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結局、あのまま夫の盗聴を続けていたが、これと言って収穫はなかった。
夫はあの場所で何を調べていたのだろう。
店の子に仕事の様子を聞いていたようだし、彼女の言うようにこれでは店の内情を調べている刑事である。
しかし、夫は正真正銘、中小企業のサラリーマン。
こんなことを極秘で調べるような仕事にはついていない。
可能性があるのだとしたら、三滝が私だけでなく夫にも同じように依頼した可能性はある。
なら、なぜ、三滝は夫が残業と称して何をしているのか知ったうえで、私に何も言わず、あえて工藤という少年を調べさせたのか。
わざと夫がしていることを私に教えた?
だとしたら、三滝に何のメリットがあるのだろうか。
私はわけがわからないまま、頭を掻きむしっていると、三滝の以前言っていた言葉を思い出した。
『私の知り合いの方の娘さんの彼氏』の調査を頼まれたと言っていた。
この知り合いというのが夫だとしたら、工藤の彼女は和ということになる。
考えただけでぞっとした。
私は真実を確かめるために三滝にもう一度電話をした。
それなら、夫がこの店に通う理由はわかる。
工藤という少年について調べるため。
もしくは、娘が働いているであろうバイト先を調べるため。
しかし、和が夜遅くまでバイトをしているようには見えなかった。
まだ、信じられない私に不安だけが襲う。
「はい」
何コールか鳴った後に、三滝の声が聞こえた。
まだ、社内にいるのか、パソコンのキーボードの打つ音が室内に響いていた。
「鹿山です」
私は静かに名乗った。
相手もわかっているだろうに、三滝はすぐには返事を返そうとはしなかった。
「はいはい。いつもお世話になっております。で、今日はどのようなご用件で?」
三滝は仕事相手とでも会話をしているように話す。
他にもまだ、周りに人がいる可能性があった。
「三滝さんに確認したいことがあります。以前、三滝さんが話していた知り合いの娘さんって誰の事ですか? 今日、夫を尾行したら、工藤たちが向かっていた店に入っていきましたよ。そこで、店の内情を探るような話をしていました」
それを聞くと、三滝ははははと笑い出した。
人をおちょくっているのかと怒りたくなる。
少しお待ちくださいねと言って、三滝は席に立ち、階段を上っているようだった。
そして、重い金属の扉を開ける時の甲高い音がして、室外に出ているようだった。
「やはり旦那さんには荷が重すぎましたかね」
三滝は何もかもわかっているように答えた。
私はかっとなって叫ぶ。
「あなた、分かってて私にあんなことをさせたんでしょう!? あなたの知り合いって夫の事じゃないの? 夫の依頼で工藤を調べていて、それをわざと私にやらせたんでしょう!?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ」
三滝は激怒する私と反して、いつものゆったりとしたペースで話す。
「奥さんを騙したつもりはありませんよ。知り合いの娘さんの彼氏の調査というも嘘ではない。しかし、工藤少年を調べていくうちに気づきましてね。その中に鹿山さんの娘さん、和さんがいるってことを」
私はその言葉を聞いてぞっとして言葉が出なかった。
まさかとは思っていたが、本当に和はあの工藤と付き合っていたのか。
「ショックですよねぇ。旦那さんも、相当ショックを受けていらっしゃいました。私が聞く限り、工藤少年はろくでもない子でしたからね。私はあくまで親切心で旦那さんに教えて差し上げたんですよ。そこから私は何も旦那さんに情報を流していない。だから、彼は自ら調べ、あの店にたどり着いたんじゃないんですかねぇ?」
「どうしてそれを最初から私に教えてくださらなかったんですか!? 私はずっと夫が女の人と浮気をしているからと思って――」
「だからですよ、奥さん」
三滝はそう言って、煙草を吸い始めたのか、息を深く吐いていた。
「あの時もし、私が旦那さんは浮気していないと言ったとしても信じなかったでしょ? あなたは頭ごなしに旦那の異変を浮気だと断言した。そういう女性は実に多い。しかし、本当は旦那が何をしているかなんて、知らない奥さんが殆どなんですよ。ならばと、お仕事をご紹介しただけです。実際、彼がどこまで調べて、どこまで工藤少年について調べ上げているのかは私も知りませんでしたから。もしかしたら本当に旦那さんが浮気している、その可能性だって0ではない。だから、あなたの目で真実を調べてほしかったんですよ。これほど予想通りの結果になったとは私も驚いていますがね」
三滝は本当に最低な男だと思った。
こいつは何度も夫の浮気の調査をすると誘っていたのだ。
だいたい予測はついていたというのに。
そして、工藤の事を私に調べさせ、夫が何をしているのか探らせた。
もし、あの時、私が夫の浮気調査を依頼していたら、この男はどんな見返りを求めてきたのだろうか。
考えただけで虫唾が走った。
「まあ、これだけでは旦那さんが浮気していないとも言い切れない。しかし、十中八九、今日あの店に行っていた理由は娘さんのためでじゃないですかねぇ? これは謝罪ではありませんが、奥さんには特別に私が持っている情報をお伝えしますよ。工藤少年には既に数人の恋人らしき相手がいます。大半は町で声をかけた女子高生が多いのですが、和さんに関しては友達の紹介だったようですよ。その友達もまさか工藤少年があんな仕事をしているなんて気づいていなかったと思いますが。基本、工藤君少年は街中で誘った女子高生らをすぐにホテルに誘います。そこで、おそらくリベンジポルノの撮影でもして弱みを握るんでしょうね。まあ、知り合ったばっかりの男とホテルに行くような女です。その程度の存在なのでしょう。店に入れるのもそう難しくはなかった。現に性に合ってるのか、楽しく仕事を続けている子もいるみたいですからね。あの万由里ちゃんとは違って」
三滝はそう言って、いつものように不気味な笑い声を発した。
万由里とは私が調べた時に名前が挙がった少女だ。
「だから、工藤少年はまだ和さんには手を出せてない状況みたいなんですよ。ほら、ご家庭がしっかりされているから、帰宅時間も気にしているようですし、安易に誘ってホテルに入っていくような子でもない。ただ、先日、娘さんと工藤少年が例の店に入っていくのを目撃しましてね、1時間ぐらいは店の中から出てきませんでした。その後の会話から、工藤少年が娘さんに店で働くように頼んでいたみたいです。リベンジポルノほどの強烈なものは撮れなくても、キスをしている写真ぐらいはあったでしょうし、何より家族や友人に彼氏の事を知られたくなかったみたいでね、悩んでいる様子でした。その件に関して旦那さんにも知っていたんでしょうね。だから、今日もこうしてその店の偵察に来たのでしょう?」
「そこまでわかってあなた――」
「ほらほら、すぐ感情的になるのは女性の悪い癖ですよぉ。あなたが最初に聞いてきたのは旦那の浮気の疑い。それに対し、私は私の知る限り思い当たらないと答えた。しかし、別に調べていたわけでもないので、ないとは言い切れず、お調べしますといったんですよ。当然、お調べしてわかったことがあればちゃんとお伝えしました。しかし、それを断ったのはあなたです。だから、私は私の仕事のお手伝いをすることで旦那さんの動向の理由がわかるよう手助けをしたまで。ここからはあなた方、家族の問題です。後は煮るなり焼くなり、お好きになさってください」
三滝はそう言って一方的に電話を切った。
推測はできていたのに黙っていた三滝を許せない。
けど、それ以上に今は和の事をどうにかしないといけない。
もう、三滝には頼れないし、夫と直接相談するのも難しいだろう。
この状況を知った経緯を説明できないし、何より私たちは最近、顔を合わせれば喧嘩ばかりでまともな会話ができていない。
この状態で協力し合って娘を助けるなんてできるのだろうか。
私はとにかく、和に危険が迫らないよう対策を立てることにした。
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