7. 刻印
夜が更けてきたが、窓から見える空は昼とあまり変わらない。
窓の横の寝台で、オーギュベールは横になっていた。
寝台にふわりと広がる銀髪に、隣にいたキアロンが「触ってもいい?」と尋ねる。
「はあ……別にいいが。キアロン、なんか急に馴れ馴れしくなってないか?」
「いや最初からこうだよ」
キアロンはオーギュの少し苛立っている言動もまるで気にしない。
本人としては、出会い端から契約を持ち出したところから一貫しているのである。
そしてウェーブのかかった銀髪を指に巻くように弄んでいた。
「もう契約は結んだのだから、私が
オーギュが疲れた目でつぶやく。
そして横になったまま、自分の指先に巻かれた包帯を見つめる。
少し前に戻って。
顔を赤くし、黙ってしまったキアロンにオーギュは尋ねる。
「いつからだ?」
自分を好きになったのは。
「地下で、君のフードが取れたときから」
キアロンがなぜか申し訳無さそうに答えた。
「会った瞬間じゃないか。というか、結晶から出る前から意識はあったのか……」
「うん。それで
更に小さい声で、美少年のピンチを見逃すわけには行かないから……など意味不明なことを言っている。
「まあいい。その契約が本当にできるかわからないが、試してみよう」
オーギュベールは頭を抑えながら椅子に座り直す。
「えっいいの!」
キアロンは驚いたが、すぐに準備すると言う。
準備と言っても、なにか道具を用意するわけでもない。「資料を検索してきた」らしい。
「契約の儀式は眷属が主人の血を少しだけ飲んで、そのあと主人が眷属に爪で印をつける」
キアロンの簡単すぎる説明に、オーギュは首を傾げる。
「何というかもっと、場所とか唱える文句とかないのか?」
古代に行われていた契約ではもっと様々な約束事があったようだが、それは当時の伝統や宗教観によるものであり、実際にはこれだけで機能するという。
「さらに簡略化する場合は、魔王が傷つけた指で対象を一刺しして血を送り込むって例もあったらしいけど……」
「それはさすがに乱暴すぎるな」
そもそも、オーギュは自分の腕力でそのようなことをできるとは思えなかった。
「とりあえず、これでいいか……」
オーギュはナイフで指先を僅かに切り、小皿に血を数滴垂らす。
(まさか吸血鬼に提供する以外で、誰かに血を差し出すなど考えたこともなかった)
差し出した小皿を受け取ったキアロンは、ためらいなく血を飲み込んだ。
この時点では見た目上でも感覚でも、何も変化が起きたようには見えない。
「あとは印を入れるのか。どうやってやればいい?」
オーギュが自らの手に包帯を巻きながら尋ねる。
「うーん、たぶん肌をひっかく感じでいいんじゃないかな」
キアロンの説明はずいぶんと曖昧だった。とりあえずやってみるしかなさそうだ。
問題はどこに入れるかだが。
「どこでもいいみたい。わかりにくい方が良いなら服を着たときに隠れる場所かな」
例えばお腹とか……? と言いながらキアロンはオーギュの方を見るが、それは無視して背中にいれることにする。
キアロンは服を上半身だけ脱ぎ、背中を上にして寝台に伏せた。
オーギュは立ったままキアロンの肩甲骨の間辺りに指を置き、爪でわずかに引っ掻く。
その時までオーギュは何も起きなくても不思議ではないと思っていた。
しかし、その瞬間傷つけた部分に光が集まってくる。
(この光は、炎や金天石とは違う……だが見覚えがある……)
強力な魔法を使ったときに視覚に影響を与える現象が、小規模に起きているようだ。
光が消えると、キアロンの背中にあった引っかき傷がなくなり、その場所に紋様が刻まれていた。
「まさか本当に成功するとは……」
実際に現象を見ると、オーギュは信じざるを得ない。
「おお、成功したね!」
キアロンは鏡で自分の背中の紋様を確認する。抽象的な印だが、どことなく本と鎖または紐を組み合わせた模様に見えた。
この印は契約する魔王ごとに違うという。
「なんでこの模様なのかな。オーギュが研究者だから?」
「さあな」
オーギュはキアロンの疑問に答えず、寝台にそのまま横になった。
大したことはしていないはずなのに、なぜかとても疲れた気がする。
するとキアロンは寝台の端に座り、「触ってもいい?」と尋ねた。
どうやらオーギュベールの髪が気になっているようだ。
……という流れで今に至る。
「ふわふわの髪だねえ。包まって寝たら気持ちよさそう」
キアロンはなぜかオーギュベールの髪がよほど気に入ったらしい。
「研究時は邪魔だから束ねている事が多いがな」
「そういえば、なんで伸ばしているの」
「
精神許容量の多寡は様々だが、一般的に体積が大きいほうが比較的多くなる。
魔族はその法則に当てはまらないこともあるが、髪を伸ばせば短い時よりは多くなるようだ。
また、髪を切って魔力を込めることで、簡易的な魔法護符として使うこともできる。
「思ったより実用性重視の理由だった。おしゃれじゃなかったのか」
「研究に必要ないことならしない」
オーギュは呆れながら寝返りを打った。
「……しかし、契約をしてもまだ魔王というものの実感がわかないな」
窓から見える夜空を見ながらオーギュはつぶやく。
契約前と今で特に変わった感覚はない。
「何ができるようになったかもいまいちわからないし……」
「まあそのへんは都度説明していくよ。僕も実際に契約したのは初めてだから、伝聞でしか分かってないこともあるし……で、……だから……オーギュ?」
キアロンが色々話しているうちに、オーギュが寝息を立てているのに気がついた。
昨日の遺跡での騒動から今まで大変なこと続きで、疲れてしまったのだろう。
キアロンは彼の寝顔を見て納得すると、オーギュに布団をかけ、無言で化身の鎧の中に戻っていった。
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