第22話 可能性

 どういう原理か力かは知らないが、カイの言った通り地上に下り立った俺の身体は闇に呑まれることなくしっかりと真っ黒な大地を踏みしめていた。


 ようやく終わった……赤ずきんを狙っていたウルフを倒し、漆黒の星剣を持つカイは去り、守ると誓った世界は現在も刻一刻と崩壊の一途をたどっている──そう、文字通りなにもかもが終わったんだ。

 この真っ黒の景色を見ていると嫌でもあの時のことを思い出してしまう。誰もいない孤独で寂しく何も見えない絶望に満ちた闇……想像するだけで心が急速に冷えていくの感じ自然と誰に言うでもなく懺悔の言葉が溢れてきた。


 「ごめん……ごめんなさい、守れなくてごめんなさい」

 「お兄ちゃん……」


 心配そうに栗色の瞳を揺らし、俺の頬を伝う雫を拭うと赤ずきんは自分だって辛いはずなのに何度も『大丈夫だよ』と励ましの声を掛けてくれる。

 その優しさがたまらなく嬉しかったが同時に情けなくなる。普通なら俺が赤ずきんを慰め励まし元気づけるはずなのに逆に気を遣わせてあまつさえ不安にさせている。


 (まったく、こんなんじゃ父さんに笑われるな)


 「もう大丈夫だ、ありがとうな赤ずきん」


 上手く笑えていたかは分からないが、笑顔を作り赤ずきんに礼を伝えたそんな時だった。


 「……まだよ……まだ終わってなんてない」


 目を覚ましたルナがゆっくりと立ち上がった。


 「ルナ起きたのか、一体何があったんだよ……いや、それより怪我とかは大丈夫なのか?」

 「怪我どころか、かすり傷一つ負ってないわ」

 「そっか、それなら良かったけど。あいつは……カイはそんなに強かったのか?」

 「ごめんなさい、今は悠長に話している時間はないの……早く崩壊を止めないと、また私たちと同じ不幸を生むことになる」

 「止めるって……崩壊を止めることなんて出来るのか? 崩壊を引き起こしたウルフを倒しても無理だったんだぞ」

 「星剣の力を使えば可能よ。神様から星剣には世界を再生する力があると教えてもらったことがあるの……まだ試したことはないけれどこの力を使えば必ず崩壊を止めることが出来るわ」


 言いながら星剣を左手に握るルナの顔はいつになく真剣でとても嘘をついているようには思えなかった。

 だが、そんな便利な力があるのであれば何故自分や俺の世界を元に戻してくれなかったのかが疑問だ。


 「ルナの話は分かったけど、どうしてその力で自分の世界を直さなかったんだ?」

 「それは……完全に崩壊してしまった世界はどうやっても元通りにはならないからよ。だから早くしないとこの世界も救えなくなってしまうの」

 「なるほどな、それでルナなら止められるんだな?」

 「分からない……けど絶対にやってみせるわ」

 「ん、ならルナに任せるよ」


 俺の言葉にコクリと頷いたルナは左手に握る星剣を地面へ勢いよく突き刺した。

 星剣を握り何やら叫んだり唱えたりしているルナを見守りながら、別段やることがない俺は少し星剣について考えてみることにした。


 そもそも星剣とは何なのか? これは手にした時に理解したことだが星剣とは世界が滅んだ時に生まれる世界の結晶であり、成れの果てであり世界そのものだ。

 だからこそ強力な力を秘めている。そんな強力な星剣には特別な力が備わっていて現在俺の知っている星剣の力は大きく分けて二つ。


 一つ目が様々な世界を渡ること、これは天界に行った時もこの世界に来た時にも使った車のことだ。正直な話世界を渡ることが本質のため車以外の乗り物でもいいしなんなら扉とか穴でも問題ない。

 そして二つ目が所有者の能力の拡張。つまりは魔法の強化だ、これに関してはまだ不確定な部分が多く把握しきれてないのが現状ではあるが、ウルフとの戦闘の際に見せた大技も実はこの能力の拡張のおかげだったりする。


 前述した二つの力には星剣を手にした時から気づいていたが、その頃は慌ただしく色々と気持ちの整理などがついていなかったこともあり頭から抜けていた。特に能力の拡張について改めて思い出したのは赤ずきんと魔法の練習をしている時だった。


 やはりこうして星剣のことを思い出してみても、ルナの言うような世界を再生させる力を俺は知らない。もしかしたらルナの持つ星剣にはその力が備わっているのかもしれないが、少なくとも俺の星剣に世界を再生させる力が備わっていないのは確かだ。

 と、そこまで思考を巡らせた瞬間。


 『悠斗……聞こえるかな? 聞こえたら返事をしてほしい』


 頭の中に聞きなれた声が響き渡る。

 突然のことに身体がびくりとしてしまったことで心配そうにこちらを見上げる赤ずきんに『大丈夫』だと伝え、俺は神様からの念話に応えるべく頭の中で声を出す。


 『聞こえてますよ神様』

 『良かったようやく繋がった』

 『ようやくって、今まで繋がらなかったのか?』

 『そうなんだ、何者かに念話を妨害されてて世界が崩壊し始めた辺りから僕の声が届かなかったんだ。でも不思議なことについ先ほど念を邪魔していた壁みたいなのが綺麗さっぱり消えてね、今こうして悠斗に声を届けることが出来たってわけさ』


 神様の言った、念話を妨害していた人物とは状況から考えても十中八九カイのことだろうと思うが確証はないため口に出すのはやめておこう。


 『それで、神様は何の用で俺に話しかけてきたんだ?』

 『用がなければ話してはいけないのかい? なんて言いたいところだけど悠斗に崩壊の止め方を教えていなかったと思ってね』

 『それって目の前でルナが試している星剣の力ってやつか?』

 『まさしくその通りなんだけど……もしかしてルナから全部聞いたのかい?』

 『いや余り詳しくは聞いてないけど、ルナがやってくれるみたいだし天界に帰ってからでもいいかなって』

 『……無理だ、それじゃ世界を救えない。ルナではダメなんだ』


 あっけらかんとした俺の言葉に神様はいつもの飄々とした声音とは真逆の真面目な声でルナでは無理だと辛辣に言い切る。

 神様のこんな声は聞いたことがなく思わず息を呑んでしまった、何故かは分からないが神様は確信しているのだ。だからこそハッキリと言い切ったのだろう。


 『無理ってどういうことだ?』

 『そのままの意味さ。今のルナでは星剣の真の力を引き出すことは出来ない』

 『……神様はこの世界を救えないって言いたいのか?』

 『そうだね、ルナでは救うことは出来ない……だから悠斗、君がこの世界を救うんだ』


 意味が分からなかった。いや言葉の意味は理解できる……ルナじゃ無理だから俺にやってほしい至極単純明快なことだ。けど……。


 『ルナが出来ないのに俺が出来るわけないだろ』

 『いいや悠斗なら出来る。君にはその資格がある』

 『資格ってなんだよ、俺はルナよりも弱いし魔力だってとっくに尽きてる、それでも出来るってのかよ』

 『出来るさ、必要なのは世界を救いたいと願う強い心の力だ……僕の口から言うことではないけど心に問題を抱えているルナではどう頑張っても出来ないんだ』


 神様は真面目な口調を崩すことなくそう言うと、最後に諭すように『お願いします』と付け加えた。

 不思議とその声の裏側で神様が頭を下げている姿が浮かび上がり、本気で世界のことを想っていることが伝わってくる。


 『神様の言いたいことは分かった。けどルナが心に問題を抱えてるってのはどういうことだ?』

 『どうもこうも、それを僕の口から話すことは出来ない……と言うより僕も理由は分からないんだ、知りたければルナ自身から聞くといい』

 『はあ、分かったルナのことはとりあえずいいや。それで俺が心に問題を抱えてないって判断できた要因ってなんなんだ? わりかし最近まで魔法すらろくに使えなかったんだけど』

 『……僕はね人の心を視ること出来るんだ。天界に来たばかりの悠斗もルナと同じく心が傷ついていた、けど何があったのか悠斗の心の傷が治ったんだ』

 『いやいや待ってくれ、確かに克服はしたと思うけど神様はその場にいなかったし見てないのに何でそんなことが分かるんだよ』

 『星剣のね気配を感じるのさ、希望に満ちた暖かな安らぐような心地のいい気配を悠斗の星剣から感じるのさ、だから気づいた悠斗の心を変える何かがあったのだと』

 『なるほどな、俺には何も感じないけど……くどいとは思うが本当に神様の言う力ってのを俺は使うことが出来るのか?』

 『悠斗が願えば星剣は必ず応えてくれるよ』


 神様の話を聞き終えた俺は静かに目を閉じて思考を巡らせる……ルナの心の問題、神様が感じた星剣の力、世界の崩壊、そんでもって俺だけが世界を救える、色々と疑問だらけだ。    

 なぜ、なんで、どうして、と聞きたいことは山ほどあって頭の中は混乱している。だけどルナの口にしたように今は時間がなく一分一秒でも時間が惜しい状況だ。ならば自ずと答えは一つ。


 『神様……世界を救う方法を俺に教えてくれ』

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