7
三滝から連絡が入ったのは、それから1週間後の事だった。
とある高校の校門の前で私は身を潜めるようにして少年を待った。
少年の名前は
高校3年生で和の1歳年上だった。
三滝が言っていたように工藤は昼休み時間に校門から出てきた。
校門の前には同じ年頃の少年が2人、工藤を待つように立っている。
工藤は閉まっている校門を慣れた様子で乗り越えて、うまくいくと2人にハイタッチを求めた。
ここの教師は何をしているのだろう。
こんなに簡単に学生を校外に出してしまって、問題はないのだろうか。
私が保護者だったら、絶対に学校側に文句を言っているところだが、実際には保護者も知らないのかもしれない。
それに私も和がどのように学生生活を送っているかなんて詳しく知らない。
たまにある保護者面談で担任から話を聞くだけだ。
こうやって工藤のように学校をサボっていても、学校側から連絡がなければわからないことだった。
心配ならば、学校ばかりに頼るのではなく、自ら娘の事を知ろうとする努力をするべきだ。
他人の子を見て理解するなんて、なんて自分は愚かなのだろうと思った。
しかし、こんなところで落ち込んでいても仕方がない。
少年たちに見つからないように、私は尾行を始めた。
運が良かったのは少年たちが歩いている道が思いのほか人通りがあるということ。
少年たちの後ろを歩いたところで違和感はないだろう。
彼らは実に楽しそうに会話をしている。
何を話しているかは正確に聞き取れなかったが、お互いを茶化し合うようなふざけた話で、報告するような話ではなさそうだった。
少年たちは街中に来ると、急に足を止めて近くの腰を下ろせそうな場所に座った。
そして、小さな声で相談し始める。
「今日はどうするよ。店行くにはまだ早いだろう?」
私の耳には微かに店という言葉が耳に入った。
店とは何なのだろう。
私はつい、あの電話越しから聞こえた言葉を思い出していた。
夫の浮気相手と思われる仲間の言葉だ。
それとこれが繋がるとは思わないが気になっていた。
「ゲーセン行く? ボーリングも飽きたしなぁ」
違う少年が答えた。
どうやらこの3人の中心にいるのは工藤のようだった。
どことなく他の2人の少年は工藤に気を使っているように見える。
「今日は疲れた。カラオケでいいだろう」
工藤はそう言って立ち上がり、2人をおいて歩き出す。
彼らの口調からしていつも行く場所は決まっているようだった。
私も隠れるのは辞めて、彼らに合わせて歩き出す。
他の人からは少し怪しい人物に見えるかもしれないが、彼らに気づかれている様子はない。
彼らは慣れた足取りでカラオケ屋の中に入っていく。
ここまでは三滝の言っている通りだった。
しかし、彼らがどの部屋に行くかは、ここではわからない。
彼らの後にカラオケボックスに入ったからといって、近くの部屋に入れるとも限らないのだ。
また、部屋がわからないからと言って1部屋ずつ見て歩いたら、明らかに店員に怪しまれる。
私はひとまずトイレに行くふりをして店内に潜り込んだ。
そして、少年たちがどの部屋に行くか、彼らから見えない場所で観察することにした。
手続きが終わり、少年たちは荷物を持ってエレベーターの前に立ち止まる。
私は遠くから、部屋のナンバーが書かれているものがないか探した。
そして、伝票ホルダーに貼ってあったナンバーを見ることができた。
308号室。
私は少年たちに見つかる前に受付に歩き出し、手続した。
正直、1人でカラオケに来るなんて初めてで、すごく恥ずかしかった。
これも彼らの話を聞くためだ。
ストレス発散に1人カラオケする人も増え、珍しいことでもないので、私は堂々と受付を済ませる。
後は、彼らの隣の部屋を注文するだけだ。
「あの、307号室か、309号室は空いてませんか?」
私は受付の男性に聞く。
男性は『は?』という顔をしたが、念のため調べてくれた。
「307号室は埋まってますね。309号室なら空いてますよ」
「なら、そこで」
男性は不審そうな顔で私を見てくる。
常連でもない私が部屋番号を指定するなんておかしいのだろうか。
それでも私は彼らの隣の部屋をキープする必要があったのだ。
私はそのまま受付を済ませて、エレベーターで3階に上がり、309号室を探した。
エレベーターを上がった先に、ドリンクバーで飲み物を選んでいる少年たちと出くわしてしまった。
私は慌てて顔を隠し、目的の309号室を探して急いで部屋に入った。
部屋の中は既にテレビがついていてうるさい。
消すことができなかったのでとりあえず音量を最小にして、隣の部屋をうかがった。
彼らは好きなドリンクを注いだ後、部屋に入っていったのは分かったが、何を話しているかまでは聞き取れない。
かばんの中から、コンクリート集音マイクを取り出して、説明書を読んだ通りに音を拾う。
コンクリートマイクを308号室側の壁に貼り付けて、イヤホンを耳にかける。
念のためにICレコーダーもセットして、録音もしておいた。
最初は部屋の音楽がうるさくて聞き取りづらかったが、次第に彼らの話がはっきりと聞こえ始めた。
「最近、
少年の1人が工藤に話しかける。
万由里とは誰の事だろうか?
「あいつはもうだめだな。店でも弱音ばっかほざいているらしい。そろそろ潮時かもな」
「まじか。また金減るのかよ。先日も別の女が辞めただろう?」
店だの、金だの、高校生に似つかわしくない単語が飛び交う。
これは売春か何かの話だろうか。
「うるせぇよ。おめぇらこそ、女捕まえて来いよ。どいつもこいつも俺が誘ってきた女だろうが。それで金もらってんだから、文句言ってんじゃねぇ」
工藤は機嫌の悪そうな低い声で答える。
その瞬間、2人の少年は口を閉ざしてしまった。
「万由里の画像はネットで売り飛ばす。ついでに微妙なやつは拡散する。あいつが悪いんだからな。俺らに許可も取らずに、勝手に店から逃げ出そうとすんだからよぉ」
なんだか、雲行きが悪くなってきた気がした。
画像をネットに売るというのはリベンジポルノの事だろうか?
そして、金にならないものをネットで拡散する。
なんていう少年だ。
写真を元に恋人を脅しているのだ。
しかし、この工藤という少年、彼女が1人とは限らない。
むしろ複数いるような口ぶりだった。
今までも同じように約束を破って、制裁を受けた者がいるのかもしれない。
本当にこんなことを高校生がするのかと驚いた。
それに気になるのが、その店だ。
つまり、リベンジポルノを使って売春でもさせている可能性がある。
すぐに警察に通報すべきでは?
しかし、私は今、盗聴をしている身。
こんな盗聴した内容では警察に通報できない。
それにあくまでもこれは私の推測。
もっと確実な証拠がない限り、今通報しても逃げられるだけだろう。
私はもう少し話を聞こうと体を乗り上げた。
「最近、新しい女を捕まえたんだ。最初は渋ってたんだけど、やっと店で働く気になってくれたわ。こんなに手を焼かせる強情な女は初めてだぜ。こいつにはしっかり店で働いてもらわないとな」
工藤はそう言って嬉しそうに笑った。
新しい犠牲者。
その言葉を聞くだけで胸が痛んだ。
「しかし、その女、まだ連れ込んでないんだろう? 写真、撮れてねぇじゃん」
1人の少年が工藤に聞く。
連れ込んでないとはまだ肉体関係を持っていないということだろうか?
「ああ、あいつなら大丈夫。ひどくいい子ちゃんでよぉ。俺との関係、家族や学校にばらすって言っただけで渋ったわぁ。あれなら、写真なくてもいけるだろう? 最悪、いうこと聞かなくなったら無理矢理すっから、問題ない。いつも通り、撮影しとけばまた言うこと聞くようになんだろう?」
工藤はまた自慢げに笑う。
同じ年頃の女の子を食い物にしたような少年。
私は許せない気持ちでいっぱいになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます