第2部
1話 新鉱物、お届けに参りました
「アルティさん、お疲れさまです! 新鉱物、八箱! 確かにお受け取りいたしました!」
「ありがとうございます! あとはよろしくお願いします!」
虎柄の体毛に覆われた手から受領書を受け取る。お互い喉を枯らす勢いで叫んでいるのは、周りが騒音に包まれているからだ。
四六時中ゴウンゴウンと唸る高炉、どろどろに溶けた鉄を運ぶ魔機の駆動音、まだ赤い鉄の塊を成形するプレス機の音、そして職人たちの怒声。
暑い。そしてうるさい。それがここ、ハウルズ製鉄所の日常である。
ハウルズ製鉄所はウィンストンのドレイク製鉄所に次いで大きい製鉄所だ。旧市街と新市街にまたがる広大な敷地を持ち、本業の製鉄の他に、併設された工場で加工も請け負っている。
首都の職人でハウルズ製鉄所のお世話にならないものはいない。シュトライザー工房も鎧兜に使う鋼板を卸してもらっている。
「じゃあ、お気をつけて! 高炉には近づいちゃ駄目ですよ!」
満足げに箱を担いでいく怪力自慢の
これでようやく片付いた。この一カ月間、クリフが仕入れた新鉱物に工房を圧迫されて、ろくに身動きできなかったのだ。
リリアナのツテで王城の魔学研究所に一箱。レイのツテでリッカの魔法学校に一箱。そしてバラでいくつか近所の職人連中に転売しても、まだ八箱残っていた。
それを、噂を聞きつけたハウルズ製鉄所が全て買い取ってくれたのだ。ありがたいことに、属性や加工法が判明したら、完成した鋼板を優先的に卸してくれる条件つきで。
おかげでギリギリ赤字にならなくて済んだ。大企業さまの財力に感謝である。
「よう、アルティ! 最近、ご活躍みてえじゃねぇか!」
「社長!」
棍棒で殴られたような衝撃にむせながら振り向くと、顔中煤と髭まみれのドワーフが満面の笑みを浮かべていた。
二百年前にこの製鉄所を興したガンツ・ハウルズだ。「ガンツに加工できない金属はない」と言われるほど豊富な金属知識と経験を持つ職人で、ストロディウム鋼をはじめ、様々な合金を生み出している。
「そうでもないですよ。俺以外にも女性体向けの鎧兜を作る職人が出てきましたし……」
謙遜ではなく、本当にそうだった。
先駆者であるアルティと国一番の腕を持つクリフがいるので、まだまだアドバンテージはあるが、馴染みの職人がいればそちらに流れるのも仕方ない。それに、本人がいくら望んでも、トリスタンみたいに厳格な父親がいる家庭では「はしたない」と一蹴されることも多いようだった。
凱旋式直後こそリリアナ効果で受注も多かったが、一カ月も経てば徐々に下火になってくる。服代わりといえども、鎧兜は製作に費用も時間もかかるし、そう易々と買えるものではない。個性豊かな鎧兜が普及するには先が長そうだ。
「クリフの小僧もいい弟子を持ったもんだぜ。今でこそ親方ヅラしてるが、ついこないだまで生意気なクソガキだったのにな!」
山賊みたいな笑い声をあげて、ガンツはアルティの背中をばしばしと叩いた。
彼の言う「ついこないだ」は数十年単位である。シュトライザー工房を開く前、クリフは二年ほどハウルズ製鉄所で働いていた。
よほど腕が抜きん出ていたのか、金を貯めるだけ貯めてさっさと出て行ったあとも何かと気にかけてくれている。純血のドワーフであるガンツにとっては、ハーフドワーフのクリフはまだまだ可愛い若造なのだろう。
「お前に紹介したいやつがいてな! 最近うちに入った錬金術師なんだ。まだ二十歳だが、リッカの魔法学校を首席で卒業した秀才でな。今回の新鉱物の分析も担当してんだぜ」
「えっ、すごい!」
錬金術師はここ二十年ぐらいの間に新しくできた職業だ。石くれから金を作り出すのが最終目的――なのはお伽話で、実際には依頼に最適な原料の配分を決めたり、金属の組成を研究、調整して、新しい合金を作り出すことを職務としている。
つまりは金属のエキスパートである。
中でも最高の合格難易度を誇るリッカの魔法学校を首席で卒業した傑物など、なかなかお目にかかれるものではない。
「だろ? 歳も近いし、同じ職人のよしみで仲よくしてやってくれよな。――パドマああ!」
「はいはーい! なあに、大きな声出して」
ガンツの咆哮に応え、高炉のそばで何やら指示を出していた女性が駆け寄ってきた。少し癖っ毛の焦茶色の髪と、くりくりした瞳が愛らしい印象を与えている。彼女もドワーフのようだ。ガンツと比べると細身だが、ヒト種と比べると幾分かずんぐりとした体型をしている。
「挨拶しろ、パドマ。クリフんとこの弟子のアルティだよ。リヒトシュタイン嬢の兜を作ったやつだ」
「君があの……」
目を丸くするパドマに頷いて、ガンツはアルティに視線を戻した。
「で、この娘っ子はパドマ・ハウルズ。末の娘の娘。つまり俺の孫!」
「孫⁉︎」
「初めまして。おじいちゃんがいつもお世話になってます。大学院を卒業してここに就職したばかりなんだけど、合金への愛は人一倍あるから任せてね! 君の話はおじいちゃんからよく聞いてるよ。会えて嬉しい! これからもハウルズ製鉄所をよろしく!」
「よ、よろしくお願いします……」
握手した手を勢いよく振られ、目が点になる。
頭の作りが違うからなのだろうか。すでにテンションについていけない。さらに言うなら、動くたびに揺れる胸の破壊力もやばい。
姉と妹に囲まれて育ったので女性には免疫がある方だが、それでも目のやり場に困る。そんなアルティの様子にも気づかず、ガンツは嬉しそうに髭を振るわせている。
「こいつの親父さんはヒト種の商人でな。そっちを継ぐのかと思ってたんだが『おじいちゃんと一緒に働きたい!』って言ってくれたんだ」
いつも鬼瓦みたいな顔が見る影もない。なるほど、孫自慢をしたかったわけだ。
「アルティくん、これから帰るんだよね? よかったらうちの馬車乗ってかない? ちょうど職人街に行く用事があるの。お話色々聞かせてよ」
新鉱物を運ぶために雇った配送業者はすでに帰していた。ここから工房までは歩くと結構な距離があるので正直助かる。頷くと、パドマは顔を輝かせてアルティを引っ張っていった。
ハウルズ製鉄所を出て少し経つと、騒音でこもっていた耳もだいぶよくなってきた。青空を飛ぶ鳶のぴーひょろろという鳴き声が、やけにクリアに聞こえる。
ここはちょうど、東南の門と東門の中間地点である。新市街は住宅が密集していて道が狭いので、一度城壁外に出て回り込んだ方が結果として早く着くのだ。左手側には新市街を囲む城壁が、そして右手側には平原が続き、牧羊犬を連れた羊飼いが木陰の下でのんびりとお弁当を食べていた。
「どう? うちの馬車の乗り心地は! 屋根はないけど、鉄の車輪にゴムを被せているから揺れが小さいでしょ?」
ゴムとはスライム樹脂の一種で、熱変化で固まる性質と優れた弾性を持ち合わせた物質である。電気を通さないため、雷属性の鉱石を扱う際には欠かせないものだ。アルティもゴム製の手袋を一つ持っている。
「うん。市内馬車よりも快適かも。さすが大企業。うちも、これぐらいゆとりがあればなあ……」
年上にタメ語も気が引けるが「ラフに話して!」とあのテンションで言われていた。これから顔を合わせる機会も増えるだろうし、仲のいい知り合いは一人でも多い方がいいので乗っかっておく。
「新鉱物を持ってきてくれて助かったわ! こっちはこっちで採取してたんだけど、手持ちの分は全部使っちゃったからね。鉄との合金は一通り試したから、今はストロディウム鋼との配分比を試してるとこ」
「え? ということは、溶かせたの? 属性を弾くんじゃなかったっけ? 高炉なんて火の魔素の集大成みたいなもんじゃ……」
「耐性はあるけど、さすがに無敵ってわけじゃないみたい。ドラゴニュートの火炎レベルなら何とか精錬できそうよ。そのままだと工具がボロボロになるほど硬いけど、合金にすれば加工もできそうだし……」
ほっと息をつく。加工できない鉱石などただの飾りである。
アルティも試しに色々いじってみたものの、金槌を五本駄目にした時点で「硬すぎて使えないんじゃ?」と半ば諦めかけていた。
(新人といっても、やっぱり専門家は違うなあ)
感心したとき、徐々に近づいてきた東門からがやがやと賑やかな集団が出てくるのが見えた。先頭に旗を持った獣人がいるので、観光客たちなのかもしれない。
「どこに行くんだろ。東側に観光するところなんてあったっけ」
「きっとメルクス森ね。最近、古い神殿が見つかったんだって。なんでも『屋内なのに空気が澄んでて元気になる気がする』ってパワースポットになってるらしいよ。トールデン新聞に載ってた」
メルクス森は東のククルク川を越えて三十分ほど歩いたところにある広い森だ。王家の直轄地だが一般に開放されていて、誰でも入場料なしで入ることができる。いわゆる国立の自然公園である。
たまに魔物は出るものの、常駐の国軍兵士がすぐに対処してくれるし、士官学校の生徒たちが定期的に駆除しているため、危険度はかなり低い。森の最奥には、まだラスタ王国が影も形もなかった頃の遺跡もあるが、こちらは広域のダンジョンとなっているため、不慮の事故を防ぐためにも立ち入り禁止となっている。
(パワースポットかあ)
占いをはじめ、神秘的なものに興味を抱かないアルティには縁がなさそうだ。
少しずつ小さくなっていく観光客の一団を見送り、ゆっくりと東門をくぐる馬車の上で大きく伸びをした。
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