第25話 内緒

 家の裏手へと移動してきてから、互いに無言のままかれこれ数分が経過したがこの場に来てから目の前でずっと赤ずきんは俯きながら手をもじもじとさせ喋りだす気配がなかった。

 この状況、二人きりで対面に向かい合い明らかに落ち着きがない赤ずきん……何よりこの一帯を漂う独特の緊張感を孕んだ空気に俺は嫌な予感を覚えた。


 漫画やアニメなどでよく見る告白シーンに酷似しているのだ。勿論そうと決まった訳じゃないのは百も承知している……けど俺は馬鹿ではあるが鈍感ではない、赤ずきんが俺に好意を抱いていることには気づいてる。

 加えて俺はもうこの世界を去らねばならない事を考えれば告白される可能性は十分にあるとは思う。


 本来なら嬉しくて舞い上がってた……考えてもみろ、思いやりがあって優しくて明るくて料理だって上手な魅力的な女の子からの告白なんて嬉しいに決まってる。

 それでも今は他にやらなきゃならない使命があるから赤ずきんの気持ちに応えてやることは出来ない。

 例え自分の意見を変えて赤ずきんと交際したとしても、俺が赤ずきんが思い描くような恋人関係には絶対になれないと断言できる……だから告白だけはやめてくれ。

 そんなことを考えていると、ようやく覚悟が決まったのか赤ずきんが顔を上げた。


 「お兄ちゃんに言いたいことが…………」

 「赤ずきん?」

 「あっ、えっとね、そ、そうご褒美のことおばあちゃん助けに行く前に約束したでしょ? まだ貰ってないなって」


 恥ずかしくて死にそうだった。ちょっと前まで告白がどうのこうのと言っていた自分をぶん殴りたいほど俺の内心は羞恥の念に駆られていた。


 (うん、まあそうだよなそうなるよな。約束してたもんな俺が馬鹿だったよ)


 「そ、そういえばそうだったなすっかり忘れてたよ。それで赤ずきんは何が欲しいんだ? って言っても俺があげられるものなんてたいしてないんだけどな」

 「……わたしがいいって言うまで抱きしめてほしいの」

 「そんなんで……いや無粋だな」


 赤ずきんが二人きりになってまでしてきたお願いに水を差すような真似はよくないと思い、俺はそれ以上何も言わず歩み寄りそっと赤ずきんの背中へと手を回し抱き寄せた。

 十秒ほどが経過した頃、胸の中に顔を埋めている赤ずきんが不意に声を上げた。


 「えへへ……やっぱりお兄ちゃんの匂いは落ち着くなぁ~。ほんとはね、わたしの想いをお兄ちゃんに伝えるはずだったんだ……でもお兄ちゃんの辛そうな顔見てダメだなって気づいちゃってやめたんだ」


 どうやら俺の予想は当たっていたらしく、そのことに驚きを隠せないまま硬直している俺に構うことなく赤ずきんは静かに話を続ける。


 「お兄ちゃんがいなくなる会えなくなるお喋りしたりこうして触れ合うことも出来なくなるって想像するとね胸が苦しくて切なくなるの……嫌だよお兄ちゃん行かないでよ」


 俺の服を掴む小さな手にはギュッと力が込められている。


 「……ごめんな赤ずきんそれは出来ない。だから約束をしよう」

 「約束?」

 「ああ、これから先何度だって俺は赤ずきんに会いに行く約束だ」

 「嘘じゃない?」

 「嘘はつかないよ嫌いだからな」

 「……分かった、それで納得してあげる」

 「じゃあ約束しようか」


 言いながら俺は腕をほどき少しだけ腰を下ろし、小指だけ立てた右拳を赤ずきんへと突き出す。


 「赤ずきんも俺の真似をしてくれ」


 戸惑いながらも右手を俺と同じように作ってくれた赤ずきんの小指へ自身の小指を曲げて絡ませる。


 「さ、赤ずきんも──よしじゃあいくぞ、ゆーびきーりげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切った」

 「お兄ちゃん?」

 「これは俺の世界で人と約束する時に必ず守ると誓う証なんだ。もし俺が約束を破ったら針千本飲むよ」

 「えへへ、お兄ちゃんが約束破って針千本飲んでも、わたしは実際に飲んだか確認できないじゃん」

 「確かにそうだな、でも必ず会いに行くから関係ないな」

 「……じゃあこれはわたしからお兄ちゃんへのお礼──」


 頬を赤く染めた赤ずきんはゆっくりと顔を近づけると俺の頬へそっと唇を触れさせた。


 「⁉ 赤ずきんなにを」


 驚き地面へと腰を突く俺を見て嬉しそうに笑みを浮かべた赤ずきんは口元で人差し指を立てながらこう言った。


 「ルナさんにはナイショだよ」


 顔が熱くなるのを自覚し咄嗟に視線を逸らす、気持ちを落ち着けるため深呼吸を挟み立ち上がると、俺は平静を装った声で『戻ろう』と伝え二人で家の前に戻った。

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