常夜幻鏡譚~秘されし太陽の鎧~
青猫格子
1. 逃亡
夜の砂丘。空の星もまばらで、地上には砂に埋もれた遺跡があるばかり。
人の気配の感じられない風景の中に、ふたつの影が走るのが見える。
一人は中肉中背の成人男性。黒髪と
もう一人は背丈が小さく、フードで顔を隠しているので顔はよくわからない。
「いたぞ!」
彼らの後方から、松明を掲げた集団が追いかけてくる。
集団はローブなどを纏い顔は分からないが、様々な背丈の者が混じっていた。
彼らに追われて二人は逃げ続けていたのだ。
眼鏡の男が走りながら小声で言う。
「オーギュベール様、ここから先は未踏地です。引き返さないのですか?」
発掘調査の進んでいない遺跡のある地域だ。
遺跡には現代では失われた錬金術や魔法の痕跡が残されている。
それらの技術が危険をもたらすこともあれば、恐ろしい怪物、魔法生物が徘徊している可能性もある。
しかしオーギュベールと呼ばれた、フードを被った者はそのまま走り続けた。
「いっそ遺跡に逃げ込んでしまえば安全だろう」
若い少年の声が答える。
二人は遺跡調査の途中であった。数日分の野宿の蓄えはある。
追いかけてくる者たちは軽装に見えた。何日か遺跡に隠れていれば諦めて帰るだろう。
オーギュベールはそう言うと、目の前にある大きな門に飛び込む。
眼鏡の男もその後に続いた。
門の中には半分地下に埋まった遺跡が広がっており、地下へと階段が伸びている。
二人が階段を降りてしばらく歩くと、よく見えないが大きな空間に出たような気配がした。
「……もう追ってこないでしょう」
眼鏡の男が足音が聞こえないことを確認し、鞄の中からランタンを取り出した。
かぶせていた布を外すとランタンが光を放つ。中には光る結晶が収められていた。
複数種類の鉱石が金天石と呼ばれており、元素反応で短時間強い光を放つものや、光を吸収して数日間弱く光るものなどが状況により使い分けられていた。
明かりで周囲を照らすと、中の様子が次第に判明してくる。
半壊した倉庫のようだが、ほとんどの品物は崩れて原型もわからない。
「水の流れる音が聞こえる」
オーギュベールがそう言って周囲を見回す。
崩れた棚の間から入れる部屋があり、さらに下への階段が続いていた。
「地下水路でもあるのでしょうか?」
眼鏡の男の耳にも水の音が聞こえた。
飲める水であれば滞在するのに役立つ。二人は階段を下りていくことにする。
「これは……」
眼鏡の男の言葉が途切れる。
階段を降りきると、目の前が明るくなり、そこには広大な湖が広がっていた。
「水路ではなく、地底湖?」
オーギュベールも驚いていた。
作られたものではない天然の地底湖のようだ。降りてきた遺跡は人の手で造られたものだが、ここはもっと古くからある空間なのかもしれない。
地底湖が明るいのは、湖や壁面から伸びた結晶が光り輝いていたからだ。
地上で使われている金天石と同じようなものなのかもしれない。
「アッタイル、見てくれ!」
オーギュベールが眼鏡の男に呼びかけた。
アッタイルが振り返ると、オーギュベールの目の前にひときわ大きな結晶があり、中になにか入っているように見える。
「鎧、ですか……?」
アッタイルは眼鏡をおさえ、結晶の中にあるものをまじまじと見た。
中には人型で、赤みを帯びた金色の、全身甲冑が封じ込められていたのだ。
「どうやって結晶の中に鎧が……? 方法はわかりませんが、相当昔に閉じ込められたのには間違いないでしょうね」
遺跡自体に人がいなくなって久しいのに、さらに古い場所となると、どれほど昔のことだろうか。
「これって、鎧の中に人が入ってるのかな?」
オーギュベールが鎧を眺めながらつぶやいた。
「そんなこと、気にしてどうするのですか。第一入っていたとしても生きていませんよ」
アッタイルが呆れたように言う。
「わかっている。だが、もし生きていたら、遺跡やここの昔の様子について直接聞けるだろうに……」
オーギュベールは残念そうだ。このような状況でも探究心の尽きることのない、金色の瞳がフードから見えた。
地底湖の水面にさざ波が立ち始めたのはその時であった。
次に来たのは大きな揺れだ。
「うわっ!」
オーギュベールがバランスを失って地面に転がる。さいわい地面は砂が多いため怪我はない。
転んだ勢いでフードが外れる。
少年の顔と、隠されていた三つ編みの銀髪、白い獣耳が姿を見せた。
顔の両側にある耳は兎よりも短く山羊のようにも猫のようにも見える。
「オーギュベール様、早く地上へ戻りましょう!」
アッタイルが彼を起こし、階段へ連れて行こうとする。
しかし、天井から砕けた岩や結晶が降ってきてなかなか進めない。
二人が立ちすくんでいると、後方から何かに亀裂の走るような音が聞こえた。
そして、大きな物体が砕ける音が響き……、
「やっと出られた!」
少年が叫ぶ声が聞こえた。
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