15

私は数分間、何もできずに立ち尽くしていた。

なぜ、気が付かなかったのだろう。

ずっと昔から夫に裏切られていたということを。

愛がなかったのは私だけじゃなかった。

私たちは和という娘がいたから、夫婦生活を送っていただけで本当はとっくに終わっていたのだ。

いつ、夫から離婚を提案されてもおかしくなかった。

そんな話をすれば、私が激情して夫の身辺を探り、不倫相手の存在がバレるのを恐れたのか。

あの時、店に乗り込んだのも和のためなんかじゃない。

万由里というもう一人の娘のためだ。

万由里が本当の娘でなかったとしても、夫には身に覚えはあるはずだ。

そうでなければ、あそこまで信じたりはしない。

ああ、今すぐ体の中にあるものをすべて吐き出してすっきりしたい気分だった。

私は殺される。

あの女との新しい生活の為に。

それだけではないかもしれない。

10年前には私と夫の保険金を掛け捨てにして金額を上げた。

あの時は単純にその方がいいと保険の担当者に勧められたからだ。

もう、何年も前から私を殺す計画を立てていたのかもしれない。

そういうことかと私はその場で膝をついた。

私はこのまま夫に殺されていいのか?

和を母の実家に預けて、捨てられてもいいのか?

夫の思うがままにしていいのか?

いや、これは夫の要望ではない。

夫を、私たちの夫婦の関係性の弱さに付け込んだあの女の思い通りにさせてはいけない。

そう思ったとき、私は不思議と頭がさえ、体に力をみなぎった気がした。

そして、立ち上がり、携帯を取り出すと三滝に電話をした。

三滝はすぐに電話に出る。


「そろそろご連絡がいただけると思っていましたよ」


三滝は何もかもわかったように笑った。

この男に対しても憎しみを感じながらも、それ以上に夫やあの女に対する怒りの方が勝っていた。


「あなた、どこまで夫とあの女の事を知っているの?」

「どこまでとおっしゃても答えづらい質問ですねぇ。あの女とは万由里という少女の母親ですか? 彼女はうちの会社で昔から働いている女性社員です。いつから関係を持っていたかは私にもわかりません。私がこの会社に入社したのは7年前からですからね。その頃には関係を持っていたんじゃないですか? そこまで深い仲っていう感じには見えませんでしたね。そう、お互いに都合のいい、セフレという関係性に近かった。彼女にもその頃から旦那はいたわけですから、万由里ちゃんはその旦那さんの子供っということにしていたんでしょうね。それが去年、離婚されたんですよ。どうも万由里ちゃんが自分の娘じゃないとバレてしまったみたいでね。慰謝料も請求されて困っているようでしたよ」


だから、あの女は今になって夫との関係を持とうとしたのか。

少しずつピースがはまり始める。

しかし、分かっていないことはまさまだたくさんあった。


「三滝さん。なぜ、あなたはあの時、私に本当の事をおっしゃたなかったんですか? 夫が浮気しているって知っていたんですよね?」


三滝はふふっと笑った。


「私は浮気していないと断言したことは一度もありませんよ。それにあなたの見つけた証拠では旦那さんの浮気の立証なんて不可能だった。弱いんですよ。それに私の誘いもあなたは乗らなかったでしょ? 彼女は毎回、私にちゃんと報酬を払ってくださいましたよ。自分の身の安全を守って得られる情報なんてその程度でしょう? 私は前々から彼女に頼まれていたんです。あなたが探ってきたら、攪乱してほしいって。私は嘘がない程度にあなたに有益な情報を伝えてきたはずです。報酬もいただかずにです」

「あなた、一体何のためにこんなことをしているの!?」


三滝は本当におかしそうに笑った。

まるで私の質問が愚問だったように。


「そんなの決まっているじゃないですか? おもしろいからですよ」




私はすぐに麓を降りて、タクシーを呼び寄せた。

そして、家に帰ると服を着替えて、すぐに洗濯を始めた。

夫はまだ帰ってきていない。

夫が残業で遅くなる時、私が先に寝ていることも少なくはないのだ。

だから、こうして朝方帰ってきたとしても私には気が付かない。

いつものように朝、ソファーで寝ていたら疑いもしなかっただろう。

今頃、スーツ一式が女の指示で処分されているはずだ。

甘いのはそのスーツを自宅のクローゼットに補充しておかなかったことだ。

夫の事にあまり関心がなかったために、私はこれほどの重要なことにも気づかなかった。

挙句の果てには自分が殺されるだなんて、情けないとしか言いようがない。




私は軽い仮眠をとって、夫が帰ってくる前に家を出た。

食べるかもわからない朝食を作っておいて、手紙も添えて出かけた。

私はすぐにレンタカーを借りに行く。

実家では普通に車を使っていたから、乗り慣れてはいないが運転はすぐに出来た。

そして自宅から直ぐ離れたホームセンターで大きめのスコップと金属製の斧、糸鋸ごりとその刃。

その他、作業するために必要なのものをネットで調べて買え揃えた。

そして、携帯の電源を消してそのまま現場に向かう。

ひとまず近くの道路に車を止めると必要な道具だけおろして、再び車を見つかりにくい林の中に隠した。

念のためにグリーンのビニールシートで車を覆う。

そのまま私は遺体が埋められた場所に向かった。

見つかるのも当然だという杜撰な処理のが見て取れる。

私はひとまず遺体を掘り起こして、遺体に乗っていた土を払う。

そして、その遺体を引きずり出して、シートの上に乗せた。

この場所では目立ってしまうと思ったので、シートに乗せたまま、一旦山の奥に遺体を隠して、掘った土を埋めなおすとわかりづらいように上から枯れ草や枯れ枝などを置いておく。

そして、山奥に放置した遺体を時間をかけて運べる程度の重さに解体し、ビニール袋に入れる。

服は脱がし、顔には袋を被せて、斧で骨を砕き、鋸でまるで精肉の解体のような気分でバラバラにしていく。

それを袋に詰めて、遺体を車に詰めると、汚れた土を掘り返して、他の土と混ざり合わす。

これではすぐに見つかってしまいそうだが、何も出てこなければ何かのいたずらとでも思うだろう。

そして、遺体をすべて運び込んだら、今度はもっと離れた山奥に向かった。

確か、実家の近くに誰も近づかない山があった。

そこは老夫婦の持つ山で使い道もなく、中に入る人も少ない。

道路も通っていないし、見つかる可能性は少ないだろうと思った。

管理のされていない山道を歩くのは一苦労だったが、遺体がバラバラになっている分楽だった。

私はなるべく遺体をバラバラにように拡散して埋める。

少しでも白骨化しやすいように、人工物は混ざらないように埋めた。

そして、泥や血は近くの沢で流して、それをまとめると、道具を三分割して近くのゴミ処理場に持って行った。

人に会うことは避けたかったので、放置するようにおいていった。

ひとまずこれで遺体の処理はできた。

夫の事件がバレるまでに時間稼ぎができる。


遺体を処理したら、私はいつものように生活をした。

なるべく夫にもこのことを知られないように自然に接することを心掛けた。

夫も私が疑っているなんて思ってもいないだろう。

夫が風呂に入っている間に仕掛けておいた盗聴器とGPSを回収する。

そして、あの日が来るのを私は待っていた。

そう、夫が私を殺そうとする日を……。

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