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結局、証拠となりそうなものを家中探して見たが見つからなかった。
よく考えてみたら、夫が家で何かしていた覚えがない。
証拠があるのだとしたら、鞄の中か、もしくは会社に置いているだろう。
家に置いておくより確実に見つからない。
そう思いながら、クローゼットの前で座り込んでいると玄関の扉が開いて、娘が帰って来た。
私が慌ててクローゼットや他の引き出しを閉めて、娘を出迎える。
「おかえり、和。今日は早かったのね?」
私はぎこちない笑顔で出迎えた。
いつもは帰ったぐらいで出迎えなんてしないのに、明らかに動揺しているのが見て取れる。
娘にはまだ夫の浮気の事をバラしたくない。
知ってしまったらショックを受けるかもしれないし、何より怒りのまま夫に突っかかりそうだからだ。
娘は私を不審な目で見た後、靴を脱いでそのままリビングに向かった。
「こんな時間にいるなんて珍しい。今日はパートじゃなかったの?」
そう、いつもならパートに行っている時間帯。
娘の帰る時間に家にいるのは珍しいのだ。
それに休みの日は事前にカレンダーにマークを入れていた。
だから娘も私が家にはいないと思っていたのだろう。
「今日は朝から頭が痛かったから、休んだのよ。薬を飲んだら、すっかり治ったけど」
私はそう言って安心させようと笑って見せた。
しかし、娘は心配どころか紙パックのジュースを飲みながら一瞥するだけだった。
そのまま、鞄を持って、自室の扉を思い切り閉める。
もう少し心配してくれてもいいのにと心で呟きながら、ソファーに座って深いため息をついた。
後は夫が帰って来て、お風呂に入っている間に鞄の中や携帯電話の中を調べるしかないかなと考えていた。
その為にも早めに夕飯の支度をし、すぐにお風呂に入れるように準備しようとキッチンに立った。
すると、娘の部屋の扉が開く音がする。
リビングにでも来るのかと思ったら、なかなかくる様子がない。
私は気になってリビングから廊下を覗き込んだ。
娘は今まさに出かけようとしている姿が見える。
私は慌てて玄関に駆け寄り、和に話しかけた。
「ちょっと、どこいくの?」
娘は振り向きもせずドアを開けて答える。
「友達んとこ」
「こんな時間に?」
玄関から出て行こうとする和を追いかけるように、私は扉のノブを持って玄関を出て行った娘に声をかけた。
「お母さんには関係ないでしょ。もう、約束してるから」
和はそう言ってエレベーターを使うのを辞めて、階段で降りて行った。
いつもなら面倒くさいとエレベーターを使うのに珍しいと思った。
夫の様子もおかしいが、娘の様子もおかしい。
けれど、あの年頃にはよくあることだ。
私にも身に覚えがある。
あの頃は家族より友達といる方が楽しくて、学校が全てだった。
私にとって高校時代の実家とは、ご飯を食べて寝るだけの場所。
だから和が昔の私と同じように家に寄り付かなくなってもおかしくはない。
けれど、何も話してくれないから、母親として心配してしまうのだ。
私はゆっくり玄関の扉を閉めて、リビングに戻った。
悩みが次から次へと湧いてくる。
どうしたらいいのかわからず、私はそのままソファーに座ってクッションを抱えたまま倒れた。
そして、いろいろ考えながら眠ってしまったようだった。
「おい!」
誰かに肩を揺らされて目が覚める私。
慌てて身体を起こすと目の前には会社から帰って来た夫がいた。
どうやら私はあのまま寝てしまったようだった。
私は勢いよく立ち上がって、キッチンに目を向ける。
「晩御飯!!」
急いで用意しようとキッチンに駆け込む私に、夫はため息をついて話しかけてきた。
「作らなくていいよ。棚にカップラーメン残ってただろう?」
「う、うん……」
私は気まずそうに頷く。
そんなつもりはなかった。
ごはんぐらいは毎日作ろうと頑張って来たのに、今日はいろいろ考えすぎて疲れてしまったのだ。
夫はカップラーメンを棚の中から探しながら聞いてくる。
「和は?」
そうだ、和だ。
私は急いで和の部屋の前まで行き、ドアにノックする。
しかし、返事がない。
嫌な予感がして、扉を開けてみると明かりはついておらず、和もまだ帰ってきていなかった。
もう夜の8時を回っている。
どこに行ったのだろうかと急いでリビングに戻って携帯電話を取った。
そして、和に電話をかけてみる。
何度もコール音は鳴っているのになかなか出てくれない。
気づいていないのだろうか?
それとも何か事件に巻き込まれているんじゃないか?
不安になっている私に夫が落ち着いた声で話しかけてきた。
「そんな闇雲に連絡しても仕方ないだろう? 気がついたら折り返ししてくるって」
私はきっと夫を睨みつける。
この男は娘が心配ではないのかと思った。
夫も睨みつけられたことに驚いたのか、一瞬後ずさりしたがそのまま何も言わずにカップラーメンにお湯を注いでいた。
夫はソファーに座りながらカップラーメンを食べて、テレビを見ながら笑っていた。私は何をする気にもならず、ダイニングテーブルの椅子に座り、自分の携帯画面をじっと見つめていた。
すると、1時間後、娘が帰って来た。
私は慌てて玄関に向かう。
「和! あんたどこ行ってたの!? お母さん、何度も電話かけたのよ!!」
帰って来た和に私は真っ先に怒鳴りつけた。
すると、和は舌打ちをして睨みつけてくる。
心配した親に向かってする態度かと思い、より腹が立った。
「お母さんがいけないんじゃない! 干渉しようとするから余計に帰りたくなくなったの!!」
娘はそう言って、足早に自室に入っていった。
私は追いかけ、閉められたドアを何度も叩く。
「お母さんのせいじゃないでしょ? あなた、まだ高校生なのよ? こんな時間までフラフラしていいわけないじゃない!?」
「だから、そういう干渉が嫌なの! もう私の事はほっといて!!」
和はドア越しからそう叫ぶ。
反抗期なんて中学生で終わっていると思っていた。
けれど、最近の和は機嫌が悪いことが多い。
もしかしたら、学校で何かあるのだろうかと心配したが、ここでまた声をかけたら、一層へそを曲げられるだけだ。
私は肩を落として、リビングに戻った。
ご飯を食べる気力すらわかない。
「あんまり、うるさい事言ってやるなよ。デリケートな時期なんだから」
夫はリビングに戻って来た私に言った。
本当にこの男は自分の娘の事をなんだと思っているのか。
他人の子のように能天気な事ばかり言ってくる。
「なによ。自分は和の事わかってるみたいに言って。あなたが家族に何をしてくれたって言うのよ!?」
私はそんな夫に怒鳴りつける。
すると、夫も腹を立てたのか、持っていた携帯電話をソファーの前のテーブルに叩きつけて、立ち上がった。
暴力でも受けるのかと思って、ぎゅっと身体を縮こませているとそのまま通り過ぎてリビングを出て行った。
「風呂入ってくる!!」
夫はそう言って、リビングの扉を乱暴に閉めた。
さすがに暴力をふる気はなかったようだ。
安心して身体に力が抜けると、そのまま倒れそうな勢いでソファーに座った。
もう、最悪!
夫の事もあるのに、娘の事でも心配事が増えて、夫婦喧嘩までしてしまった。
今は夫を怒らすことは得策ではないというのに。
そう思いながら目の前のテーブルに目を向けると、そこには夫の携帯が置いてあった。
今がチェックするタイミングではないのかと、急いで携帯を手に取る。
しかし、電源を入れた瞬間、パスワードを要求された。
最近の携帯では当たり前の機能だ。
私は思いつくまま数字を入れてみる。
まずは、娘の誕生日。
夫の誕生日。
姑の誕生日。
まさか、私の?
そう思ったが、やっぱりパスワードは解けなかった。
それ以外に思いつく数字がない。
結婚記念日を夫が覚えているとは思えないし、もしかしたら浮気相手の誕生日かも。
全く関係ない番号だってありえるのだ。
私は携帯電話の中身を調べられることが出来ないまま、携帯を元の場所に戻した。
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