6. 契約の提案
「さっき何冊かの本を読んで、大まかにぼくのいなかった間の歴史は分かった気がするよ」
キアロンがパンを食べながら話している。
とはいえ、それは本当に大まかなことだけだ。
まず吸血鬼が大挙して大陸に攻め入り、王城周辺を治めていたアルメディーヤ王国の王権が次第に弱くなっていった。
現在の旧王都は数ある都市の一つという位置づけである。
吸血鬼が住民の多数を占めるクレイドレ港が事実上の首都になっており、税金や血液を周辺の都市から徴収している。
太陽が上らなくなってから大陸の砂漠化が進み、食料の確保が昔より難しくなった。
名目上は大学が研究予算や食料購入予算を正しく使っているかの調査だが、研究内容の監視をしているようにも見えた。
「現在の様子はなんとなく分かってきたけど、やっぱり太陽が上らなくなったことや、吸血鬼がやってきた経緯は不明。当時のことも思い出せなかったな……」
キアロンがスープをすくいながらぼやいた。
これらのことは王都に来るまでにオーギュベールから受けた説明と大体同じものだ。
先ほどキアロンの意識は別の世界にあるとオーギュに説明した。
記憶がないということは、その別世界の意識と、この世界のキアロンの鎧にある記憶が正しく結びついていないのかもしれない。
「そうだろうな。すぐに分かったら私の研究が終わってしまう」
オーギュベールはため息を付いた。
彼の研究、太陽が上らなくなった理由の解明が改めて困難なことを実感したからだ。
「でも研究は終わったほうがいいんじゃない。その後の太陽を元に戻すことのほうが大事でしょ」
「まあ、いずれはそうだが、いつになるだろうな。私の代で解決できるかも分からない」
いまは当時の手がかりを少しでも見つけ出そうと、遺跡調査を地道に続けていくしかないだろう。
オーギュベールはそのように今後を見立ていた。
「それでぼくを見つけたんだね。ならば期待に答えて手がかりの第一歩にならないと!」
キアロンは見つけてもらった恩を感じているのか、熱意に満ちている。
「しかし記憶がないのだろう。無理なことまで押し付けるつもりはない」
オーギュベールはキアロンに気を使っているつもりらしい。
しかしキアロンはというと、あまり期待されていないと受け止めたらしく、
「そ、そんな……」
みるみる顔色が曇っていく。
「記憶が戻ってないのはそうだけど、取り戻すためにできることはあるはずだよ……そう、契約!」
かと思えば急に顔色が明るくなり、何かを思い出したようだ。
「オーギュ、
「どういうことだ。王とは?」
キアロンの言葉の意味が、オーギュベールはいまいちよく分からない。
「現代ではどうも忘れられているようだけど、昔は魔族はずっと少なかったんだ。今では街に何十人も住んでいるけど、当時は考えられなかった」
そして、魔族は他の種族から、魔神と呼ばれ恐れられていた。
当時であっても、全ての魔族を恐れるのは間違った認識で、多くの魔族は現代と変わりない。
しかし、時に『魔王』と呼ばれる特異な能力を持つ個体が何度も現れ、その力で魔族や他の人間を眷属として従え、大陸で勢力を作っていたのだという。
「だから魔族の中には他の人を契約で従える力を持つ者がいるってこと。それがいわゆる魔王」
「……確かに、昔の書にはそのような魔族の記述もあるが、神話のようなものだろう。単なる地方有力者の誇張表現だ」
オーギュベールのそっけない反応に、キアロンは首をふる。
「いや、本当だよ。だってぼくは実際に魔王と戦ったんだから……魔王ベフィスと」
「!?」
キアロンの出した名前に、
ベフィス・マレウス。『現代歴史概論』第一巻など、現代に伝わる数々の歴史書の著者として知られる。
そして、
この大学の創立者の一人である。
「初代学長が……魔王だと?」
オーギュは信じられないというようにつぶやく。
「というかぼく的にはベフィスが学長になっていたほうがびっくりだよ」
キアロンはそう答えた後、戦っている所しか見たことなかったから……と付け加える。
「……いや、しかし」
オーギュベールは納得できない。
そもそも
そしてべフィスが魔王ということは王国以外の勢力であったことを示す。
一体、どういう経緯で学長になったというのだろう。
「まあ、それは置いといて」
「置いておくのか」
思わずオーギュは突っ込んでしまうが、そもそも学長になった経緯はキアロンにもわからないのだろう。
「魔王と対象が契約をすると、契約した者との間に運命の
「だから、これから遺跡調査やさっきの吸血鬼信奉者の襲撃みたいな事があった時、役立つと思うんだけど……」
「そうかもしれないが、しかし私に契約ができると思えない」
オーギュベールは困惑している。
キアロンは魔族のオーギュなら当然契約ができるかのように話を進めているが、本人としてはそのようなことができると思えない。
先ほども言ったように、契約は魔族の中でも魔王と言われるような、特別な者しかできなかったはずだ。
「いいや、きっとできるよ」
キアロンは何かを確信しているようであった。
「たしかに、
そもそも、魔族は個体差の激しい種族だ。
魔王の血族なら魔王になるというような法則は、当然のように無かったという。
「でも、契約者と魔王の関係には一定の規則性があったんだよ」
「そうなのか? 一体どんな……?」
オーギュベールはそのような話は文献では読んだことがなかった。
「契約者は信頼や愛、恐怖、憎しみなど、深い感情を魔王に持つことが多かったんだ」
キアロンはそれだけ答えると、急に顔を赤らめて下を向き、黙ってしまった。
「はあ……えっ?」
途中まで真面目に聞いていたが、キアロンの話の方向がどうもそういう雰囲気ではないことに気づいた。
いや、食事中からなんだか妙に浮ついているような気配は感じていたが。
(大体どういうことかは理解できた、が……)
少なくとも自分に対して憎しみや恐怖を抱いているようには見えない。
オーギュベールはこのときばかりは、己の理解の速さに苛立つしかなかった。
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