9. 束の間の休息、そして鏡の世界へ

 地下図書館の一角にあるカフェは庭園風に造られ、床に人工芝が植えられている。

 人工植物と生花のとりまぜられた緑の中、白いテーブルセットが調和していた。

(初めて来たはずなのに、不思議と懐かしい感じがする……)

 キアロンはこの地下に在りし日の王都の風景を重ねていた。

 青空はないけれど、地上より明るく色彩豊かに感じられる。

 王城の庭も昔はこのような雰囲気だった。

 今は草も枯れ、吸血鬼の守衛が重々しく警備をしているような場所になってしまったが。


 今日の午後は自由ということだったが、キアロンは結局オーギュベールと共にカフェへ来ていた。

 アッタイルは大学での作業があるらしく、既に地上へと戻っている。

「料理が来たぞ」

 物思いにふけっていたキアロンにオーギュが声をかけた。

 いつの間にか来ていたウェイターが、パンケーキと茶をテーブルに並べている。


「わあ、美味しそう〜。いただきます!」

 キアロンは鎧から抜け出し、焼き立てのパンケーキを口に頬張った。

 弾力がある独特の食感だが、味は知っているものとあまり変わらない。

「これって材料とかはどうしているの?」

「いくつかの植物や野菜は地下で金天石の光で栽培している。ただ穀物はあまり作れなくてな、自生している芋類を採集して粉を作っているらしい」

「そうなんだ」

 キャッサバみたいなものかな、とキアロンは思い浮かべる。


「それにしても図書館の中に、畑があったり、カフェがあったり、そこで働いている人がいるなんてすごいね」

 当然それらの人々が生活する居住区もある。もはや一つの街のようだ。

「最初からこうだったわけではない。二千年の間に地上から失われそうな文献や技術を運び込み、徐々にここまで拡大したらしい」

 オーギュベールの説明にキアロンは納得した。

「なるほど、シェルターみたいな役割もあるんだね」


 その時、キアロンはひらめいたように言う。

「もしかして、地上で見た資料より、古代のことが詳しくわかる資料もあるのかな?」

「あるかもしれないが、流石に私でもすべての文献を把握しているわけではない。すぐには見つからないだろう」


 オーギュベールの説明によると、文献は階層ごとに専門のスタッフが管理しており、どこに何の資料があるのか場所を記録した資料だけでも膨大な数になるという。

 研究者が特定の資料を探すだけでも、各階を行き来して相当な時間がかかる。

 その上、どの資料が必要なのかから調べる、いわゆる参考調査をするとなれば、更に時間がかかるだろう。


「そうか。じゃあ検索システム……ええと、人に代わって全部の資料を管理している人工精霊とかはいないのかな」

「……該当するものは一応存在する。ただ、まともに動くか怪しいのだが」

 オーギュベールが手帳くらいの大きさの、手鏡のようなものを取り出した。

「これは『幻鏡げんきょう』という魔術道具だ」


 テーブルに鏡を置く。鏡面は黒く磨かれている。

 外側の風景を写しているだけでなく、鏡の中にいくつかの模様が浮かび上がっている。

 オーギュベールが指を滑らせると、模様がパズルが解けるように動いていく。

「魔術を使う端末かな? 二千年前には無かったな……」

 キアロンが鏡面を見てつぶやいた。なんとなく鏡でない別のなにかの操作に似ていると思ったが、オーギュに言っても伝わらないだろう。


 先ほど学長が操作していた卓上鏡も同じ仕組みのものらしいが、もう少し大きかった。

 持ち運びや用途などにあわせて、様々な大きさのものがあるようだ。

「昔は列石や柱を太陽や星の満ち欠けに合わせて配置して、儀式場を作って行っていた大掛かりな魔術を、星辰にかかわらず使う技術が必要になり開発された」

 オーギュベールは操作を続けながら説明する。


「太陽がなくなったとき、魔術師たちは最初に『基幹魔術』という仕組みを構築した」

 これは人工精霊と同じような理屈で魔術を組み合わせ、魔術の概念上だけ星の動き、太陽の動きを再現するという魔術だ。

 基幹魔術を動かしている間は、太陽のあった頃と同じように魔術を使用することができるようになった。


 しかし、これは儀式場を使う大掛かりな魔術であり、どこでも動かせるものではない。

 初期は儀式場で護符を作り、離れた場所で使うという方法で運用されていたが、それでは対応できない状況が出てくる。

 基幹魔術の上によく使われる魔術を配置し――それが人工精霊の形を取る場合もある。基幹魔術の中に住んでもらうのだ――必要に応じてキーワードで呼び出す術式を作成。

 さらに幻鏡を使うことで、遠くの儀式場で動く魔術に干渉し、その場にあった魔術を使用、あるいは護符を作成する、場合によっては新しい配置魔術を作る、などの操作を行うことが可能になった。


「へええ、要するにクラウド魔術だ! すごい進歩だねえ」

「また訳のわからないことを言う……とにかく司書人工精霊を呼んでみているが、やはり反応がないな」

 オーギュが言うには、昔は司書人工精霊が使われていたこともあるのだが、年々返答が遅くなり、ついには数年返事がないのだという。

「キーワードは合っているんだよね? そうするとうーん、儀式場でトラブルがあったのかな?」

 キアロンは、幻鏡越しではなく、実際に儀式場や人工精霊を見ればなにかわかるのではないだろうかと言った、オーギュは困った顔をした。

「儀式場だが、この図書館の上部にある……」

 地下深くにある図書館と地上の大学、ちょうどその中間に位置する地下部分に儀式場は存在するという。


「だが、儀式場で司書の人工精霊を呼び出すことはできない」

「どうして?」

 キアロンが尋ねると、オーギュは複雑な顔をしながら説明する。

「正確に言うと基幹魔術は王都大学ロイヤルアカデミーのもので、司書精霊は隠れ住まわせているようなものだ」


 幻鏡越しにやり取りする前提のため、図書館側から物理的に儀式場へ続く道はない。

 ならば、大学から儀式場に行けば良いのではないかというが、こちらは出入りを大学側が管理しており、さらにその記録は都度港へ報告されている。

 ようするに吸血鬼たちに監視されているのだ。

「ああ、昔はそこまでセキュリティが厳しくなかったのが、あとから厳しくなって面倒になってるって感じか……」

 キアロンは網での経験を元に納得したようだ。

 おそらく造られてから千年以上は経過しているシステムだ。

 当時は想定していなかった事態が起きてしまったのだろう。

「地下図書館は公的に存在しない施設だ。正面である大学側から術式を行使すれば、その存在を吸血鬼たちに知らせてしまう」

 図書館の存在を公にすることはできない。

 特に吸血鬼に知られることをオーギュベールは危惧していた。


 話を一通り聞いたキアロンが口を開く。

「……質問だけど、吸血鬼が記録を監視してると言っても、幻鏡の通信の内容を全部見ているわけじゃないよね?」

「まあ、表向きはそうなっている」

 オーギュの答えを聞いて、キアロンは笑みを浮かべた。

「じゃあ幻鏡から基幹魔術の内部へ潜って僕が司書精霊さんのところへ行き、それを吸血鬼が感知しても、証拠は出せないってわけだ」

「内部に潜る?」

 オーギュが聞き返すと、キアロンが「こんな風に」と、テーブルに置かれた幻鏡に触れた。

「!?」

 水面に沈むように、鏡の中に手が入っていく。


「やっぱり……幻鏡の中は網と似ている構造じゃないかと思ったんだ」

 つまりキアロンは、幻鏡の中を別世界へ行くのと同じように出入りできるのであった。

 鏡の中で手を動かすと、表層に浮かぶ呪文に手があたって楽器のような音が響いた。

「オーギュ、デスクトップが散らかりすぎじゃない。これ何? 音楽?」

「あ、あまり見るんじゃないっ!」

 オーギュはあわててキアロンから幻鏡を奪い返す。

「ごめんごめん、プライベートを詮索するのは眷属でもよくないよね」

「どういう関係でも失礼だろう。その、作りかけの曲だから今は聞かなくていい……」

 キアロンが意外そうな顔をしている間に、オーギュは幻鏡をポケットにしまいこんだ。


 とにかく、キアロンの力があれば、司書精霊に会える可能性が見えてきた。

 そのためにはまずは大学へ戻り、儀式場へいかなければならない。

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