第18話 作戦会議

 おばあさんが連れ去られてから五分ほどが経過した頃。

 自分の不甲斐なさによって起こった事態に、どう弁解していいか分からず、俺はその場から動けずにいた。

 視線を向ければルナもいつも元気な赤ずきんでさえも立ち尽くしたままで、それが一層俺の心を締め付けた。


 このまま突っ立っている方が気が楽ではあるがそれでは何も始まらないし解決もしない。それに何よりも最初に俺がしなければいけないのは謝罪だ。謝って許されることではないのは承知しているがだからと言って謝らないのは人間として終わっている。


 そこまで考え一つ小さく深呼吸して覚悟を決め俺は、動き出そうと震える足に力を入れようとしたところで『よし』と言う大きな声が聞こえ何事かと視線を向ける。


 「決めたよお兄ちゃん。今すぐにおばあちゃんを助けに行こう‼︎」


 やる気満々と言った感じで、赤ずきんは胸の辺りにガッツポーズを作ったままこちらへ歩み寄ってきた。さっきまでの暗い雰囲気など一切感じさせずいつも通りの明るい笑顔だ。


 「ちょっと待ってくれなんでそんなに元気なんだ? 落ち込んでたんじゃないのか?」

 「おばあちゃんが連れてかれたのはショックだけど死んじゃったわけじゃないし今すぐ助けに行けば大丈夫だよ」

 「助けに、赤ずきんは強いな……あばあさんを助けに行く前にまずは謝らせてくれ。おばあさんを守れなくてごめん、俺が弱かったせいでこんなことになって」


 頭を下げるだけじゃ足りないと思い土下座をする俺。


 「ユウトが謝ることはないわよ、むしろ謝罪をしないといけないのは私の方よ。だからその変なポーズをやめて顔を上げて」


 顔を上げ立ち上がると今度はルナが頭を下げる。


 「あの場であいつに対処出来たのは私だけだったのに格下だと決めつけて油断していた本当にごめんさい」

 「ルナは何も悪くないってあれは完全に俺の力不足だ。赤ずきんだってそう思ってるはずだから頭を上げてくれよ」


 頭を上げたルナの表情は罪悪感からかはたまた悔しさからか、今にも泣き出してしまいそうだった。

 そんな重たい空気をものともせずに、俺の前で腕を組んだ赤ずきんが頬を膨らませぷりぷりと可愛らしく怒りをあらわにする。


 「もお〜〜お兄ちゃんのばか。私はお兄ちゃんのせいなんて全然思ってないからね。そもそもお兄ちゃんは自分のことを弱いって言ってるけどそんなことない。お兄ちゃんは強いんだからもっと自信持ってよ‼︎ 自己評価が低いのはお兄ちゃんの悪いところだよ」

 「お、おう、なんかごめんなさい」

 「分かってくれればいいの」

 「赤ずきんの気持ちは嬉しいけどさ、やっぱ魔法も使えない俺が強いとは思えないんだよな」


 栗色の眼を見つめ正直に自分の思っていることを伝えると、赤ずきんは決心したように俺の両手を握った。


 「使えるよ、お兄ちゃんは魔法を使えるよ」

 「いや使えないよ、ルナと修行してる時だって何度も試してみたけど一回も発動しなかったんだ」

 「それは……お兄ちゃんが魔法を使うことを無意識に避けてるせい。もう一度自分の心に触れて感じたことを思い出してみて、お兄ちゃんはもう知ってるはずだから」


 赤ずきんの確信めいた言葉に、目を閉じ俺は自分の魔法に触れた時のことを思い出す。

 魔法は心で心は魔法、実際に触れて感じたことにより理解したことだ。

 魔法を使う上で誰しも一度は必ず自分の心と向き合う。

 大体は物心つく前や幼い頃などに少なくとも一度自身の魔法と心に触れる、そうした結果同じ種類の魔法でも人によって千差万別に唯一無二の魔法へなる。


 だけど俺みたいな精神系の魔法は少し特殊で魔法自体が心に敏感なんだ。と言うのも些細なことなら気にする必要はないのだが、トラウマになるような悲惨で悲痛な出来事を経験すると自分でも気づかないうちに心に鍵をかける。

 そうすると自然に使えていた魔法が途端に使えなくなる、原因はもちろん心が魔法を使うのを拒否しているから、治すためには否が応でも自分の心の傷と向き合うしかない。


 それは決して簡単なことではない……辛いから苦しいからかけた鍵を自分から開けば、またその時と同じ感情を思い出すことになる。

 だからこそあの時、俺は自分の中にあるドアを開こうとした時も糸の球に触れようとした時も恐れて身体が拒絶してたんだ……けど触れて心の弱さを知って受け入れた。


 なのに未だ魔法を使うことができない。なぜなのか? それは俺の魔法、絆の再現(リクリエイトボンド)の発動条件である絆を紡ぐ方法が解らないから。

 それじゃあ、なぜ今まで俺は父さんと母さんの魔法を使えていたのか……それは両親と絆を紡いでいたからだ。じゃあどうやって紡いだ? 魔法を使ってた時いつも何を感じてた? 思い出せきっとそれを俺は知ってる。


 ……そうだ、いつだって魔法を使うときは右胸が温かくなってた。最初はそれが魔力なのだと思っていたが違う。魔力は疼くような感覚で魔法を使うときに感じるのは温かくて手を繋いでいるみたいな感覚だ。


 少しずつ自分の魔法について思い出していくと共に集中力も高まっていく。

 気がつけば俺はまた糸の玉の前にやって来ていた。以前のような倦怠感や嫌悪感は一切なくむしろ清々しい気分だ。

 何色もの糸で出来た巨大な玉を見上げ、改めて絆について考えていると、不意に糸の玉から赤色と黄色の糸が俺の元へと伸びてくる。引き寄せられるように俺も手を伸ばして触れると──


 赤色からは赤ずきん黄色からはルナを感じ直感的にこれが絆だと理解する。

二人が本当に俺のことを信用し信頼してくれているのだと糸を通して伝わってくる、幼い頃の俺もきっと今みたいに父さんと母さんとの絆を掴んで魔法を使えるようになったんだ。

 ようやく解った、絆を紡ぐことがどういうことかを……相手を思いやり尊び大事に大切に思うことそれだけだ。なんて、簡単そうに言っているけど、それがどれだけ難しいことなのかは俺が一番よく解っている。けど今は二人にただ感謝を伝えたい。

 現実へと意識を戻しゆっくりと目を開ける。


 「赤ずきん、ルナ、本当にありがとう。二人のおかげで大事なことに気づけた、俺……魔法が使えるようになった」

 「おめでとお兄ちゃん、やっぱりお兄ちゃんは強くて優しいよ、だから自信もって」

 「私よりも赤ずきんをもっと褒めてあげて、ユウトの魔法に関して私は何一つ力になれていないもの、悔しいけれどそれ以上に喜ばしいことよおめでとうユウト……さてそれとは別にいつまで手を繋いでいるつもりかしら?」

 「…………うおっ、全然気づかなかった」

 「ああっ、なんで離しちゃうの」


 ルナに指摘され赤ずきんに手を握られていることに気づき咄嗟に手を引く。

 残念そうに項垂れている赤ずきんを尻目に真面目な顔つきになったルナが口を開く。


 「ユウトの件も一段落したことだしそろそろお婆様を救出するための作戦会議を始めましょうか」

 「作戦か……考えるのはいいとしても実際に実行できるのか? 下手なことをすればその瞬間おばあさんの命はないって思うと素直に言う事を聞いた方がいい気がするけどな」

 「私からしてみれば指示通りに行動したとしてもすんなりとおばあさんを解放してくれるとは思えない。それにいくら魔法が使えるようになったとはいえ倒せるとは限らないし予想外のことが起こるかもしれない。そうなった時に対処できるようにしておきたいの」

 「わたしもルナさんに賛成だよ。おじいちゃんとの狩りでも思い通りに行くことの方が少なかったし、何より追い詰められた獣ほど怖いものはないから」


 ルナに同意を示した赤ずきんの表情もまた引き締められ真剣なものになっていた。

 今まで平和な世界で生きてきた俺にとって人の生き死にが懸かった状況など初めてでおばあさんの命を優先するあまり他の可能性や選択肢が頭から抜けていた。

 短絡的に物事を考えてしまうことを反省しつつ、少しでも役に立てるように頭を回転させながら作戦を考える上で一番需要な点についての疑問を口にする。


 「少し考えが甘かったすまん。でも具体的にどうするべきなんだ? あいつ自分で耳も鼻もいいって言ってたしルナと一緒に行くことは出来ないだろ?」

 「そうね……そのことについて考えはあるけれど、その前に簡単なものでいいから二人の意見を聞かせてくれないかしら」

 「作戦……う〜ん? パッと思いつくのだとお兄ちゃんの魔法とわたしの魔法で一気に燃やし尽くすことなんだけどどうかな?」

 「却下よ、いえ却下というよりもそれだとお婆様まで燃やすことになるでしょ。まず初めにお婆様を取り戻さなきゃならないのだから、そこの部分で何か思いつかない?」

 「…………ちょっと危険だけど一つ案を思いついた。ただこれは赤ずきんに負担がかかりすぎるからあまり言いたくないんだけど」

 「とりあえず話してみて、その後で危険かどうかを私と赤ずきんで判断するから」

 「分かった、じゃあ話すけど──」


 俺の考えたおばあさんを安全に助けるための案を聞いた二人は良くも悪くも普通だった。


 「……確かに赤ずきんにかかる負荷は大きいけれどいい案だとは思う。私が考えている作戦とも相性がいいから賛成したいところだけど、実行するにしても一つ赤ずきんがそれを出来るのかってことが問題ね」

 「それぐらいのことなら出来るよ。おじいちゃんと狩りをしてた時も似てることを何度かやったことあるから反対はしないよ……でも、嫌な思いをする事になるから、ちゃんと成功したらお兄ちゃんからご褒美が欲しいな」

 「そんなのいくらでもあげるさ。俺の出来ることであればなんだって叶えてやる」

 「本当に?」

 「本当だ、嘘はつかない嫌いだからな」


 栗色の瞳を真っ直ぐに見つめつつ力強くそう返す。


 「やっったーーー‼︎ 俄然やる気が出てきたよ。それじゃあ早速おばあちゃんを助けに行こう」


 全身から喜びを表し俺の手を取り歩き出そうとする赤ずきん、それをみたルナはすぐさま赤ずきんの襟を掴み足を止めさせると溜息混じりに口を開く。


 「ちょっと待ちなさい、ユウトの作戦がうまくいったとしてその後のことはちゃんと考えているのかしら?」

 「ふふん、そんなの正面突破あるのみだよ。わたしとお兄ちゃんの魔法があればオオカミさんもイチコロだもん」

 「って言ってるけどユウトはどうなの?」

 「えっ、ここで俺に降るのかよ……いやでもそうだな正直に言えば厳しいと思う。魔法が使えるようになったと言っても赤ずきんやルナの魔法に慣れてないから二人と同じようには使えないんだ」


 実際に見せた方が早いと思い試しに赤ずきんの魔法を発動するが、手のひらに出現したのは小石ほどの小さな火だった。


 「ほらな、全力でやってこの程度の火しか出せない。ルナの魔法を使ってもそよ風を起こすくらいしか出来ないだろうな。これじゃあ流石に実戦じゃ使い物にならないし戦闘になったらルナに頼るしかないんだよな」

 「むぅ〜、お兄ちゃんがそう言うなら我慢する……でもでもルナさんと一緒には行けないんでしょ? おばあちゃんを助けてもルナさんが近くにいないんじゃどうしようもなくない?」

 「大丈夫よ、ちゃんと考えてあるから。そのために一つだけお願いがあるのだけど赤ずきんの洋服を私に貸してくれないかしら?」 

 「いいけど……わたしの服を着るの? なんで?」

 「それはもちろん狼男の鼻を誤魔化すためよ。このままの状態で二人についていけば間違いなく私がいるって気づかれるわ。けど赤ずきんの服を着れば私の匂いを誤魔化せる」

 「確かにそれなら匂いでルナさんってバレることはないけど……あれ? でも足音はどうするの?」

 「ふふっ、私の魔法ってなんだったかしら?」

 「…………そうか、ルナは空を自由に飛べるから歩く必要がないのか」

 「正解よ、私は上空から二人について行く……これで音も対処できるし万に一つも気づかれる心配はなくなる。危なくなればすぐに助けに入るから二人はお婆様を救出することだけに集中して」


 俺の考えた作戦にルナの考えた作戦が加わればおばあさんを助け出すことは可能だ。素人が考えたにしてはこれ以上ないほどに良く出来ていると思う……けど俺の内心は安心とは真逆の不安でいっぱいだった。

 考えたくはないが万が一、そう万が一にもおばあさんを助けた後にルナが助けに来てくれなかったらその時点で全てが終わるのだ。

 あり得ない馬鹿げた考えだが絶対にないと言い切ることは出来ない。


 ルナを信用していないわけではない。必ずルナは助けに来ると分かってるが助けに入ろうとするルナを邪魔する者が現れる可能性がある。

 今回現れた男は俺に対して『奴が言ってた』と誰かから俺のことを聞かされていたようなことを口にしていた。もし男に仲間がいるのだとしたらルナ一人で対処することが難しくなる。

 もちろんルナ一人なら問題はないとは思うが、俺と赤ずきんとおばあさんを守りながらでは話が違ってくる。


 「なあ一個だけ、おばあさんを助けに行く前に軽くでいいからルナと赤ずきんの魔法を俺に教えてほしい」

 「魔法を? えっと教えてあげるのは構わないけれど日没までの短い期間で覚えられるとは思えないけどそれでもいいの?」


 ルナの言っていることは正しい。本来であれば何日も何週間も何年もかけて洗練して鍛錬して身につけていくものを日が落ちるまでの数時間で身につけるなんてのは土台無理な話だ。

 だからと言って何もしないわけにはいかない少しでも保険をかけておきたいんだ。何か起きた時に『ああすれば良かった』と後悔したくないから。


 「ああそれでも頼みたい。やれることは全てやっておきたいんだ」

 「わたしは大賛成だよ。お兄ちゃんの使う魔法は元々わたしたちの魔法だし魔力コントロールよりも簡単に教えられると思う」

 「……自分の魔法のことは自分が一番理解しているから教えやすいのは確かね。いいわなら色々試してみましょうか」

 「ルナ、赤ずきん、ありがとう」

 「じゃあじゃあ、まずはわたしからだよ」


 早速とばかりに俺の手を取る赤ずきんに少し圧倒されながらも魔法の練習を始めることにした。

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