12
家に帰ると和はいつものように家に帰っている様子だった。
私は扉をノックして、和を呼ぶ。
「ごめんねぇ。今日、仕事で遅くなっちゃった。お惣菜買ってきたから、一緒に食べよう?」
部屋の中から、ごそごそと動く音が聞こえた。
そして、ゆっくり扉が開く。
不愉快そうな表情の和が顔をのぞかせた。
「わかった。後で行く」
私はほっとする。
和がちゃんと部屋にいたことだけではない。
受け答えもして、晩御飯も食べられるようだったからだ。
1周目の私は知らなかった。
作っておいた晩御飯の減りが少ないと思ってはいたけど、それは2人が好き嫌いが多くて残しているものだと勝手に思っていたからだ。
娘は工藤と会い、簡単なものぐらいは口にしていたのかもしれない。
夫もあの店に行って、お酒ぐらい飲んで帰ってきていたのだろう。
いつも以上、ご飯を残す傾向があった。
夫の残業と嘘をつく理由もわかった。
和がとんでもない男と付き合っているのもわかった。
わかったとして私は何ができるのだろうか?
夫に正直に話す?
もう、何年もまともな会話もしていないのに、浮気と思って尾行して知ったと話して協力し合えるとは思えない。
残業が多かった理由。
ポケットの中の紙の切れ端の電話番号の謎。
香水もそこでついたとして、お小遣い値上げのお願いの理由も予測できた。
ただ、一番浮気を疑った理由、スーツが一着なくなる理由はまだ判明していない。
それにまだ、一番重要な夫が私を殺す理由がわからないのだ。
和を助けようとしてなぜ私を殺す必要があったのだろうか?
「お母さん?」
晩御飯の準備をしながらぼぉっとしていた私に和が話しかけてきた。
私は慌てて振り返る。
「な、なに?」
「さっきからぼぉっとして手が動いてないよ。私、早く晩御飯食べて、お風呂入りたいんだけど」
「ああ、ごめんねぇ」
私は急いで晩御飯の支度をした。
その間に和がテレビをつける。
テレビではニュースが流れていて、そこには中年男性が女子高生を無理矢理部屋に連れ込んだとして警察に捕まっている事件が流れていた。
和はそのニュースを見ながら、私に尋ねた。
「ねぇ、もし家族が犯罪に手を染めていたとして、それを知ったらお母さんはどうする?」
私はその質問にどきっとする。
確か、前の周でも同じようなことを聞かれた気がした。
その時は何と答えたんだったけ?
覚えてはいないが、深い意味なんて考えていなかったから、いつものように正論のようなことを言っていた気がする。
そう、一緒に警察署までついて行って自首をさせるみたいなことを。
それが当たり前だと思っていた。
しかし、実際に家族の誰かが犯罪に手を染めていたら、本当に自首を進めるのだろうか?
私はゆっくり顔を上げて、和の顔を見ながら答えた。
「もし、家族が犯罪に手を染めていたら、その事情を聴いて、お母さんの出来ることをする」
和が工藤みたいな男の為に警察に捕まるなんて許せないし、夫が犯罪者になって和が傷つくのは耐えられない。
和は私の答えを意外に感じたのか、はっと笑い出した。
「出来る事って何? 自首でも進めるの?」
「違う。お母さんも家族と一緒に罪を背負う。自首が家族にとって最善の選択なら自首も進めるかもしれない。けど、そうじゃないなら、お母さんも一緒に手を汚すよ」
当分の間、和は黙っていた。
そして、そっかと頷いてテーブルに出された晩御飯を食べた。
あの時もこう答えるべきだったのかもしれない。
私は家族に正論を押し付けて、いつの間にか
もしかしたら和も今、心の中で葛藤しているのかもしれない。
工藤の言う通りにあの店に働くことを悩んでいるのかもしれない。
少なくともあんな場所で許可もなく働いていることがばれたら、退学は免れないだろう。
しかし、何も知らないはずの私がこの段階で和を止めるのもおかしい。
その時、のそっと夫がリビングに入ってくるのが分かった。
玄関の扉の開く音に気が付かなかった。
テレビの音もあっただろうけど、あまりに真剣に和と話していたからだ。
「お、お帰り」
私は珍しく夫に声をかけた。
そういえば、夫が帰ってきてお帰りなんて言ったのは何年ぶりだろう。
夫は既に空気だった。
存在しないように扱っていた。
それはあまりにも家庭に協力しようとしない夫への腹いせだったけれど、夫もそれからただいまという言葉を使わなくなった。
夫は私の顔を見るだけで何も言わなかった。
そして、いつものように着替え始める。
そして、食卓に着くと夫は早速お小遣い増額の話を持ち出してきた。
「悪いんだが、最近付き合いが増えて、今のお小遣いだと足りないんだ。お小遣い少しの間でいいから上げてくれないかなぁ?」
以前の私はなんて答えただろう。
確か、お弁当も持たせて3万円のお小遣いは多い方だって怒った気がする。
うちにはそんなにお金の余裕はないし、今後の和の大学費用もある。
それに少しの間っていつまでだって攻め立てた。
今ならわかる。
そのお金はあの店に通うためのお金だ。
ああいう店に通うのにお金がかかるのは私も知っている。
私はどう答えるべきが悩んでいた。
きっと何も知らなかったら、自分でどうにかしろと断っていただろう。
ここで何に使うのかとも聞きづらい。
「わかった。でも、私も最近パート休みがちだし、今の家にお金の余裕はないの」
「わかってる。半年。いや、3か月でいい。1万増額してくれないかな。もし、今後余ることがあったら、減額しても構わないから」
あなたがお小遣いを余らせたことなんてないじゃないと心で笑ってしまった。
しかし、夫はこの3か月で決着をつけようとしているのだ。
なら、このぐらいの協力はしてもいいと思った。
「いいわよ。ただし、半年は無理。まだ、和の大学のための費用もたまってないし、私も前みたいに働けてないの。3か月間だけはお小遣いを4万円に上げるわ」
「ありがとう」
夫のありがとうを聞いたのはいつが最後だっただろうか。
私たちにまともな会話なんてなかった。
夫への愛が冷めたのは、和が生まれてから直ぐだ。
生まれる前から感じていたことだ。
子供が出来たと言っても夫はあまり喜んだ顔は見せなかった。
私がつわりがひどい時も気を使ってくれたどころか、家事も相変わらず私に任せきりだった。
出産前には実家に戻って、実家の近くの病院で和を産んだ。
夫への連絡をしたのは父だったが、病院に訪れたのは翌々日の土曜日、会社が休みの日だった。
子供が産まれて夜泣きが大変な時、夫は文句を言うばかりで手伝いなんてしたことはなかったし、子育てはほぼ一人でやっていた。
もう、産後鬱に近い状態だったと思う。
母が心配して、いったん実家に帰るように勧めてくれて病状の悪化は免れたのだ。
その間、夫が顔を出すどころか、電話を一本よこしたことはない。
家に帰ると部屋はゴミ屋敷になっていた。
夫は自分の世話すらまともにできないのだ。
そして、私が帰ってくれば私がやるだろう思っていたのだろう。
家にいる私を見て半笑いでおかえりというだけだった。
こんなクソ男を昔のように愛せるわけがない。
とにかく私は和を思う気持ちで夫と共に生活をしてきた。
浮気をしたと思ったとき、疑う感情など湧いてこなかった。
あの人とって私たちは家族なんかではなくて、生活するための道具に過ぎないと思っていたからだ。
都合のいい女が出来れば、そっちに縋るのだろうと思っていた。
だから、浮気の現場を押さえてコテンパンに打ちのめしてやりたかったのだ。
今までの復讐をしてやりたかった。
でも、事実は浮気でなくて娘の為に動いていたなんて今更聞いて、私にどう思えというのだろうか。
夫に殺される未来まで知ってしまったのだ。
そう簡単には夫を許すことなんて出来ないでいた。
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