8

少年たちが話を終えて、くだらない雑談に入った。

私は一息ついて、椅子に座る。

とんでもないことを少年たちの口から聞いてしまった。

しかし、これだけが今回の仕事ではない。

少年が最初に言った言葉。

『店に行くのはまだ早い』だった。

つまり、ここから出れば、その店に向かうということだ。

私は少年たちの話に耳を欹てながら、いつでも出ていけるように準備した。

なぜなら、彼らが部屋を出る前に私が先に出ていかなければならないからだ。

それに受付で鉢合わせするのもまずい。

彼らはおそらく2時間のコースを選んでいたはずだ。

ギリギリまで居座るとは限らないが、1時間半過ぎたら、ここから出て彼らが部屋から出てくるのを待ち構えなければならなかった。

私は、目の前の部屋が全く使われていないことに気が付いた。

これでは怪しまれる。

少年たちの動きを見ながら、マイクを机に置き、端末も目の前に持ってくる。

彼らが出てこないのを確認しながら、飲み物を取りに行って、わざと半分だけ入れておいた。

曲も何曲か予約を入れて、歌わずに流した。

履歴から拾っておけば問題ないだろうと思った。

そろそろ時間だろうというタイミングで私は部屋を出て、受付を済ました。

そして、少年たちが出てくるまで外で待機する。

丁度目の前にカフェがあったので、私はそこに駆け込んでカラオケ屋の入り口の見えるカウンター席に座った。

ホットコーヒーなら注文してほとんどロスがない状況で注文を受け取れる。

私はそのホットコーヒーを飲みながら、ずっと入り口を観察していた。

すると15分後には少年3人が出てきた。

私はホットコーヒーが入っていた紙パックをすぐにゴミ箱に捨て、カフェを出る。

少年たちは楽しそうに談笑しながら、まっすぐ目的地に向かっているようだった。

私は距離を取りつつ、彼らの後をついていった。

最初は大通りをただまっすぐ歩いていたが、次第に道を逸れ、中道に入ってく。

そこから更に細い路地に入ると、一軒の古びたビルを見つけた。

少年たちはその地下へと入っていった。

彼らが入っていくのを確認すると、周りに誰もいないのを確認して入り口の写真を何枚かとる。

そこは大通りから少し離れた場所で、近くには古いラブホや何を売っているのかわからないような雑貨屋が並んでいた。

入り口に手書きの看板があるだけで、目立った店ではない。

教えてもらえなければ辿り着けそうにない店だ。

看板には『JKコンカフェ』と書いてあった。

コンカフェとは何だろうか。

JKとは女子高生の事だろう。

下には更に『現役高校生が活躍中!!』と書いてある。

つまりここは現役で高校に通っている女子高生が働いているカフェということになる。

わざわざこんな言葉で誘引しているのだから、普通のコーヒーを嗜むようなカフェではないのだろう。

少年たちの話を聞いても明らかに怪しいし、何よりも店の作りが雑だ。

いつでも撤退できるようにしているように見える。

これが三滝の言っていた法律ギリギリの店というものなのだろうか。

知れば知るほど、失望させられる。

大人たちは子供たちを利用して何をしているのだろうか。

女子高生たちを利用する男たちも当然悪い。

しかし、それを求める大人がいるから商売が成立しているのだ。

そう思った瞬間、夫の事が頭によぎった。

もしかして夫もこんな店を利用して、電話の主と知り合ったのではないだろうか。

そう思うと吐き気がした。

その時、誰か来る予感がして、私はその場から離れた。

そして、そのまま大通りに出て、メールで三滝に連絡する。

もしかしたら、三滝の言っていた知り合いの娘さんとは彼らから名前があがっていた万由里という女のかもしれない。

この話を聞いて、彼女が少しでも被害にあわないように願うしかない。

そしてそのまま、家族に鉢合せないように気を付けながら、私はまっすぐ家に戻った。



その日は夫も娘も帰りが遅かった。

夕飯を作った後、私はリビングで例の店についてネットで調べ始める。

まずはコンカフェとは何のことか調べた。

コンカフェとはコンセプトカフェの略称のようだ。

つまり、一時期流行っていたメイドカフェなんかもこのようなジャンルのようだが、ほとんどのコンカフェがカフェ&バーと認識されているらしく、お酒を提供する場所となっているらしい。

あの場所で何が行われているのか、今日の段階ではわからなかったが、女子高生を目当てに来る顧客のための店に違いない。

そんな怪しい店、警察に調べしてもらえればすぐに営業停止にりそうだと思い、通報しようかと思ったが、万が一でもあの場所に夫が通っていたとしたらまずい。

逮捕はされなくても、会社をクビになる可能性があった。

それに自分の父親がそんなところに通っていたことが世間に知られれば、きっと和も学校でいじめられてしまうだろう。

そう思うと、今の段階で通報することはできなかった。

心の中で万由里という少女の事が気になってはいたが、後は三滝とその親にゆだねようと考えた。


8時過ぎ、やっと和が帰ってきた。

私は和を出迎える。

相変わらず機嫌が悪そうだが、今朝よりは落ち着いていた。


「晩御飯用意できてるけど食べる?」


私がそう聞くと、和は首を横に振った。


「いい。お腹すいてない」


和はそう言って鞄から弁当箱を出すと、そのまま部屋に引きこもってしまった。

私は何も言えないままリビングに戻り、和の弁当箱を開けると中は綺麗に食べられていた。

それだけでも少しホッとする。

今の和のまともな食事はお弁当しかないのだ。

また、元気になって晩御飯を食べるようになってくれたら、もう少し安心できるのに。

そう思いながら、私は弁当箱をシンクに置いて、再びソファーに座った。


タイムリープをしてから私の生活は一変した。

あの頃はただ、毎日にイライラしているだけの生活だった。

夫の行動が怪しいと思いながらも具体的に動いたこともなかったし、和と喧嘩をするのもいつもの事だと諦めていた。

誰かに相談しようとか、どうにかしようなど考えることもなかった。

ただ、毎日やるべきことをして繰り返していただけ。

だから、この時、夫が何を考え、何をしていたかも知らなかったし、和が何に悩んでいるのかも知らない。

今もわからないままだが、知ろうという気持ちではいるし、このままでいいとは思わない。

1人でも調べる必要があると思っていた。

確か、この時期から旦那の残業が増えてきた気がした。

メールを確認すると案の定、『遅くなる』とだけ書いたメッセージが届いていた。

そこから数日経つと、その連絡も来なくなって、残業が当たり前のように遅く帰ってくるようになる。

そのことについて私と夫は喧嘩をした。

その時も夫は本当の事を話そうとせず、私は一方的に浮気だと判断した。

そして、離婚してやろうと役所に離婚届を取りに行ったのも覚えている。

ついでにそのタイミングでパートの延長時間も話に上がって、社員登用の話も出ていた。

だから、その時の私は延長時間を受け入れ上司に登用試験も受けると宣言した。

離婚をするならどのみち私が正社員としてバリバリ働かないといけないと思ったから、あの時はそこに注力していたのだ。

夫が残業をするのをいいことに、私も残業を増やして帰るのが遅くなっていた。

だから、和がいつも何時に帰ってきていたのかとかちゃんとご飯を食べていたのかとか、管理できていたとは言えない。

このままではだめだ。

このままではまた私は夫から信頼を失い、殺されてしまう。

それだけでなく、きっと家族の崩壊も招く。

私はどうにかしなければならないと、ひとまず夫の尾行と和の担任に連絡を入れることを決めた。

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