第21話 狼退治
少しづつゆっくりと高度を下げながら、右手を繋ぎ赤ずきんは魔法を俺はその制御をしつつ集中力を高める。
魔法と並行して魔力を制御している中で一つ気づいたことがある。それは赤ずきんの魔法のレベルの高さだ。
火力だけに集中しているとはいえ、それを差し引いても余りあるほどの温度の高さだけでなく赤ずきんの掲げる左手の先、俺の頭上には巨大な炎の球体が浮かんでいる。
最初は野球ボールほどだったのだが赤ずきんが魔力を込めていくほどにどんどんと大きく熱くなり存在感を増していた。
ぶっちゃけここまで巨大なら俺が制御する必要なく目標に当たりそうなものだが、赤ずきん曰くコントロールしないとこの場で膨張して暴発するとのことらしい。
確かに赤ずきんの言う通り、少しでも気を抜けば途端に高濃度の魔力により練り上げられた炎の球体は暴走を起こし俺と赤ずきんを焼き尽くすだろう。
まあ、絶対にそんなことにならないよう細心の注意を払って気を付けよう。
「お兄ちゃん準備できたよ」
栗色の瞳を向けいつでもいけると合図を送ってくる赤ずきんに対し俺は小さく頷き返す。
更に高度を下げ徐々に地上へと近づいていく、ほんの少し前まで数多くの樹木が茂り様々な生き物が生息していた森も、今では真っ黒に染まり生命の気配は例外の三人を除いて一切感じられなかった。
「ゃあぁぁかずぅきーん‼」
赤ずきんの姿が視界に入り叫んだウルフは、自意識がないのか口からだらだらとよだれを垂れ流している。
さらに特筆すべきは灰色だった体毛がいつの間にか漆黒に染まり、全身から崩壊が始まった時とは比べ物にならないほどの禍々しい闇を立ち昇らせている様は、明らかに常軌を逸していた。
攻撃の当たる高度まで下がりきり、いざ攻撃に移ろうとしたのだが、ここに来てとある事を思い出してしまった。
「よくよく考えればこれ、ルナにも当たるよな……どうしよ」
「えっ、お兄ちゃん考えてなかったの?」
「ウルフを倒すことに意識とられすぎて完全に頭から抜けてた……なあ、赤ずきん一応確認するけど止められるか?」
「無理、いつもなら大丈夫だけど今回のは威力重視に全魔力使ってるからコントロール出来ないよ」
「ですよねー、さてどうしようか」
(本格的に困った状況になったぞ。このまま魔法を放てば確実にルナも巻き込むことになる、かと言って放たなければウルフは倒せない……マジでどうしよう)
「なかなか攻撃してこないから心配して見に来ちゃったよ」
解決策の浮かばない自問自答を繰り替えしていると、背後から突如として声が聞こえ振り向き驚愕に顔を歪める。
「どうしてお前がここにいるんだ……カイ」
「あはっ、言ったでしょ心配してるんだよ」
「意味が分からないな、なんで敵のお前が心配なんてするんだよ」
「そんなのウルフを倒してほしいからさ」
「…………」
「そんなに警戒しないでよ。正直言って僕一人でもウルフを倒すことは出来るんだけどユウトにやってもらったほうが手間が省けるからね」
「自分で復活させたくせに倒してほしいだと、何を考えてるんだ?」
「そうだねえ、まあ話してもいいか……僕がウルフを回復させたのは闇の力を高めるためさ、それで世界を崩壊させるに至るほどの強力な闇を回収するのが僕たちの仕事。で、狙い通りにウルフの抱えてる愛という名の闇はユウトのおかげで完成した。だから回収したいんだけど意識が残ってるとそれが出来ない」
自分の、いや自分達の目的を軽快に話したカイは『後はもう分かるよね』とでも言いたげに黒フードの下で笑みを強く浮かべる。
「僕的にはこのままユウトに任せちゃうのが楽なんだけど、なぜ攻撃しないのかな?」
質問に答えることなく視線を逸らした俺を見て、感ずいたのかボンと手を叩き声を上げるカイ。
「なるほど彼女が原因か……ちょっと待ってて」
そう言って黒い渦の中に消えていったカイはすぐさまルナを抱えて戻ってきた。
「これで安心出来るでしょ?」
「ふざけんな、今すぐルナを返せ」
「いやいやそれは無理でしょ。両手がふさがってるのにどうやって彼女を抱える気だい? それにそろそろ赤ずきんちゃんが限界みたいだよ」
「えへへ、ごめんねお兄ちゃん……これ以上はちょっと耐えられないかも」
申し訳なそうに笑う赤ずきんを目にして冷静さを取り戻し改めて状況を確認する。
俺が話している間も上げっぱなしだった赤ずきんの左手は頭上に展開している炎球の重みに耐えるようにプルプルと震えており、限界が近いことが見て取れた。
「謝るのは俺の方だよ無理させてごめんな……おい、これが終わったらルナを返してもらうからな」
「もちろん構わないさ」
「とりあえず心配事も消えたしやるとするか……赤ずきん遠慮なくぶっ放せ」
「うん、お兄ちゃんとわたしの力を見せてあげる、愛の
掛け声と共に赤ずきんが腕を振り下ろすと、それに合わせて頭上の炎球が地上にいるウルフへと放たれる。
元々一撃で沈めるために威力を重視したこともあり、赤ずきんの魔法を喰らったウルフはなすすべなく炎に焼かれ倒れることになった。
だが、ここで一つの誤算が生じた。ウルフを倒せば止められると思っていた崩壊が止まっていないことだ。
ウルフの身体を纏っていた闇は消えているのに、崩壊だけが今もなお世界を闇に染めるために見境なく全てを吞み込んでいっている。
現実を突きつけるように視界に入り込んでくる闇を遠目に、改めてもう何をしても止まらない止められないのだと理解させられる。
けど、いつまでも空の上で浮かんでいるわけにもいかないし、一旦ルナの意見を仰ぐ必要がある。
「約束通りルナを返して──」
……唖然とした、後ろにいるはずのカイの姿がどこにもなかったからだ。
焦りを覚えて血眼になって周囲を見回すがやはり見つからず、『やられた』と下唇を噛んだ──瞬間だった。
ゾクッと背筋が凍る感覚が襲い視線を地上へ向けると、いつの間にかウルフの倒れている真横へと移動していたカイは右手に漆黒の三叉槍を握り何かを始めようとしていた。
「ブラックホール」
空中からではなんて言ったのかは分からなかったが、問題はそこではなくカイの握る三叉槍の星剣から拳大ほどの黒い五芒星の形をした物体が浮き出てくるとウルフを吸い込み始めたことだ。
十秒にも満たない内に跡形もなくウルフを吸い込むと黒い五芒星は三叉槍の柄へと溶けるように消えていった。
「おーいユウトー、目的は果たしたから僕はもう帰るよー。ルナはここに置いていくから、またねー」
こちらに向けて大声で叫ぶカイは緊張感のかけらもなく、まるで友達と別れるときみたく両手をぶんぶんと振り笑みを浮かべている。
すでに背後には黒い渦が出現しており、言葉通りこの場から去るべく足を運ぼうとしていた。
「おい待てよ」
「どうしたんだい?」
「ルナを俺の元まで連れてこい」
「えっなんで? ユウトが自分でやれば……ああ、そういうことか。最後にユウトにいいことを教えてあげるよ。星剣の所持者は崩壊に呑まれることはないから安心していいよ、けど赤ずきんちゃんは例外だから死なせたくなきゃ星剣が現れるまで大事に抱えておくことをオススメするよ」
結局、最後まで馴れ馴れしい口調を崩すことなくカイは黒い渦の中へと消えていった。
敵の言うことを信じるわけではないが、闇を纏ったウルフの攻撃を背中に受けても怪我だけで済んだことを考えれば信憑性はあるように思える。
事実、風の魔法しかもっていないはずのルナが今もなお視界の先で闇に呑まれることなく倒れているのが証拠だ。
(それに、いつまでも飛んでられないしな)
ウルフに放った大技に加えて赤ずきんによる渾身の魔法を制御してたことにより、いよいよ俺の魔力も精神力も尽きかけてきている。
俺はそっと深呼吸をし覚悟を決め地上へと下りることにした。
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