10

三滝と再度喫茶店で再開した。

預かっていた道具の返却と報告のためだ。

私が来る前から三滝は既に喫茶店に着いていて、コーヒーを飲みながらくつろいでいた。

入り口の扉を開けて入ってきた私を見ると、三滝は相変わらずにたりと不気味な笑みを浮かべ、手招きしてくる。

私は彼の言う通りに彼に近づき、目の前の席に座った。


「粗方の報告はメールの通りです。後、道具をお返ししようと思いまして」


私はそう言って三滝に道具の入った手提げかばんを返した。

どうもどうもと言いながら三滝も受け取る。


「いやいや、あそこまで調べていただいたなら上出来ですよ。これなら、旦那さんの尾行もばっちりですね」


三滝は茶化すように私に話す。

そして、プレゼントですと言って、私に受信機のようなものを渡した。


「今回は依頼の交換条件に対して、少しばかり多くいただいたようですからね。奥さんにはほんのお礼ですよ。これは旦那さんに取り付けた盗聴器です。半径100メートル以内なら、この受信機で旦那さんと浮気相手の話が聞けますよ。あと、これは旦那さんに取り付けたGPS情報がわかるアドレスです。うまく活用してください」


三滝はそう言って、席を立った。

まさか、ここまで三滝が協力とは思わなかった。

しかも、見返りが少年たちの情報だけなんて、何かあるんじゃないかと思った。

それすらも察したのか、伝票を手にした三滝が横目で私を見ながら答える。


「私は単純に興味があるんですよ。あなたの旦那さんがどんな相手と浮気をしていて、そしてあなたがどこまで旦那さんを追い詰められるのかをね。悪趣味とは言われますが、これも退屈な日常のちょっとした楽しみなんですよ。奥さんも精々頑張ってください」


最後は半笑いで三滝は会計を済ませ、店を出ていった。

私は早速、GPSアドレスを登録して、夫の所在を確認する。

確かにそのGPSの示す場所は夫のオフィスにあった。

ここまで準備できているのだ。

もう、後には引けない。

そう思い、私は夫の尾行調査を行うことに決めた。



夫から帰りが遅くなるのメッセージが来てから、三滝からの退社連絡が届くのにそう時間はかからなかった。

夫が浮気相手と会うつもりなのだろう。

私は常に連絡が来てもいいように準備をしていた。

連絡を受けると、パートを早く切り上げて、夫のGPSが示す場所に向かった。

夫は帰り道とは全く別の方向の電車に乗っていた。

そして、降り慣れない駅に着き、そのまま迷わずまっすぐ歩いていく。

足が止まる様子がないので、おそらく待ち合わせとかではないのだろう。

もしかしたら、お店、もしくはホテルなどで直接会う約束をしているのかもしれないい。

そう思いながら、辿って行くと夫は例のカラオケ屋の前を通って行った。

まさかと言いながら、私も歩みを急がせる。

この方向は以前、私が調査した少年たちが歩き回っていた場所だ。

そして、夫も少年たちと同じように大通りを抜けて、小道に入り、次第に路地に入っていく。

夫が向かっていったのは、あのお店で間違えないようだった。

私もその頃には店の近くには来ていて、夫が店に入っていくところまでは見られなかったが、割と早い段階で店の近辺に到着し、すぐに周波数を合わせて、夫らしき声を拾う。

まだ、会話らしいことはしておらず、店の騒ぎ声しか聞こえてこなかった。

私は身を隠しながら、耳を研ぎ澄ませて声を探った。

するとやっと夫に話しかけてくる若い女の声が聞こえた。


「こんにちはぁ。あれ? お客さんは、初めての指名でいいんですよね? たしかこの間、別の子指名していませんでした?」


女は笑いながら夫に話しかけているようだった。

この声は以前、電話で聞いた子とは違うようだった。

これはどういうことだろう。

お気に入りの女の子がいるから通っているわけではないのだろうか?


「そうなんだけどね、うん……。まだどの子が話しやすいか、決めかねていて」


夫は自信がなさそうに答える。

私は気持ち悪いと思いながら、話を聞き続けた。


「そんなこと言ったら、みーぽ怒りますよぉ。この間、こっそり電話番号教えちゃったって言ってたし。まあ、みーぽはすぐ忘れるから、誰に配ったなんてもう覚えてないけどねぇ」


女はそう言いながら、げらげら笑った。

この女も若いようだった。

看板に書いてあるように、現役女子高生ということだろうか。

そして、この間電話に出た相手が、同じくここで働く女子高生のみーぽと呼ばれている女らしい。

その女とはまださほど仲良くなってはいなさそうだ。


「みみちゃんは、その、ここ長いの?」


夫の方から質問する。

するとみみと呼ばれた女は考えながら答えた。


「まぁまぁかな。この店出来たの割と最近だし、引退つうかとんずらこく子も多いからさ。割と古株になっちゃったかなぁ」


みみはそう言ってまた何かを誤魔化すように笑う。

同じ年頃の娘を持つ母親としては、彼女の話を聞いていると他人事に思えず情けなくなった。

夫にはそういう気持ちはないのだろうか。

そもそも同じ年頃の娘がいる父親がこんな場所にきて女子高生と遊ぼうなんて、異常としか思えない。

まさか、自分の娘にまで密かに欲情しているとしたら、私は夫をどうにかしてしまいそうだ。


「ここの仕事は辛い? 嫌な事とか無理矢理させられたりするのかなぁ?」


夫がまたみみに尋ねた。

すると彼女はあっさり答える。


「人によりけりかもね。あたしもみーぽもこういう仕事は割と慣れてるからさ、全然大丈夫だし、給料も悪くないから嫌じゃないけど、免疫のない子も結構来るからねぇ。ほら、JKと話したいとかとか、明らかにヤバそうな客多いじゃん。実際、何人かストーカーされてるしさ、怖い目に合うこともあるのよ。だいたい、スタッフにばれてボコボコにされるから、事件になるほどではないんだけどさ、安心安全とはいかないよね」


みみは包み隠すことなく、何でもべらべらとしゃべっていた。

そして、途中でこういう話すると怒られるからあたしが言ったことは黙っていてと口止めしていた。


「君は自分から志願してアルバイトに来たの? 他の子もどうやってこの店を知ったのかなぁ?」

「なになに、お客さん、刑事か何か? 聞いてばっかじゃん。もし、そうなら、あたしの事だけは見逃してよね。情報教えてんだからさ」

「や、刑事ではないよ。普通のサラリーマン。店に入る前に身分証とか見せられるしさ、嘘はついてないよ」


彼女はふぅんとまだ疑っている様子だったが、まあいいやと話し始めた。


「あたしは友達の紹介できた。ってか、この店、紹介ないと入れないからさ。お客さんの方も一緒でしょ? 最初はさ、働いている子が直接、他の子に店紹介して連れてきてたんだけど、すぐ辞めちゃうわけよ。だから、最近では紹介する子を雇ってるみたいだよ。紹介一人につき、何万って金払ってるみたいだし。弱みでも握られているみたいでさぁ、いやいやきましたぁって丸わかり。接客もど素人でさぁ、顔だけはいいから客にうけるんだけど、すぐに弱音は吐いて辞めるんだよねぇ。で、辞めたと思ったら、忘れたタイミングで戻ってくる。おっかしぃよねぇ」

「なんで戻ってきたのか、理由はわかる? 弱みって何を握られてるのかなぁ?」

「さぁ、あたしにはわからんけど、ヤバいやつじゃない? 真っ青な顔して戻ってくるし。ま、そのおかげで辞める子減ったんだけどね」


みみは差ほど事情は知らないようだった。

おそらくその紹介する子とは工藤の事だろう。

確かに彼らの口からもお金をもらっている風の話をしている。

しかし、夫はそんな話を聞いてどうするのだろうと不思議に思いながら盗聴を続けていた。

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