
デュラハンをはじめ、属性を持つ種族の多くは、多量の魔素を取り込んだヒト種から発生した種族だ。代表的なところでいうと、木属性のエルフ、土属性のドワーフ、火属性と風属性のドラゴニュート、水属性のマーピープル、闇属性のシャドーピープルがそれに当たる。
中でもデュラハンは出自が特異で、鎧を身にまとった魔属性のヒト種が死に際に大量の闇の魔素を取り込み、死後闇の塊――原始のデュラハンとして蘇生。その後、進化の過程で再び肉体を得たという経緯を持つ。故に世代を経て別の属性を得られるようになっても、他種族よりも闇の魔素を取り込みやすいし、魔属性に影響されやすい。
魔属性とは負の感情エネルギーだ。デュラハンは激しい怒りや憎しみを抱くと青白い目の光が赤に染まり、攻撃性が増す。これは「魔属性に取り憑かれた」と言われる典型的な症状で、こうなると落ち着くまで手に負えなくなる。
とはいえ、デュラハンに限った話ではない。
感情を持ち合わせている以上、魔属性に取り憑かれる可能性は誰にでもある。ヒト種のアルティも魔属性に取り憑かれれば、煉瓦色の瞳が赤く変化するだろう。モルガン戦争の魔王のように。
魔属性に取り憑かれやすいのは、暴力的だったり、被害妄想が強い性格のものだ。エスメラルダには当てはまらない。
「あの……書けました」
「ありがとう。見せてくれるかな?」
おずおずと差し出されたアンケート用紙に目を通す。エスメラルダの性格を体現するみたいに、小さくて繊細な文字が並んでいた。
好きなものは絵本の『熊騎士シリーズ』に葡萄と鳥。好きな色は薄いピンクと赤。望む鎧兜は可愛くて柔らかいもの。その下に補足で『リリアナおねえさまみたいなかぶとがほしいです』と遠慮がちに書かれている。ここまでしっかり示してくれると職人としては助かる。
「では、地下の資材倉庫にご案内いたします。実際に素材の手触りを確認してください」
デュラハンは籠手をつけていても感覚がわかる。顔の闇同様、魔力が感知機能を果たしているからだ。
工房内の階段を降り、地下倉庫の扉を開ける。明かりをつけると、背後からエスメラルダの「わあ……」という声が聞こえてきた。
資材倉庫には鎧兜に使う鋼板や革、そして魔石塗料が天井まで届く棚の中にぎっしりと詰め込まれている。慣れているアルティでも「息が詰まりそうになるな……」と思うのだ。初めて見るものはその物量に圧倒されるだろう。
「前よりも増えてない? どこで仕入れてくるの?」
「大半はハウルズ製鉄所ですけど、他は師匠の謎ネットワークです……」
苦笑しながら薄茶色の革を手に取る。
「俺のおすすめは鹿革です。軽くて柔らかいし、通気性や吸湿性にも優れています。型崩れしにくいからメンテナンスも楽ですよ。塗料でお好みの色にも染められますし……」
「確かに手触りが良いね」
革を撫でたラドクリフが目を細める。
「他にも見ていい?」
「どうぞ。鹿革以外だと、羊やヤギもおすすめですね。エミィちゃんも触って……」
素材を吟味するラドクリフの横で、エスメラルダは棚の下段に積んだ小箱の中を覗き込んでいた。加工法を探ろうと、売らずに取っておいた新鉱物だ。カウンターの一つを除き、在庫は全てここにしまってある。
魔石灯をつけているとはいえ、窓のない倉庫は薄暗い。淡く発光する白銀色の塊に、エスメラルダは魅入られているようだった。
「それが気になる?」
「きらきら綺麗……」
「手を出してごらん。エミィちゃんには少し重いから気をつけてね」
小箱の中から一つ取り出し、小さな両手のひらにのせる。その瞬間、新鉱物が強く光った気がした。
「え?」
瞬きをして新鉱物を凝視する。しかし、そこにあるのはいつもと変わらぬ輝きだった。
同属性の発光現象なら継続して光るはずだ。エスメラルダにも変わった様子はない。新鉱物が気に入ったのか、さっきよりも少しはしゃいで見えるぐらいである。
(気のせいか)
現在、この世界に存在する属性は火・風・水・木・土・氷・雷・光・闇・聖・魔・無の十二種類だ。新しい属性は一千年近く発見されていない。新鉱物が新属性を帯びているなんて都合のいいことが起きるはずもない。きっと魔石灯の光が反射したのだろう。
「おや、エミィ。ご機嫌だね。顔色もいつもよりいいし」
「か、顔色?」
「うん。わかんない? ほっぺたのあたりの闇が少しだけ赤らんでるでしょ」
全然わからない。デュラハンにはヒト種に見えないものが見えるようだ。
「君のおすすめ通り、鹿革が一番いい感じだね。エミィも触ってごらん」
「すべすべ……」
ラドクリフに抱き上げられたエスメラルダが、うっとりと息をつく。その微笑ましい様子に口元を緩め、新鉱物を小箱に戻そうとしたとき、ふと違和感に気づいた。
エスメラルダが触れた部分が微かに黒ずんでいる。アルティがいくら素手で触っても何も変化しなかったのに。
「これって……」
「……君。アルティ君」
「あっ、はい!」
顔を上げると、ラドクリフが不思議そうに首を傾げてこちらを見つめていた。
「エミィも気に入ったみたいだし、素材は鹿革にするね。色は……」
「ラ、ラッドおにいさまとお揃いがいい、です……!」
小さな声を振り絞って主張するエスメラルダに、ラドクリフは胸を撃ち抜かれたようだった。籠手を口元あたりの闇に当て、ふるふると小刻みに震えている。
「……じゃあ、赤で。細かな部品の素材は君に任せるよ。できるだけエミィの希望に沿う形にしてあげて」
「承知しました。まだお時間ありますか? できればデザインまで詰めたいんですが……」
「大丈夫だよ。エミィもいいかな? 疲れてない?」
顔を覗き込むラドクリフに、エミィはこくりと頷いた。
「アルティ、さん。よろしくお願いします……」
そう言ってもじもじとぬいぐるみに顔をうずめる姿は、やっぱり可愛かった。
「今日はありがとうね」
「いえ、こちらこそお時間をいただきましてありがとうございました。進捗は都度ご連絡差し上げますので」
九月も中旬になると日が暮れるのも早くなる。
夕闇に包まれ出した店先で、アルティはラドクリフの腰のポーチに受注書の控えを差し込んだ。その背中からはすやすやと安らかな寝息が聞こえてくる。長時間の打ち合わせで疲れたのだろう。デザインを決め終えた途端にソファに倒れ込んでしまったのだ。
妹たちもよく限界まで遊んではスイッチが切れるように眠っていた。緩やかに上下する背中を撫でながら目尻を下げる。
「デュラハンは子供も丈夫なのかと思っていましたけど……。あまりヒト種と変わらないんですね」
「……いや、エミィは特別体が弱いみたいなんだ。俺もリリィも、子供の頃から雑魚の魔物狩りをしてたし、風邪ひとつ引かなかったからね。兄や姉もそうだったって」
背後に走らせた視線には、深い慈愛と哀れみが込められていた。
「本人も気にしてて、外に出ると無理をしがちなんだ。だから姉たちも旅に連れて行けなくて、泣く泣く預けていったんだよ」
「そうだったんですか……」
「兄も俺も日中は仕事だから、寂しい思いをしてると思う。よかったらまた相手をしてやってよ。手の空いたときでいいから」
「もちろんです!」
ドンと胸を叩くと、ラドクリフは笑みを漏らした。
「鎧兜、楽しみにしてる。よろしくね」
「ご注文ありがとうございます! 今後もシュトライザー工房をどうぞご贔屓に!」
元気よく返答して頭を下げるアルティに手を振り、ラドクリフたちは夕闇の中に消えていった。
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