第19話 VSウルフ

 すでに日も傾いてきており徐々に森から明るさが消え去っていく中、おばあさんを助け出すための準備を終えた俺たちは男の指定した小屋へと足を進めていた。

 当初の予定通り俺と赤ずきんは地上から二人で小屋を目指しているがここに至るまでに交わした会話はなく緊張感が漂っている、特に赤ずきんは作戦の前半部分の軸であり要であることから必要以上にプレッシャーがのしかかっていることだろう。


 体感十五分ぐらいは歩いただろうか、ようやく目的地である小屋の前へと辿り着いた俺と赤ずきんの視線の先には地面に倒れ伏しているおばあさんとその横で悠然と立ち尽くしている男の姿があった。

 人間の姿に戻っている男は俺たちのことを視界に捉えるなりニヤリと口角を上げる。


 「ククッ、本当に二人だけで来るとは思わなかったぜ。そんなにこのババアが大事か」


 余裕満々と言った男の口ぶりから頭上にいるルナには気づいていないらしく、そのことに内心ほっと胸をなでおろす。

 最初の関門を突破したことに安堵しつつ、ここからはさらに慎重に進めなければいけないことに身を引き締め直す。


 「お前の交渉には応じるが先におばあさんをこちらに返してもらう」

 「あぁ? なにふざけたこと抜かしてんだ。先に赤ずきんをよこせそしたらこのババアを返してやる」

 「いやだめだ、おばあさんが先だちゃんと生きているかを確認してからじゃないと赤ずきんを渡すことは出来ない」

 「あれだけの力の差を見せつけてもオレにビビらねえのは評価してやるが言葉は慎重に選べよ害虫野郎。オレがその気になればいつだって殺せることを忘れるんじゃねーぞ」

 「もちろん分かってる。だからこそ先におばあさんの無事を確認させてほしい俺だって命は惜しいんだ約束は守る」


 俺の言葉を聞いた男は数秒思案すると灰色のボサボサ髪を掻きむしりこう言った。


 「その言葉忘れるんじゃねーぞ……さっさと取りに来い。少しでもおかしなことをすれば殺すぞ」


 苛立たしげな態度ではあるがひとまずおばあさんを先に返してもらえることに内心ガッツポーズを取る。

 正直これに関しては賭けの部分が大きくあり成功するとは思っていなかったため余計に嬉しく思う。

 男の動きに警戒しながら横たわっているおばあさんの元へ行き、慎重に抱え上げそのまま元いた場所へと戻ってくる。

 おばあさんを木の根元に寝かせ生存を確認するために呼吸音や脈を測る、どちらも正常に機能しており気絶しているだけだと分かり赤ずきんと共に胸を撫で下ろす。


 「おい、いつまでそうしてるつもりだ。要求通りババアは返した次は赤ずきんをよこせ」


 痺れを切らした男が声を荒げるのを聞き、俺は作戦を次の段階に進めることを決める。

 立ち上がり赤ずきんの栗色の目を見つめ静かに口を開く。


 「ごめん赤ずきん、行ってくれるか?」

 「謝らないでお兄ちゃん。最初から決まってたことだし全然平気だよ。ちょっとだけ行ってくるね」


 正面を向くと男は強烈にこちらを睨めつけていた。迫力のある顔は今にも飛びかかってきそうな肉食獣を彷彿とさせるが、そんな視線にも赤ずきんは一切怯んでいない様子だ。


 「一つ、一つ聞いてもいい? どうしてわたしを狙うの?」

 「赤ずきんをオレの嫁にするためだ。分かったらとっととこっちに来い」

 「オオカミさんはわたしのことが好きってこと?」

 「好きなんて単純なことじゃねー。それとオレの名前はオオカミじゃなくウルフだ、もう十分だろ早く来い」

 「わたしとウルフさんは今日が初対面のはずだよね。それなのにどうしてわたしのことが好きなの?」

 「ククッ、確かに赤ずきんからしたら初対面だろうな。だがオレは5年前……知らねえジジイと狩りをしてた時から赤ずきんを知っている。一目惚れってやつさオレの魂が身体が赤ずきんを求めてやまねえのさ……本当は後2年は待つつもりだったんだがな、害虫野郎が湧きやがったから待つのはやめることにしたのさ」


 意気揚々と話しながら俺のことを睨めつけてくる男──もといウルフ。

 ウルフの言葉をそのまま信じるとしたらこれまでの奴の行動は全て嫉妬や独占欲からくるものだったと言うことだ。

 どこまで本気で言っているのかは分からないが、ウルフの赤ずきんに対する執着だけは本物であると伝わってくる。

 一方的な片思いに人の命がかかっている事実に怒りを覚え今すぐにでも殴り飛ばしたい気持ちをグッと抑える。


 「そろそろいいだろう、さっさとこっちに来い赤ずきん」

 「……分かった」


 赤ずきんは両拳を強く握りしめながらゆっくりと一歩一歩足を踏み出しウルフの元へと歩いて行く。


 「ようやくだ、長年夢見てきた赤ずきんが今オレの目の前にいる。こんなにいい日はねえよな、赤ずきんもそう思うだろう、なあ?」

 「キャッ‼︎」


 興奮気味に息を荒くしたウルフは欲望のままに目前の赤ずきんを抱き寄せる。

 すると赤ずきんを抱いている右手とは逆の左手を使い頭巾を外し血走った目をした顔を赤ずきんの頭部へと近づけると……すぅぅぅと勢いよく匂いを吸い込んだ。


 「男を知らない生娘独特のいい匂いだ」

 「いや、やめて」


 ドンっと両手を突き出しウルフから逃れようとする赤ずきんを力ずくで制し不適な笑みを浮かべるウルフ。


 「おいおい、たかが匂いを嗅いだだけで逃げようとするなんてヒデェじゃねーか」

 「お願い離して」


 なんとかして逃げようと赤ずきんは胸の中で必死に抵抗しているが、それも虚しくウルフは全くと言っていいほど意に返していなかった。

 むしろ赤ずきんの行動一つ一つを堪能し不気味な笑顔からはウルフが心の底から楽しんでいるようにすら感じた。


 本当なら今すぐにでも飛び出して赤ずきんを助けに行きたかった。だけど作戦の都合上そうすることは出来ない。最初から分かってた覚悟してたことだが……嫌がる赤ずきんを目の前にしてただ眺めていることしか出来ない状況はもどかしくやり場のない怒りを溜め込むように、下唇を噛み締め強く拳を握り締める。

 そんな俺を視界に捉えたウルフは苛立ちを隠すことなく舌打ちをすると牙を唸らせ口を開く。


 「おい、いつまでそこにいやがる、見せもんじゃねーぞ。ババアは返してやったろ目障りだから消えろ」

 「…………」

 「聞こえねえ振りはよせよ害虫野郎」

 「…………」

 「っち、イラつくぜ……あと三秒待ってやる、その間に動かないようなら殺すぞ」

 「…………」

 「3……2……1、死ね」


 我慢の限界を迎えたウルフが赤ずきんを手ばなし、俺の命を刈り取ろうと動き出した瞬間。


 「今だ赤ずきん‼︎」

 「うん、灼熱の炎(リ・フラム)」


 俺の方へと意識を向けた隙をつき赤ずきんはウルフの背中に左の掌を合わせて技の名前を叫ぶ。

 瞬く間に赤色の炎がウルフを燃やし身動きを封じる。


 「あちちちちちちちちちちち」


 赤ずきんから生じた激しい業火に身を包まれたウルフはたまらず地面へと倒れ伏し、自身に点火された炎を消火しようと転がり回る。

 そんなウルフに脇目も振らずこちらへと駆け足で戻ってくる赤ずきん。


 「お兄ちゃん」


 そう言って胸元へと飛び込んでくる赤ずきんを受け止めた俺は、無事に作戦の第一段階が上手くいったことにホッとしつつ、危ない作戦に協力してくれた赤ずきんに謝罪するべく口を開く。


 「ごめん、本当にごめん赤ずきん……怖い思いをさせてごめんな」

 「……ぎゅってして」


 俺の胸元に顔を埋め小さく呟く赤ずきんの声は少し震えていた。

 それだけで赤ずきんが経験した恐怖が怒りが悲しみが伝わってくる。

 罪悪感が押し寄せてくるがまだ何も終わっていない……後悔するのも反省するのも全てが終わった後だ。

 これで許されるとは思っていないが、今はただ赤ずきんの思いに応えるために俺は赤ずきんの背中に両手を伸ばし優しく抱きしめた。


 「えへへ、ありがとうお兄ちゃん」

 「怖い思いをさせてごめんな赤ずきん。でも赤ずきんのおかげで逃げる隙が作れた。本当によく頑張った、ありがとうな……あとはルナに任せて俺たちはおばあさんを安全な場所に連れて行こう」


 コクリと頷く赤ずきんを見て背中から手をほどき、この場から逃げるため意識のないおばあさんを後ろに背負う。

 大丈夫だとは思うが未だに地面を転がり回っているウルフに最低限注意を払いつつ空を見上げる。

 あとはルナが来てウルフのことはなんとかしてくれるはずだが、作戦の区切りである赤ずきんによる攻撃を終えてからはや十秒は経つが、一向にルナが下りてこないのが気がかりだ。


 「ルナさんどうしたのかな?」

 「分かんないけど、ルナなりに何か考えがあるのかもしれないし気にはなるけどとりあえず俺たちはここから離れることを優先しよう」


 会話もほどほどに済まし移動を開始しようとしたその時。


 「待てや‼︎ 害虫野郎ぉ‼︎」


 背後から大きな怒声が聞こえ振り返れば……そこにいたのは、息を荒くし怒気を強く含んだウルフだった。

 見た感じ土汚れはあるが炎に焼かれてできるはずの火傷は一切見当たらない。それだけでも異常さは伝わると思うが、何より驚愕したのは全身を燃やしてもなお、大したダメージになっていないことだ。


 (まずいな、ルナもまだ来てないのに……時間稼ぎするしかないよな。最悪の場合俺が戦うことも視野に入れておく必要もあるか)


 そう思い背負っていたおばあさんを再度木の根元に下しウルフへと視線を向ける。


「燃やされた割には案外元気そうだな」

「黙れオレは今、過去最高にイラついてんだ死にたくなきゃ言葉は慎重に選べよ害虫野郎……ククッ、にしてもさっきのは効いたぜ赤ずきん。一度は許してやる戻ってこい」


 すぐにでも襲ってくるかと覚悟していたが、あくまでも目的は赤ずきんを手にすることでそれさえ叶えば俺のことはどうでもいいのか、それとも他に狙いがあるのか、ウルフが攻撃態勢に入る様子はない。

 そんなウルフの問いかけに数秒口をつぐんでいた赤ずきんだが、意を決したのか唐突に俺の左腕に抱きつきこう言った。


「……やだ、わたしはお兄ちゃんが大好きなの。気持ちは嬉しいけどウルフさんの期待にわたしは応えられない」


 答えは拒否だった。あんなにも気持ちの悪いことをされたにも関わらずウルフを罵倒するようなことを言わないことに赤ずきんの優しさを感じる。

 この告白劇が平和な世界の出来事だったなら平穏に幕を下ろしていただろうが、ここは俺のいた世界でもなければみんなが幸せに暮らす絵本の中でもない。平気で人を攫い暴力を振るい命を軽んじる奴のいる世界だ。


 「黙れ黙れ黙れ、黙れー!!! 赤ずきんおまえに拒否するという選択肢はねーんだよ。いいからさっさとこっちに来やがれ赤ずきん」

 「いい加減にしろよ。赤ずきんが嫌だって言っているのが分からないのか?」

 「あん? オレは言ったよな言葉は選べと。害虫野郎おまえは殺す……いや待てよ。ククッ決めたぜ、このまま害虫野郎を殺すのは容易いがそれじゃオレの気が収まらねえし面白くねえからな」


 笑いをこらえるように我慢しながらウルフは得意げに続ける。


 「まずは手足を切り落とす。それで死なれちゃたまらねーから止血はしっかりとしないとな。その後害虫野郎おまえの目の前で赤ずきんを犯してやるよ」

 「何言ってんだお前」

 「すぐ終わらせてやるから、じっとしてろよ害虫野郎‼」


 開戦の合図とばかりに獣人の姿へと変化したウルフは、その身からどす黒い靄のようなオーラを纏っている。

 直感で気づく、あれが闇の力だということに……なぜウルフが闇の力を纏っているのかは分からないが神様の言っていた今回の闇の力の原因はウルフで確定していいだろう。


 もちろんウルフ以外にいる可能性もなくはないが、視認して捉えられるレベルまで闇の力が強くなっているのが他にもいるとは考えにくい。

 未だにルナが下りてくることはなく、ウルフと戦闘になることは避けられなそうだが不思議と恐怖はなかった。

 と、そこまで考えたあたりでウルフが動き出した。


 地面を一蹴りし俺との距離を詰めてくると、鋭利な獣爪を振り下ろしてくる。

 狙いは顔や胴体ではなく右手。

 まともに食らえば右手は即座に切断される。そんな危険な攻撃を食らうわけにはいかないので、俺は後方に飛ぶことによりそれを回避する。

 すかさずウルフも追撃に移り、今度もまた右手を狙い獣爪を繰り出す。

 その攻撃も避け二度三度と同じようにウルフが仕掛け俺が避ける攻防を繰り返していると流石に異変に気付いたのか攻撃の手を止めるウルフ。


 「どういうことだ? 一、二回程度ならまぐれで済ませられるがおまえの動きは完全にオレのことが視えてる動きだ。昼間からの短時間でなにがあった」

 「なにがって、あの時は本気を出してなかっただけだ」


 まあ、思いっきり噓だ。

 これに関しては俺自身も驚いている。というのもここに来る直前までルナと赤ずきんから魔法を教えてもらっていたのだが、ルナ曰く『魔法を使えるようになったことで、魔力コントロールを習得した時よりも、今のユウトはスムーズに自然に魔力を制御できるようになっているから、きっと狼男の動きも目で追えるはずよ』とのことだった。

 それでもウルフと戦うのはルナの役目だったこともあり話半分に聞き流していたが、いざ戦闘に入ってからルナの言葉が事実であったと身をもって実感する。


 「ククッ面白ぇなあ。なら今回は本気を見せてくれよ害虫野郎」


 そう強く叫んだウルフは相も変わらず一直線に俺めがけて突進してくる。

 攻撃そのものは単調ではあるが、その速度は先ほどよりも増しており現在進行形で今もどんどんと速くなっている。


 「おいおい、どうした避けてるだけか? そんなんじゃオレには勝てねえぞ」

 「お前の方こそ速いだけで一発も当てられてないが大丈夫そうか?」

 「口だけは一丁前だなあ。心配しなくても直に当たるようになる」


 言葉通り徐々にだが避けるのが難しくなってきている。

 そろそろ反撃することも頭に入れつつ、もう少し自分の今の強さを確かめてみようと思い避けるのが困難な攻撃を捌いていく。

 一発、二発とまともに食らえば即ゲームオーバーな攻撃を捌き続けること十数回、予想よりも腕への衝撃が強くそろそろ捌くのも厳しくなってきていた。


 (限界だな)


 何度目かも分からない駆け引きのない単調な攻撃を避けた俺はウルフの腹部へと手を伸ばし掌を当てる。


 「あん? なんだそれは攻撃のつもりか」

 「灼熱のリ・フラム


 瞬間、俺の掌から炎が溢れ出し腹部から一気に全身へと火の手が回る。


 「ッあちーーーーーー‼」


 赤ずきんの炎に比べ熱さが劣るとはいえ、それでも鉄ぐらいなら余裕で溶かせるほどの温度のはずだが、ウルフが倒れることはなくそのことに驚きを隠せなかった。

 たまらず俺から距離をとったウルフは、呻きながら手をじたばたと動かし必死に炎を消そうとしているが、なかなか消えないことに苛立ったのか叫びだす。


 「クソがぁーーーーーーーーーーー‼」


 すると、ウルフの怒りに応えるかのように身を纏っていた闇が突如として炎を吞み込み始めた。

 炎が完全に消えるとウルフはギラリと鋭い目をこちらへ向ける。


 「まさか赤ずきんと同じ魔法を使うとは思ってなかったぜ。ククッだがその練度はお粗末極まりないな」

 「そりゃ、さっき覚えたばかりだからな。それでまだ戦るのか?」

 「つまらねえこと聞くなよ。害虫野郎が赤ずきんと同じ炎系の魔法だと分かったせいでますますイラついてんだ」


 そう言って牙を鳴らすウルフに一言『そうかよ』と返し、星剣を出現させ右手で握る。

 先に動き出したのはウルフだった。以前とは違い星剣を警戒することなく大胆に獣爪を俺へと振り下ろす。

 それを焦らずに避け、地面を砕いたウルフの右腕を目掛け星剣を振るう。

 腕を切り落とす気持ちで振るった星剣だが、結果は薄皮を切る程度のものだった。


 「そんな、なまくらの剣じゃ今の俺を斬ることはできねえぞ」


 ウルフは叫ぶと、鋭く光る自慢の獣爪を縮め拳を握り今までとは違う殴打や蹴りを主体としたスタイルに変えてきた。

 一貫して大雑把なことに変わりはないが、獣爪を振り回すだけだった時とは違い手数が増え素早くなっているのが厄介だ。


 いつの間にか反撃する余裕もなく防戦一方になってはいるが、決してピンチと言うわけではない。

 思ったよりも星剣でダメージを与えられなかったことやウルフが戦闘スタイルを変えてきたことに驚きはしたが、やはり負けるイメージが湧くことなく防戦一方の状況とは裏腹に内心は落ち着いていた。


 「さっきまでの威勢はどうした害虫野郎。そんなんじゃオレは殺せねえぞ」


 俺が何も出来ないことに気分を良くしたのか笑みを強めるウルフ。

 それに伴い攻撃もどんどんと勢いを増し時折、拳や蹴りが肌を掠めることも増えてきており防御し続けることにも限界が近いと悟る。


 「おいおい、このままだと本当に終わっちまうぞ害虫野郎。お前の本気はこんなもんなのか?」

 「……確かにこのままだと俺は負けるな、けどこのままだったらな」

 「何が言いてえ?」

 「すぐに分かるさ」


 疑問を抱きながらも手を緩めることなく次々と拳や蹴りを放ってくるウルフの攻撃を、星剣でガードしつつ徐々に右手を通じて剣身へと魔力を流し赤ずきんの魔法を発動する。

 炎を纏った星剣を直視した途端、ウルフは危険を察知したのか即座に俺から距離を取った。


 「なんだそれは? 魔剣……いや違うな魔剣独特の気配をかんじねえ」

 「魔剣が何かは知らないけどお察しの通り魔剣じゃない。星剣だよ、正式名は星剣・聖なるフラムウェスタ赤ずきんと俺で作り出した奥の手ってやつだ」

 「聖剣だと……ククッまさか勇者だったとは驚いたぜ。だがこれで害虫野郎の成長速度にも説明がつく」

 「はあ、勇者じゃないんだが、いちいち訂正するのもめんどくさいからそれでいいや。とにかく遊びは終わりだ次の攻撃でウルフ、お前を倒す」

 「あぁ? 何寝ぼけたこと言ってやがる。良い武器持ってるからと調子に乗るのも大概にしろよ。確かにその剣は脅威ではあるが害虫野郎おまえのことは怖くもなんともねーんだよ」

 「そうかよ、なら精々耐えきって見せろよ」


 それ以上、俺は何も言わず柄を両手で握り頭上へと星剣を構え、魔力を高め始める。

 呼応するように大気中の魔力も星剣へと流れ込んでくるのが分かる……星剣に魔法を付与する過程で赤ずきんと一緒に考えた大技。

 まだ一度も試したことはなく成功するかどうかも分からないが、このままちまちまと攻撃を続けても大抵の攻撃は闇のせいで通用せず長期戦へともつれ込めば込むほどに不利になってくるのは俺のほうだ。 


 だからこそ一撃でウルフの意識を奪い仕留める必要がある。仮に失敗に終わり負けたとしても俺達にはまだルナがいる。それだけで心強く安心して戦うことができる。


 未だに姿を見せないことが気がかりではあるが、今だけは魔力の制御に全神経を使い余計なことは考えずに集中力を高める。

 体内と体外からどんどんと魔力は集まりそれを魔法へと変換していく、すると先程まで剣身でメラメラと燃えていた炎が消え、変わりに剣身が真っ赤に染まりだす。

 身の危険を感じたのか吠えたウルフがこちらへと突進してくるがもう遅い。俺は頭上に構えた星剣の柄を強く握りしめ振り下ろす。


 「陽気な炎の斬撃ジュワユーズフラム


 瞬間、剣先から烈火の如く燃え盛る真っ赤な炎を帯びた斬撃が星剣から放たれる。

 触れるもの全てを焼き切る紅蓮の斬撃は一直線にウルフへと直撃する。

 真正面からそれを受けたウルフは脚に力を入れて踏ん張っているが、斬撃の勢いは止まらずにウルフは吹き飛んでいき後方に見える木の幹へと激しく打ち付けられた。

 獣人から人間の姿へと変わり地面へと倒れ伏すウルフ。その身を纏っていた闇も消えており完全に意識を失ったようだ。

 俺はゆっくり足を動かし赤ずきんの元に歩き出す。


 「多少予定とは違ったけど終わったよ」

 「ちゃんと見てた、かっこよかったよお兄ちゃん」

 「ありがとな。ウルフに勝つことが出来たのは赤ずきんのおかげだよ」

 「えへへ、それってつまり二人の愛の力ってことだね」

 「いや、うん? まあそれでいっか……それより、まだおばあさんの意識は戻らないのか?」

 「うん、どこか怪我してるわけじゃないから大丈夫だと思うけど、今はルナさんのことが気になるよ」

 「確かに、ここまで姿を見せないのは何かあったとしか思えないな……よし、ルナのことも心配だけどとりあえず一旦おばあさんを家に連れて帰ろう」

 「いいの?」

 「もちろん、ルナのことは後で探しに行くから問題ないよ」


 そう言って赤ずきんの膝の上で意識を失っているおばあさんを背負おうと手を伸ばした時だった。


 「あはっ、まさかウルフを倒すとは思ってもみなかったよ。成長したんだねユウト」

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