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私は誰にもばれない様にと、どこにでもある無難な服と伊達眼鏡をかけて外に出た。

そして、事前に調べておいた人通りの少ない場所にある電話ボックスに向かう。

理由はここに書かれている電話番号にかけるためだ。

浮気相手に素性をばらすわけにいかない。

なら、特定のできない電話ボックスがいいと思った。

私は貯金箱の中からありったけの10円玉を出して財布に入れた。

そして、受話器を上げて10円玉を投入し、更に気を配って非通知番号を押した後、紙に記載された電話番号を押した。

心臓が激しく鼓動していた。

数秒後にコール音が流れ、3コール目で相手が電話に出た。


「もしもしぃ? だれぇ?」


そこから漏れた声は意外にも若い声だった。

若いと言っても20代ぐらいじゃない。

学生のような幼い声だった。

私が何も言えずに黙っていると、電話越しに別の人の声が聞こえてくる。

これもまた子供のようだった。


「もなぁ、だれ? もしかして、?」


その子は半笑いで電話の持ち主に話しかけていた。

私はその『この間のおっさん』という言葉が気になった。


「はぁ? 知らんし。ってか、これ非通知じゃね、こわっ!」


持ち主の子がそう言って通話を切ろうとしていた。

その直前に微かに聞こえた、もう一人の子の声が耳に残った。


「あんた、それ、っかもよ?」


そのまま、通話は切れてツーツーというビジートーンが流れる。

私はその場で受話器を落としてしまった。

電話の相手は女子高生?

なら夫の浮気相手は女子高校生となる。

自分に同じ年頃の娘がいるというのにあの男は何を考えているのだろうか。

私は驚きと同時に怒りが込み上げてくる。

気持ちが悪い。

最低!!

そう思って、思い切り受話器を公衆電話に叩きつけるように戻した。

しかし、気になっている言葉が一つある。

『店の客』だ。

もし、これが援助交際相手の電話なら『店の客』なんて言い方をするだろうか?

例えば、デリヘル嬢とかならそう言う言い方もあるかもしれない。

しかし、彼女たちが個人的に電話番号を教えることはない。

しかも、明らかに成人にも満たない少女を紹介などしないだろう。

そこまで手を出しているなら、夫であっても警察に通報してもいい。

ただ、まだそれには早計な気がした。

もっと証拠を見つけてから、本人に叩きつけて、通報しよう。

そして、正式に離婚しようと思った。

その時よぎったのが、私を無表情で突き落とした夫の顔である。

いけない。

もし、私が浮気の証拠を見つけたとバレたら、また殺されるかもしれない。

それだけは阻止しないと。

そう思って、私は足早に自宅に戻った。


家に帰り、携帯のネットで調べる。

これは下手に自分で調べるより探偵に調べてもらった方がいいだろう。

彼らはこういうことのプロだ。

私は相場を調べるために検索する。

なんと浮気調査の1日の平均は10万円もするらしい。

見ているだけで顔が真っ青になった。

こんな貧乏主婦に10万も出せというのか。

お金もない夫だ。

離婚後もまともに慰謝料や養育費なんて払えるはずはない。

ましてや浮気相手が子供なら、捕まって逆にお金が必要になるかもしれないのだ。

あまりに現実的でないと思い、私は携帯の電源を落とした。

ドラマなんかに当たり前のように探偵に夫の浮気調査を依頼するが、実際何人の妻が探偵に依頼なんて出来るのだろうか。

しかも、夫の浮気がいつなのかわからない限り、1日の金額じゃ納まりきらない。

私はひとまず探偵に依頼するのは辞めて、自分でわかる範囲で調べようとした。

その時、思い出した。

確か夫の同僚に三滝という男がいた。

偶然、夫といる時に出くわした男だが無理矢理連絡先を交換させられた。

あの時は、二度とかけることはないと思っていたが、今が使い時なのではないか?

私は携帯電話の中にまだあの男の連絡先が残っているか確認した。

確かに残っている。

あの男に連絡するのは不本意だがこうなっては仕方がない。

自分が掴み切れない情報をあの男から得ろうと思った。

私は震える手を抑えながら、三滝に電話する。

三滝は5コール目に電話を取った。

携帯からあのねちっこい、いやらしい声が聞こえてきた。


「いやいや、すいませんね。ちょっと仕事中だったもんで。で、おたく、鹿山さんの奥さんですよね? 俺に何か用ですか?」


三滝は恐らく私からの電話を受けて、オフィスから離れて電話に出たのだろう。

これならこの男が夫に私の事を伝えることはないと思った。

この男が私に期待している事が何なのか、会った時からわかっていたからだ。


「お久しぶりです、三滝さん。実は少しお話を聞きたいことがありまして、お昼にどこかの喫茶店で会えませんか?」


私はドキドキ鳴る鼓動を抑えながら聞いた。

恐怖から冷や汗まで流れてきた。

三滝は一度、舌なめずりをして答える。


「はいはい。大丈夫ですよ。で、いつがよろしんです?」


三滝は周りに万が一でも会話が聞かれてしまうのではないかと警戒しながら営業先にでも話すように会話してきた。


「明日のお昼なんてどうでしょう。会社の近くに確か、喫茶店があったでしょう? ちょっと古風な感じの」


私は少しでも夫の会社の人に見つからない様にと、外から見えない古びた喫茶店を指定した。

あの場所なら、恐らく知り合いは来ないだろう。


「ああ、喫茶マカロニの事ですかね。ええ、いいですよ。あそこなら会話もしやすい」


やはりあそこには会社の人間は来ないということだろう。

お昼になれば、会社から出てくる人もいるだろうが、昼休み前に喫茶店に入ってしまえば気づかれないと思った。

夫には弁当を持たせている。

会社から出る心配はなさそうだ。


「ではそこで。昼の12時でよろしいですよね?」

「承知しました。では、明日の昼にお会いしましょう」


三滝はそう言って電話を切った。

私は一気に気が抜けて、そのままソファーに倒れ込んだ。

苦手な人と会話するのがこんなに疲れることなのかと今、実感させられる。

あの男と会うのは一種の賭けだ。

会った際に相手のペースには絶対のまれてはいけない。

あっちは容赦なく私を悪の道へと引きずり込もうとするからだ。

そうなれば、浮気調査すら意味がなくなってしまう。

私は起き上がって、他にも浮気の証拠がないか、夫の私物の中を探すことにした。

そして、同時にパート先にも今日と明日は仕事を休むことを連絡する。

学校の用事だとでも伝えておけば疑う人はいない。

今は働いている場合ではないのだ。

このままでは私の命に係わる事なのだから。

そして、今まさに家庭崩壊へと向かっていた。


私は寝室に入ってクローゼットを開けた。

その中には夫のスーツが冬と夏用に分かれている。

後は冠婚葬祭用のスーツも置いてあった。

こうしてみると夫の私物は思ったより少なかった。

夫にはこれと言って趣味もなく、休みの日は基本テレビを見ながら、缶ビールを飲んでいる。

そのまま昼寝をしていたら、1日が終わっているという感じだ。

出不精の夫が出かけるなんて考えられないし、アウトドアな趣味を持っているとは思わない。

未成年と会うことがあるのだとしたら、仕事帰りだろう。

最近、残業も増えていたし、帰りに店に寄ることは可能だ。

ホテルに言って呼び出すことも出来る。

ただ、夫のお小遣いは3万円。

あれだけのお小遣いで何が出来るのだろうと考えた。

趣味もないし、昼はお弁当だし、結局夫はお小遣いを何に使っているのか、私は知らない。

それなのにある日突然、お小遣いを上げてくれと懇願してきた。

結婚して20年になるが、そんなことは一度もなかった。

私はとにかく思い当たる場所をひたすら探した。

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