3. 太陽が落ちた世界

 出入り口から光の尾を引く影が射出されたのは、遺跡が完全に崩壊する直前のことであった。

「はぁっ、なんとか外に出られた……!」

 影はキアロンであった。立ち止まりながら、崩れていく遺跡を確認するため振り向く。

 脇にオーギュベールを抱え、アッタイルを背負った状態であった。

 後ろ向きに光の剣のエネルギーを射出し、一気に地上まで飛び出したのだ。

 キアロンは安全そうな所に二人を下ろし、光の剣を収める。


 幸い、二人とも怪我などはなかった。

「では、急いで大学へ戻りましょう」

 アッタイルたちがすぐに歩き出したのを見て、キアロンが不思議そうに言う。

「え、でもまだ夜だよ。夜が明けてからのほうが安全じゃない?」

 オーギュベールから二人は追われていたと聞いた。暗い中行動するのは危ないのではないだろうか。

 アッタイルがその疑問に表情を変えぬまま答えた。

「キアロン様、今は昼なのです」

 予想外の返答にキアロンは空を見上げていた。

 空が暗いので夜だと思っていたが、よく見ると星が出ていない。

「夜はもう少し暗くて、星が出ている」

 オーギュベールの言葉にますますキアロンは戸惑った。

「ど、どういうこと……?」


「昔は昼は明るかったらしいが、今はずっとこうだ」

 説明によると、この地はこの二千年ほどの間、暗闇に覆われ続けているのだという。

「伝承では『太陽が地底に落ちた』と伝えられている。本当のところはわからないが」

 オーギュベールの説明を聞きながら、キアロンたちは遺跡の広がる砂丘を歩く。

「太陽がどうなったのか、その真実を知りたい……そしてできれば取り戻したい。私が遺跡を調査していたのはそれを解き明かすためだ」

 若き研究員の言葉を、助手のアッタイルは黙って聞いていた。

 あまりに無謀な目標に、素直に賛同はできないのだろうか。


 キアロンは歩きながら周囲の砂丘を眺める。所々に遺跡らしき建造物が砂に埋もれていた。

「なんとなく、この辺りの昔の風景を覚えている気がするよ。でもだいぶ変わっている。昔は砂漠じゃなかった……」

 記憶では、この地でも昼には青空が広がり、もっと緑が豊富であった。

 オーギュベールの説明によると植物が育ちにくくなり、王都のすぐ近くまで砂漠化が進行しているのだという。

「太陽が上らなくなった頃の記録は失われたものも多い。むしろキアロンは何か思い当たらないのか?」

 オーギュベールが今度はキアロンに問いかけた。

「それが、自分があの場所で意識を失う前後の記憶がぼんやりしてて……」

 キアロンは申し訳なさそうに兜を手で抑えながら答えた。

 アッタイルはその様子を見て顎に手を当てながら考える。

「目覚めたばかりで記憶が混乱しているのでしょうか」

「どうだろう。そもそも目覚めたのが奇跡のようなものだ。鎧の記憶域エルカが損傷しているのかもしれない……」

 オーギュベールがそう考えながら歩いていると、前方から何かが近づいてくる気配に気づいた。


「あれは……」

 アッタイルも気づいたようだ。

 複数本の松明が揺れるのが見える。先程の追手に違いない。

「後ろからも誰か来てるよ!」

 キアロンが小声で二人に知らせる。

 オーギュベールはフードを被り直した。

「彼らは吸血鬼の信奉者集団だ。私たちの活動を妨害し続けている」

 吸血鬼たちははるか昔、海の向こうからやってきて、クレイドレ港を中心に大陸を実質的に支配しているのだという。

 信奉者たちは吸血鬼の支配を支持する他種族の集団であった。

「そんな馬鹿な!」

 キアロンはその話を聞いて驚いた。元々この大陸には吸血鬼はほぼいなかった筈だ。

 しかも、吸血鬼には流れのある水を渡れない。

 海を超えて吸血鬼がやってくることはできないとされていた。


 キアロンが戸惑っている間にも、信奉者たちは松明を掲げてじりじりと近づいてくる。

「オーギュベールだな。おとなしく来てもらおうか」

 人々の顔ははっきり見えないが、オーギュベールらに苛立ちや怒りの感情を向けているのが感じられた。

 捕まってしまえば穏便には済まされない気迫がある。

「どのように吸血鬼が海を乗り越えたのかはわかりませんが、事実そうなっています」

 アッタイルが錬金筒を構えながら、元素結晶の残数を確認する。

 錬金筒は通常、金天石の反応などに使う小型の炉だが、応用として光を目眩ましに使うことも可能だ。

 しかし、燃料である元素結晶を大量に消費してしまうので乱発はできない。

「合図したら閃光を発しますので、正面の敵は私が、背面はキアロン様にお任せします。オーギュベール様は私の後ろに隠れていてください」

 アッタイルが小声でキアロンとオーギュベールに指示をする。

「よし、まかせて」

 キアロンは突然アッタイルに荒事を任されるが、平然と答えた。こういう状況には慣れているらしい。

 後方に一歩踏み出し、胸の前で両手を合わせる。

 その後素早く両手を離すと、光の剣が握られていた。


「3、2、1……今です!」

 アッタイルが掲げた筒の先から閃光が放たれる。眩しい光をまともに見た集団は一時的に視界を塞がれる。

 その隙にアッタイルとオーギュベールは前に走り出した。

 アッタイルは信奉者たちを怯ませつつ、前方を塞ぐ者を筒で殴り倒して強引に駆け抜けていく。その後にオーギュベールも続いた。

「うーん、直接的に斬るのは気が引けるなあ。なら、これでどうだ!?」

 キアロンは後ろから迫りくる集団に向けて光の剣を振るう。

 剣の軌跡が光波となり、信奉者たちに命中すると弾かれるように倒れていく。

 出力を手加減し、致命傷には至らないよう一応調節していた。

「どっちにしろ怪我するだろうけど……そっちが追いかけてきたんだからね!」

 光波を警戒した信奉者たちは、距離を取って石や松明を投げてキアロンを邪魔しようとするが、鎧は頑丈で傷一つつかない。

 キアロンは何度も光波を発射しながら少しずつ後退し、隙を見て一気に走り出した。

 光の剣のエネルギーを一気に後方に発射し、追いかけてくる集団を引き離す。


「これでしばらく大丈夫そうだね……」

 キアロンはアッタイルたちに追いついた頃には力尽きてきたのか、剣の光の出力がやや弱まっていた。

「便利な剣です、よく持ちこたえましたね」

 アッタイルがその様子を見て感心したように言う。途中で力尽きるものと思っていたようだ。

 その言葉を聞いたオーギュベールの顔色が変わる。

「酷いじゃないか、アッタイル。見捨てる前提の作戦だったのか? キアロンのお陰で助かったというのに……」

「私にはオーギュベール様をお守りするという目的がありますから。それが達成できそうでなければ助けに行くつもりでした。酷く感じたのならキアロン様に謝ります」

 アッタイルがあまりにも感情の込められてない謝罪をする。

 キアロン本人はというと、オーギュベールに比べると怒っている様子はない。

「おお、なかなか過激なエルフだねえ」

 むしろ空気を悪くしないためか、おどけたように反応する。

「エルフって?」

 オーギュベールは聞き慣れない言葉が気になったようだ。

「ああ、人工精霊の俗語で隠者ハーミットのことをそう言うんだよ」

「そうなのか……」

 人工精霊には様々な世界や時代の言葉を使う者がいる。それが人工精霊同士の会話で伝わっていくため一般的ではない言葉使いが頻出する、とオーギュベールは耳にしたことがある。

 三人がそのような話をしつつ進むと、暗い景色の中、遠くに石造りの城塞が見えてきた。

 彼らの目的地である王都大学ロイヤルアカデミーのある王都だ。

「今は、正式には『旧王都』だがな」

 オーギュベールの言葉を聞いて、キアロンははっとする。

「そっか……」

 キアロンにとっては久しぶりに訪れる場所だが、おそらく知っている姿ではないのだろう。

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