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目が覚めると私は寝室のベッドに横たわっていた。

夢だったのかと思い、時計に目をやる。

今日は6月……、ってそんなはずはない。

確か、私の記憶ではもう8月の終盤だった。

和の学校が夏休みに入っていて、今年のお盆休みは夫の実家に帰ったはずだ。

私はこの数か月間を鮮明に覚えていた。

全てが夢だったとは思えない。

だとしたら、どういうことなのだろう。

確か私の最後の記憶は夫と一緒にコンビニへ出かけて、階段の手前で突き落とされたのだ。

私は夫に殺された。

それは夢でも幻でもない。

なら、今の状況は何なのだろうか。

私はそんなことを考えていると、時計の時刻が目に入る。

今が6月だとしたらやばい。

急いで着替えて、朝ごはんとお弁当を作らないと。

私は慌ててベッドから起き上がって、適当な服を取って着替え、キッチンに向かう。


間違いない。

これもよく覚えている。

前日はとんかつにしたからお弁当のおかずにしようと何切れか残しておいたのだ。

実家から送って来たきゅうりも冷蔵庫に新聞紙でくるんで入っている。

私はいつものようにテレビを付けた。

そこには定番の朝の番組が流れていて、ちょっとしたエンタメニュースがやっていた。

目をやると人気俳優とグラビアアイドルの熱愛報道が流されていて、確かあの時もこれを見て、結局男は色気に弱いのだなとがっかりしたのを覚えている。

信じられないことだが、なんとなく感じていた。

確かに私はあの日から三か月前に戻ってきたのだ。

つまりタイムリープだ。


私がテレビをつけたので、ソファーで寝ていた夫が小さなうめき声を上げて、ごそごそと動き出した。

そう、夫はここ数年ずっとリビングのソファーで寝ている。

私が夫のいびきのせいで不眠症になってから、同じ寝室で寝ることはなくなった。

夫もお風呂から上がると2本目の缶ビールを開けて、このソファーでごろごろして寝るのだから、そのままでいいと寝床をソファーにしているのだ。

だから今は、私が寝室のダブルベッドを独り占めしていた。

こんなにうるさくしても夫は起きてこない。

夫は寝起きが悪く、自分でセットしたアラームでも起きられないのだ。

だから結局いつも私が起こしていた。


私はいつもの手順でお弁当を作りながら、同時進行で朝ごはんも作る。

その間に自室で寝ている和に声をかけて起こす。

和も夫に似たのか朝が弱い。

2、3回声をかけないと起きてこないのだ。

その癖、いつももっと早く起こしてと文句だけは言ってくる。

私はお弁当を包みながら、朝食をテーブルに並べた。

そして、ソファーに寝る夫を叩き起こして、和の部屋の前まで来てノックする。

やっぱり声をかけただけじゃ起きてこない。

特にこの時期は湿気が多くて、髪をセットするのに時間がかかるのだから早く起きないといけないのにいつもぶつぶつ言いながら、ギリギリになって出かけていた。

夫はなだれ落ちるようにソファーから起き上がって、眠気眼をこすりながら洗面所に行く。

そして、歯磨きをして、顔を洗って、ひげを剃る。

髪を軽く梳かすと、そのまま玄関まで向かって新聞を取りに行き、それを持ってトイレに入って行くのだ。

私はそれに気が付いて、しまったと思った。

夫は新聞を持ってトイレに入るとなかなか出てこないからだ。

その間に髪がぐしゃぐしゃだと文句を言いながら、和が自室から出てくる。

だから、早く起きればいいのにと私は毎度呆れるのだった。

そして、洗面所に行って、毎回のように叫び声をあげる。

夫の髭剃りの後の剃った髭が散らばっていて、それが気に入らないのだろう。

トイレに向かって、お父さん汚いと叫んでいた。

これも恒例の事である。

夫には剃った後、必ず掃除をするように言っているのだがこれも直らない。


「和、いいから早くご飯食べちゃいなさい。遅刻するわよ」


私はそう言って洗面所で長い事、ヘアアイロンをかけている和に言った。

和はわかっていると言いながらなかなかリビングに戻ってこない。

当然、夫もまだトイレの中だ。

やっとリビングに戻って来ると、和は廊下の突き当りにあるトイレを指さして文句を私に言う。


「お母さん。また、お父さんがトイレから出てこない。私が入るまではトイレ行かないでって言ったのに。出て来ても臭いんだもん」

「なら、お父さんより早く起きてトイレに行けばいいでしょ? ギリギリになってなんでもしようとするから間に合わなくなるのよ」


私は文句ばかり言う娘に叱った。

これも毎度のことで、和は聞いていない。

相変わらず、髪型ばかり気にして朝食を食べようとしなかった。

そして、席に着くとトーストにジャムをたっぷり塗って頬張る。

その間も携帯画面を見ながら、更に振り返ってテレビまで見ようとする。

私はそれを見つけては、行儀が悪いと怒るのだが、和は辞めようとしなかった。

私も娘の育て方を間違えたのではないかとがっかりする。

自分としてはそれなりに手をかけてきたし、躾もしっかりしたつもりだ。

しかし、夫に似たのか、和も人の話を全く聞かないのだ。

トーストを食べて、ホットミルクを一口飲むと椅子から立ち上がった。

お皿にはまだサラダと目玉焼き、それにヨーグルトが残っている。


「和、食べないの?」

「もういい。朝はあんまし食べたくないし、トイレは学校で行ってくる。本当はやなんだけど」


和はそうぶつくさ言って鞄を取ると、玄関まで駆けて行った。

私は慌ててお弁当箱を持って玄関に駆け寄る。

そして、靴を履いていた和に声をかけて渡した。


「お弁当、忘れてる」

「ごめん、サンキュー」


そんな軽口をたたいて、和は急いで出て行った。

そのタイミングで夫もトイレから出てくる。

私はもうと文句を言って、再びキッチンに戻った。

夫も新聞紙を片手に廊下をのそのそと歩いてリビングまで戻ってくる。

そして、いつものタンスの中から私がアイロンをかけたカッターシャツを取り出して着替え始めた。

掛けてあったズボンを取って履き、ベルトを絞める。

そして、ネクタイを結びながら、マグカップを持ってコーヒーを飲んだ。

このパターンはまた朝食を食べずに会社に行くつもりなのだと悟った。

そして、私はいつものように夫に小言をもらす。


「せっかくご飯作ったんだから食べてよね。勿体ないじゃない!」


私がそう言うと、夫は小さく笑って私に言った。


「お前は勿体ないお化けだな」


何がおかしいのか理解が出来ない。

そもそも勿体ない事をしているのは夫なのに、私が何でそんな嫌味まで言われなければならないのか。

結局、夫は弁当箱だけ持って、朝食は食べずに出かけて行った。

私は大きなため息をついてひとりテーブルに着く。

そして、目の前の朝食をムシャムシャと食べた。

腹が立つ。

勿体ないだけじゃない。

毎日朝早く起きて、家族の健康を思って作っているのにあの2人は人の気も知らないで、簡単に残していく。

片付けるのはいつも私だというのに。

私はそう思いながら、テレビに目を向けると、また新しいニュースが流れていた。

そして思い出したのだ。

今が三ヵ月前だということを。

そして、確かこの日は夫のスーツを冬用から夏用に変えようとクリーニングに出すつもりでクローゼットを開けた。

その時に気が付いたのだ。

あの香水の匂いに。

私は立ち上がり、夫のクローゼットに向かう。

そして扉を開けた。

中から微かになれない香水の匂いがした。

確か、紺のスーツだと思い、手を伸ばし軽く嗅いでみる。

確かにそこから香水の匂いがした。

そして、胸ポケットも探ってみる。

あの電話番号がかかれた紙切れが出てきた。

私はそれを持ってクローゼットを閉じた。

今度こそ、夫の浮気相手を見つけてやろうとその紙切れを握りしめた。

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