13

翌日、私はパートの仕事を辞めた。

急な事でさすがにこれには店長もご立腹ではあったが、今はそれどころではないのだ。

私はとにかく和の事が心配だった。

だから、和がお風呂に入っている間にスマホカバーの裏にGPSを仕込む。

パートを辞めたことも2人には知られないようにした。

なぜなら、和や夫が動いていたの日はいつも私がパートで遅くなる日と決まっていたからだ。

つまり、カレンダーの目印を見て、行動をしている。

このまま私がパートで働いていると思わせて2人の動向を探ることにしたのだ。



そして、数日たったある日、和に動きがあるのが分かった。

いつもなら帰宅している時間にも関わらず、帰る様子はなく、あの店の近くでうろうろと動き回っているのが見えたからだ。

私は慌てて、和のいる場所をアプリで確認しながら向かう。

店の前で止まったと思いきや、入るのを辞めて、また別の場所に向かっていた。

それは次第に住宅街の方へ向かっているように見えた。

アプリで動きがなくなった場所を見つけると、そこは廃業した工場だった。

こんな場所に何の用があるのだろうと、ひとまず敷地内に入って、身を隠せそうな場所を見つけ、私は窓の隙間から様子をうかがった。

すると和と若い男の話声が聞こえてきた。

よく耳を澄ますと工藤の声だと分かる。

2人は言い争っているように聞こえた。


「やっぱり私は嫌! オヤジや変態の相手をするなんて我慢できない!」


和は工藤に訴えているようだった。

工藤は座っている和に向かって、イラついて様子で答えている。


「ただ話すだけでいい、楽な仕事だって言ってんじゃん。和だってやるって約束したよなぁ。俺たちの事、誰にもばらされたくないんだろう?」

「一輝がヤバいバイトなんてしてなかったら、隠す必要なかったんだよ。それに私があの店で1か月だけ働いたら、お店に女の子紹介するの辞めるって言ったからやるって答えたんだよ? それなのに店長さんとその話したら、一輝とはそんな約束はしていないって言ってたよ?」


和の言葉に、工藤はちっと舌打ちした。

そんな話になっていたのかとこの時初めて知る。

和はこの工藤と真剣に付き合っているつもりだったらしい。

騙されているなんて、思ってもいないようだ。


「ああ、もうめんどくせぇな。前から思ってたけど、お前さぁ、何かと突っかかってきてうざいんだよ。そんな正義を振りかざして、いい子ちゃんぶるのいい加減にしろよ!!」


工藤はそう叫んで、和に掴みかかった。

そして、そのまま和を押し倒す。

私は驚いてつい声を上げそうになったのを必死にこらえた。

工藤は片手に携帯を持って、和を撮影し始める。

和も工藤が今から何をしようとしているのか理解して、暴れ始めた。

工藤は大声を上げようとした和の口を塞いで、携帯を適当な場所に固定した。

今まさに、和が襲われそうになっている。

口封じのためのリベンジポルノでも撮ろうとしているのか。

今すぐ飛び出して助けに行きたかったが、私がここで乱入して和を助けることができるか悩んだ。

相手は男子高校生。

逆に返り討ちにあう可能性だってある。

娘の藻掻く声を聞こえ、耐えきれなくなり、無我夢中で飛び出そうとした瞬間、目の前に大声を上げた夫が工藤に迫っていくのが見えた。

手にはコンクリートブロックを持ち上げている。

それを工藤の頭をめがけて振り下ろした。

その瞬間、工藤は失神して床に倒れる。


「お、お父さん……」


和は泣き顔で夫を呼んだ。

夫は和の肩を掴み、震える身体をこらえながら和に叫んだ。


「いいから、お前はここから早く逃げなさい!」


父親にそう言われて、和は何度か頷くと鞄を握りしめて工場から走り去っていった。

よほど怖かったのだろう。

身体は震え上がって、今にも転んでしまいそうだった。

和が工場から逃げ出したタイミングで、失神していた工藤が頭を押さえながら起き上がろうとしている。

そして、夫の顔を見て睨みつけた。


「このやろぉ。邪魔しやがって――」


工藤が立ち向かおうとした瞬間、再び夫がブロックを工藤の頭に叩き落とした。

その瞬間、嫌な音が工場内に響く。

その直後、工場の外から工藤の仲間の声が聞こえてきた。


「工藤がついにあの女を手籠めにするってよ。俺たちもご相伴にあずかれるらしいぜ」


少年の1人が笑いながらそう言った。

このままでは現場を見られてしまう。

そう思った私は、彼らの後ろに回り込んで入り口の道路に出た。

そして、今まさに工場の中に入ろうとしていた少年たちに声をかける。


「あなたたち、何しているの!?」


それを聞いた2人はやばいと声を上げて、立ち去っていく。

私はひとまずほっとして、2人が逃げて見えなくなったのを確認し、再び工場内に近づいた。

そして、夫の様子を見るために再び窓の外から工場の中を覗いた。

夫は必死に誰かと電話をしているようだった。

誰に電話をかけているのかはわからない。

こんな非常事態に一体、誰に電話をしているのだろうと不思議になった。

夫の足元には頭から大量に血を流している工藤が倒れている。

私は叫び声を上げそうになったが、手で押さえてひとまずその場から離れることにした。

夫のスーツは返り血で汚れていた。



私は急いで家に戻った。

家に帰ると玄関には和の靴が投げてあるのが見えた。

今頃、自室で泣いているのだろう。

私は、和の部屋のドアをノックしようとして辞めた。

今はそっとしておいた方がいいと思ったからだ。

それに、あんな場面を見てしまったのだ。

正直、誰とも話す気にはなれなかった。

夫はあれから工藤の遺体をどうしたのだろうかと気になったが、今更確認しに行く気力はない。

あの場所で隠れ見ていた私が、何も知らない夫に声をかけるのもおかしいと思い、またあれ以上あそこにいて、私まで誰かに目撃されるわけにはいかないと思った。

そう考えながら、私はテレビをつけた。

するとニュースが流れていて、自宅の庭から家主の遺体が発見されたという報道が流れてきた。

それを見ながら、私の脳裏にはある事件が蘇ってくる。

今から数日後、そう夫のスーツが一式足りないと気が付いた日に流れていたニュース。

山の中から若い男の遺体が発見されたという報道が流れたはずだ。

その男の顔ははっきりとは覚えていないが、工藤によく似ていたような気がする。

つまり、数日後には工藤の遺体が見つかり、そして犯人もそのうちばれてしまうということだ。

私は真っ青になって夫のGPSを確認した。

こ目印の速さから考えて、今、夫は車に乗っているようだった。

しかし、夫は車なんて持っていない。

あの格好でタクシーなんて乗れるはずもないし、レンタカーにしては手配が早すぎる気がした。

つまり、夫には車を出してくれるような親しい間柄の人間がいたということか?

相手とは誰だ?

和の事なのだから、母親である私に真っ先に連絡してくると思っていたのに、それ以上に信用できる人物なのだろうか。

あの時、あの場所には確かに夫しかいなかった。

そして、夫があの後、必死になって電話をかけていた人物がいた。

それが誰だったのかは推測できないが、おそらくそれがこの人物だろう。

どうしてこの人物はそんなリスクを背負ってまで夫に協力しているのか。

そもそも、三滝が言うように夫がここまで調べがついていること自体おかしい。

明らかに夫も和にGPSを仕込んでいたようだし、そんな考え、あのいい加減で人任せの夫が考えられるとは思えなかった。

三滝のような男ならそんな考えも思いつきそうだが、三滝は自分に利益のない仕事はしない質だ。

夫がお金を持っていたとも思えないし、三滝の仕事を手伝っていたようにも見えない。

ならやはり、三滝以外の人物だろう。

その時、頭によぎったのはあの香水の匂いだった。

あれはコロンや安い香水の匂いじゃない。

そもそも女子高生が香水なんてつけるだろうか?

キャバクラではなくて、JKカフェという所がずっと気になっていたのだ。

もしかしたら、共犯は女なのかもしれないと思い、私は急いで着替えて、夫たちの向かった場所へタクシーで向かった。

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