2. 化身の鎧
「ねえ、君たち!」
呼び声がしてオーギュベールとアッタイルが同時に振り返る。
粉々になった結晶の中心に、金色の全身鎧が腰に拳を当てた姿で立っていた。
甲冑はアッタイルよりも大きな人の形をしているが、発せられた声はオーギュベールと同じくらいの若い少年に聞こえる。
「信じられない……!」
アッタイルはそれ以上言葉を続けられなかった。結晶の中にいた者が生きているなど理解を超えている。
鎧は二人の様子を見た後、ようやく周囲の様子を見回す。
「……色々聞きたいんだけど、今はそういう状況じゃなさそうだね」
地底湖内は相変わらず揺れており、出入り口の階段がいつ崩れてしまうかもわからない。
オーギュベールは甲冑に呼びかけた。
「こっちも色々聞きたいが、まず地上へ行こう」
彼の呼びかけに金色の鎧が反応する。
鎧の目にあたる部分には溝が入っているのみで視線を確認できないが、興味深そうにオーギュベールを見つめている気がした。
「そういえば、君って
「確かに私は
オーギュベールは鎧が発した、己の種族の名にやや違和感を覚える。発音の違いだろうか。
そうしている間に揺れが少し弱まってきた。しかし、また強い揺れが来て地底が崩壊する可能性は残っている。
返答を聞いた鎧は、先程よりもどこか嬉しそうな雰囲気を見せる。
「なら提案だ。ぼくと契約してくれないか?」
鎧の言葉に、オーギュベールはピンと来ていないようだった。
「契約?」
「えっ、ああ、契約の説明からしないとならないか。どうしよう……」
鎧は予想外の反応にどうすればいいか困惑しているようだ。
思ったより考えなしに行動しているのではないかという空気が周囲に流れる。
アッタイルはそれでも、二人のやり取りをただ見守るしかなかった。
「言葉の意味は知ってるが、複数人の間である取り決めを行う……そういう辞書的な意味で言ってるわけではないのだろう?」
オーギュベールは知らない知識なりに、鎧の言葉に含まれているニュアンスを読み取っていた。
一体何を行うつもりなのかと、オーギュベールの金色の瞳が甲冑を睨みつけている。
「君……相当頭がいいんだね。ますます気に入ったよ」
鎧の反応は、どこか彼の言動を好ましく思っている様子が感じられる。
「思ったより事態がややこしそうだしね、わかった。契約は後にして君たちと一緒に行くよ。ぼくはキアロン」
鎧が硬質的な音を立てながら、オーギュベールの方向へ歩き出す。
「私はオーギュベール。
「アッタイルです。オーギュベール様の助手です」
簡単に互いの自己紹介をしながら、階段へ向かおうとしたその時。
天井から伸びていた結晶のひとつが突如折れ、三人の頭上へ落下してきた。
「危ない!」
アッタイルが周囲に防護魔法を展開しようとするが、魔法が発動しない。
ここまでの逃亡に加速魔法を度々使用しており、消耗した
(しまった……!)
このままでは三人とも結晶に押しつぶされてしまうという時、キアロンが天井に手を突き出す。
鎧の手のひらから数本の光が勢いよく伸びて何かの形をした塊になり、空中の結晶に直撃する。
結晶は粉々に粉砕されて周囲に飛び散った。
「……今、何をしました?」
安全を確認した後、アッタイルが怪訝そうにキアロンを見る。
「これは、ぼくの武器。本当は剣として使うものだけど、ほどいて射出することもできるんだ」
結晶を砕いた光の塊がゆっくりと降下してキアロンの手元に戻ってきた。
数本の線状の光を束ねて形成された、光の剣とでも形容するべき武器であった。
剣はキアロンの手に戻ると、手のひらの中に吸い込まれるように消えていく。
それは研究員をしているオーギュベールにも不可解なものであった。
「どういう物質だ? 浮いていた原理も分からない……」
剣を出した時、魔法を使った時のような魔力の気配を感じなかった。
キアロンは大まかに説明する。
「世界と世界の間をつなぐ、
「分からない。幻とか虚とか言われる空間のことを言ってるのか?」
オーギュベールは説明に首を傾げる。自分の知っている魔法や錬金術とは違う理論であるようだ。
(それよりも今、人工精霊と言う単語が出てきた……)
オーギュベールの知識では、それは古代の技術の一つだ。
この世界の個人や、あるいは別世界の存在の人格を再現し、魔術で造られた精霊である。
しかし現代ではごく僅かなものしか残っていない。
オーギュベールは改めてキアロンの姿をよく見る。
赤みを帯びた金色の全身に、赤と青の縁取り装飾が入っている。身体は鎧のように見えるが、よく見ると質感は金属より甲虫のような生物感があった。
頭部も同じ質感で兜のように覆われており、目に相当する部分に入っている溝からは目は見えない。
頭頂には文献で太陽の周囲によく描かれる、放射状の光の輪のような装飾が浮かんでいる。
背中からは細長い布が数本垂れ下がっており、マントのようにも見えた。
(人工精霊そのものには実体はない……この鎧は中に人が入っているのではなく、ゴーレムや自動人形のようなもので、人形の精神許容量に保存された精霊に自律操作させているのか)
オーギュベールは自らの知識からそう類推した。
それはつまり、文献でしか見たことのない、古代技術の一端が目の前に立っているということだ。
「キアロン、きみが良ければこの後大学へ来ないか? 詳しく話を聞きたい」
地上へ向かう途中、オーギュベールが提案すると、キアロンは快く承諾した。
「ロイヤルアカデミーだっけ。いいよ! 実は前にも行ったことあるんだ。開校したての頃に」
その言葉を聞いて、先に階段を上りかけていた二人の足が止まった。
不思議そうに見上げるキアロンに、オーギュベールが向き直って答える。
「アカデミーの開校は……」
「おおよそ二千年前、ですね」
アッタイルが言葉を続ける。
それと同時に、揺れが再び強くなり、階段の天井が崩れ始めていた。
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