4. 変わりし王都
緑の草原や畑が広がる中にある、整然とした城塞都市。
大陸の主要な商業の地であり、大勢の商人が行き来している。
学業や文化の中心地でもあり、近年開設された
キアロンの知っていた、かつての王都はそのような姿をしていたらしい。
当時の面影は、城壁に多少残されているのみだ。
整然としていた街路は建物の増設を繰り返したことで、曲がりくねったものになり、どこがどこにつながっているのかわかりにくい。
建物と建物を渡す通路も多く通り、空が見えにくい。
見えても暗いばかりで面白みはないものだが。
暮らしている種族は様々で、
魔族は特定の種族的な外見特徴を持たない。
個人ごとに外見や寿命、得意なことまですべて違うという、違うこと自体が魔族の特徴なのだ。
その中で比較的多い特徴は、人型で有角である、または獣のような耳を生やしているといったものがある。
肌の色も人間と同じ場合もあれば、青や赤など人間には見られないカラフルな色の場合もある。
「ぼくが昔ここに来た時は圧倒的に人間が多くて異種族は珍しかったよ。だいぶ変わったね」
キアロンが街の様子を眺めながら言う。
変わったのは種族構成だけではない。街で暮らす人々の服装などから、生活が全体的に裕福でなくなっているのを感じていた。
「隠者は昔は森に住んでいたと伝えられています。ですが、近年は森が減り、このように人間の街に移り住むものが多くいます」
アッタイルが説明する。その視線の先に、集まって紙くずを燃やして暖をとる隠者たちがいた。
彼の種族が隠者と呼ばれていたのは、森の中で世間と離れ、隠された魔術や薬学などの知恵を受け継いできたからであるとされる。
しかし、そのような生き方をすることが難しくなって久しい。
店が多い通りは軒先の照明が多く、少しだけ温かみを感じる。
照明はオイル式のランタンや蝋燭を入れた灯籠を使ったものが多く、金天石を使ったものは少ない。
店先で取引の様子を見ると、貨幣の代わりに御札のようなもので支払う人がそこそこいることに気づいた。
「あれって新しい紙幣?」
キアロンが疑問を口にすると、オーギュベールが首を振った。
「いや、
魔術師が自らの精神力を護符に封じて、後で使うために開発されたものだ。
しかし、次第に貨幣が足りない際、支払いに使われるようになったという。
「つまり、精神力を削ってお金にしてるってことか……」
キアロンは人々の生活の厳しさを感じたのか、しばらく黙ってしまった。
「あれ、そういえば、こっちって王城じゃない?」
しばらく無言で歩いていたキアロンが違和感に気づき、先を行く二人に声を掛けた。
僅かな記憶から、大学と別方向に歩いている気がしたのだ。
「王城も大学の敷地の一部だ。今は寮になっている」
オーギュベールが説明する。それを聞いてキアロンはまた考え込んでしまった。
しばらくしてようやく、聞きづらそうにキアロンが質問する。
「そういえば、ここは『旧王都』なんだよね。その、王様って今はどうしているのかな」
オーギュベールはキアロンが何を考えているかすぐ分かった。
「かつてのアルメディーヤ王家は追放され、子孫は北の地で小さな街の領主をしているそうだ。ただ、旧王都に立ち入るのは禁止されているとか」
彼の説明を聞いて、キアロンはハアと深く息を吐く。
「最悪の予想は外れたけど、どうしてそんなことに……」
「説明したいが、長くなるから寮へ行こうか」
そうしているうちに、三人の前に城門が見えてきた。
門の中は街中と異なり、いくらか昔の整然とした面影を保っている。
入ってすぐの庭園では、昼でありながら暗い空が広がっているのが見渡せた。
昔は芝生が広がっていた庭園は、今は土がむき出しになっている。
ちょうどその時、オーギュベールたちが向かう寮の建物から、二人の男性が出てくるところだった。
簡易な鎧をつけた男たちであった。兜はつけていない。
キアロンは男たちが二人とも、色白で赤い目をしている事に気づいた。
アッタイルも比較的色白だが、それより生気を感じられない白さだった。
「あの二人は……」
吸血鬼ではないか、とキアロンが口にしようとした所、
「寮の守衛だから気にしないでくれ」
オーギュベールが小声でキアロンに伝える。
キアロンは、オーギュベールが吸血鬼の支持者に追われていたことを思い出したが、今のところ守衛は三人に特に何も言う様子はない。
「わ、わかった……」
とりあえず今は事態を複雑にしないよう、平然とするようにした。
守衛たちはよく見るとなにか大きなものを抱えていた。取り押さえていたという方が正しいか。
近くに行くと、縄に縛られた
ズボンを履き、帽子を目深に被っていたため、一見少年のように見えたが、よく見ると若い少女であるのが分かる。
「一体どうしたのですか?」
アッタイルが驚いて守衛の二人に尋ねた。
「食料庫に入った、こそ泥です。これから牢に送るところです」
吸血鬼の守衛は淡々と説明する。
平然とした様子から、守衛たちが冷徹なのか、あるいはこういった事件はよくあることなのか、キアロンには分からない。
しかし、守衛二人の間から少女が忽然と姿を消してしまう。
「……食うに困らない奴らはこれだから!」
いつの間にか少女の縄が解かれていた。隠し持っていたナイフで切ったようだ。
少女は守衛の手から飛び出したかと思うと真っ先にキアロンに飛びかかってきた。
「ええっ!?」
予想外の行動にキアロンは少女の攻撃を避けきれない。
肩の装甲の隙間に刃が命中するが、傷つくことはなくナイフが弾け飛んだ。
「くっ……!」
少女はナイフを拾い、即座に門を飛び出し、そのまま街中へ消えていく。
「待て!」
守衛たちは急いで彼女の後を追った。
「な、なんだったんだ……?」
キアロンは戸惑いながら起き上がり、肩を軽くはたく。特に傷などはない。
「年々、街での犯罪が増加している。大抵は貧しさからの犯行だ」
オーギュベールが悲しそうな顔をする。
「日々の食事にも困って、寮の食堂に侵入しようとしたのだろう。守衛がいるから無謀な行いだが……」
「だからって、なんでぼくまで攻撃するんだよ」
キアロンがぼやくと、オーギュベールは彼の姿を見て考えた後、こう答えた。
「鎧を剥いで売れると考えたのかもしれないな?」
無茶な、とキアロンは言いかけてこれまでのことを思い返す。
街中には傭兵業と思われる人々もいたが、装備は軽鎧や革鎧が多かった。
金属であっても磨き上げられた鎧はほぼ見られない。高価だからだろう。
その中でキアロンの金色で、装飾の多い全身鎧という外見は異質であることは間違いない。
高価なものであると判断してもおかしくないのかもしれない。
「そう言ってもなあ。この『化身の鎧』はぼくの身体みたいなものだから、外せないよ」
キアロンの表情は分からないが、現状を見てすっかり落ち込んでしまったようだ。
「……一度に色々と抱え込むのは大変だ。少し休んで、これからのことを考えよう」
オーギュベールはキアロンのことを気遣いながら、寮へ入るように促した。
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