第13話 チームの名前

 母親以外が作る手料理を食べるのは初めてで若干緊張していた俺だったが、一口食べた途端にどうでもよくなり、一瞬にして赤ずきんの料理の虜となった。


 赤ずきんの作ってくれた料理の献立は洋食で統一されている。まずキノコを主体としたシチューに、焼きたてで香ばしい匂いを漂わせるパン。色とりどりの野菜の上には見たことないドレッシングのようなものがかかっている。


 「うまいうまいうまいよ、想像以上に美味すぎて泣けてくる」

 「よかった〜。お兄ちゃんの口に合わなかったらどうしようって不安だったんだよ」

 「そうなのか? こんなに美味しい料理を作れるんだからもっと自信を持っていいと思うけどな」

 「はぁー、これだけの料理の腕前なのだから自信がないわけないじゃない。そんなことにも気付けないなんてユウトはまだまだお子様ね」

 「むっ、じゃあルナには分かるってのかよ?」

 「当たり前でしょ。ユウトと違って私は立派な淑女ですもの」

 「なら教えてくれよ。どうして赤ずきんに自信がなかったのかを」

 「わ、私の口から言えるわけないでしょ。ばか」


 なぜか顔を赤らめてそっぽを向いてしまうルナを不思議に思いつつ、俺はスプーンを使いシチューを一口飲みながらふと思ったことを口にする。


 「赤ずきんって料理もできて知識もあっておそらく家事もできる。それに前向きで明るいんだからなんていうか理想の女の子っていうか……将来はいい嫁さんになりそうだよな」


 何気なく放った一言だったがガタッという音と共に一瞬にして場が凍りつくのを肌で感じる。


 「⁉︎ い、今のいいお嫁さんになるって話は嘘じゃないよねお兄ちゃん?」

 「あっ、ああ。本当だけど、そんな変なこと言ったか?」

 「ううん。嬉しくて聞き間違いじゃないかと思って。えへへ、いいお嫁さん……お兄ちゃんのお嫁さん」


 ごにょごにょと喋ってたせいで後半部分はうまく聞き取れなかったが、両手を頬に当ててゆらゆらと嬉しそうに体を揺らす赤ずきんを見て何気なく口にしたことだが言って良かったなとほっこりした。


 「ねえユウト、いい機会だから教えてあげるけど女の子に対して気軽に、そのお、お嫁さんとかデリカシーに欠ける発言はやめておいた方が身のためよ」

 「はい? そんなに失礼なことを言ったか? 赤ずきんだってあんなに喜んでるし気にしすぎじゃないのか」

 「それでいつか痛い目に合っても助けてあげないからね」

 「そこまで言われるとなんだか怖くなってくるな。まあ今後は気をつけるようにするよ」

 「そうしてちょうだい……それでお婆様、先ほどの質問なのですが赤ずきんの森に関する知識の高さについて聞いてもよろしいかしら?」


 俺との会話を終えると、ルナは続けておばあさんへと食事の前に聞きそびれていた質問を投げかける。

 おばさあんはにこやかに微笑んだまま、未だに嬉しそうに体を揺らしている赤ずきんへと視線を向け静かに語りだす。


 「……そうねえ、この子が森に詳しくなったのはおじいさんの影響なのよ。おじいさんは猟師をやっていたから森に詳しくてね、よく赤ずきんを連れ出しては森の中を探検しに出掛けてたのよそこで色々と教えてもらっていたのよね。帰ってくるたびに赤ずきんはその日教えてもらったことを得意げに話していたわ」

 「えへへ少し恥ずかしいな。……おじいちゃんはねわたしにとって憧れでいつかおじいちゃんのような立派な猟師になるのが夢なんだけど、なんでかお母さんもおばあちゃんも反対するんだよね」

 「なるほど。赤ずきんの森に対する知識はお爺様から受け継いだものだったのね。それにしてもお爺様は猟師をやっているのね、お世話になるわけだしぜひご挨拶をしたいのだけれどお爺様は今どこにいるのかしら?」

 「おじいちゃんはもう死んじゃっていないよ」

 「……そうだったのね。少し考えれば理解できたはずなのにごめんなさい」

 「謝らなくてもいいよ。おじいちゃんが死んじゃったのは悲しいけど……死んじゃう前におじいちゃんといつも笑顔でいるって約束したからへっちゃらだよ。わたしは辛くても悲しくてもおじいちゃんが悲しまないように笑顔でいるの」


 死んだおじいさんとの約束を守っているのは素晴らしことだと思うが、それがなんだか酷く悲しい呪いのようなものだと感じた。さっき、ルナに言われた手前直接口にすることはないが辛い時や悲しい時は泣いたっていいのだといつの日か分かってもらえればいいなと思う。

 赤ずきんの森に関する知識についての話もひと段落し、止まっていた食事を再開してから数十分。お皿に残っている料理の数も少なくなりお腹も膨れ満足しそろそろ食事を終えようかなと思っていると、こちらへ視線を向けたおばあさんから声を掛けられる。


 「食事を終える前にひとつお聞きしたいことがあるの。赤ずきんを助けてくれたあなた方を疑うつもりはないのだけれどね、食事を始める前にユウトさんが旅人だと言っていたけれど本当に旅人なのかどうかを教えてくれないかしら?」


 おばあさんからの予想外の質問に困惑する俺。

 声音や表情が変わっていないのが余計に恐怖を煽り何も悪いことはしていないはずなのにおばあさんに見られていると徐々に罪悪感が湧いてくるから不思議だ。

 なんて答えるのが正解なのかが分からず沈黙を続け頭をフル回転させ考えている中、冷静な声音でルナがこう言った。


 「何故疑っているのかを聞いても?」

 「別に難しいことじゃないけど理由は二つ、一つ目が食事中に何気なく話していたことだけど森の中で迷っていたこと。旅人なら普通村と村とを繋ぐ整備されている道を通るはずなのよ、だからよっぽどお馬鹿でもない限り迷うことはないはずなのよ」

 「うえから見ただけじゃ分からなかったけどちゃんと道があったなんて誤算だったわ、それで二つ目は?」

 「二つ目は……あなた方の服装よ。身なりの良さそうな黒のドレスに生まれてこの方一度たりとも見たことがない衣服に手ぶらなんて、どう考えても旅人というには無理がありすぎるのよ」

 「ぐぬぬっ確かにその通りだわ……はあ、後で反省会ね。それじゃ話すけれど私たち二人はこの世界を崩壊から守るために外からやって来たの。だからある意味旅人っていうのも間違いじゃないのよ」


 ルナの言葉に二人は目をパチクリとさせ驚いているのか理解が追いついていないのかはたまた両方か似た反応を示していた。やがて落ち着いたのかおばあさんは一口水を飲み俺たちへと視線を戻す。


 「ええとごめんなさいね。世界の崩壊っていうのはどういうことかしら? 人類が滅亡してしまうとか国が滅んでしまう、みたいな理解でいいのかしら?」

 「うーん、そうね……もう少し分かりやすく説明すると、例えば──この部屋が世界だとするわねそれで崩壊がこれよ」


 椅子から立ち上がったルナは部屋の天井に吊るされている明かりを消した。

 当然部屋の中は真っ暗になり何も見えなくなるが、すぐに赤ずきんが明かりを灯し視界も戻り再び席に着いたルナはそのまま続ける。


 「今みたいに何も見えない真っ暗な空間が世界の崩壊よ。そこには何もないし誰もいない全てが闇に呑まれ運よく生き残れてもただただ寂しさや虚しさだけが心を支配するの」

 「……分かりやすい説明をありがとうね。つまり世界が崩壊すればあたしも赤ずきんも命を落とすことになる。辛うじて生き残ったとしても真っ暗な世界で一人ぼっちになってしまう……そんなことが本当に起こるなんて信じられない話だけれど嘘を言っているようにも見えない。だとして本当にお二人で止めることが出来るのかしら?」


 急にこんな突拍子もないことを聞かされたのにも関わらず嘘だと決めつけることがないのは流石と言える。

 そんなおばあさんは交互に俺たちを見つめながら覚悟を問うてくる……きっと今の俺の力じゃ足手まといになるのは分かってる。けど、もう二度とあんな思いをしたくないしさせたくない。だから俺は今回いやこれから先、復讐のためではなく守るために戦う。

 自ずと答えは出ており、これから先何度も困難にぶつかることがあったとしてもきっと答えは同じだろう。だから俺もおばあさんの目をしっかりと見据えて力強くこう答えた。


 「「絶対に止めます」」

 「二人揃って同じことを言うなんて息ぴったりね……任せますなんて偉そうなことは言えないけれどあたしはあなた達二人のことを信じてますよ」


 微笑みながら優しく俺とルナの手を握り締めるおばあさんに『任せてください』と返すと満足したのか徐に立ち上がり部屋の外へと出て行ってしまった。

 急にいなくなってしまったおばあさんを不思議に思い後を追うべきか悩んでいる俺の元へ興奮気味の赤ずきんがテーブルに身を乗り出し無防備に顔を近づけてくる。


 「お兄ちゃんって王子様じゃなくて勇者様だったんだね。それでそれでお兄ちゃんのパーティーに名前とかってあるの?」

 「え? なんだそれは? 名前なんてないぞ」 

 「えーないのー、黒竜騎士団とかジェットクロウみたいなやつをつけようよ。名前があれば一発でお兄ちゃんたちだって分かるし便利だと思うんだけどな」

 「いいんじゃない。名前があれば少しは箔がつくかもしれないし今後名乗る時に一々事細かく説明する必要もなくなると思うし私は賛成よ。ただあまりネーミングセンスには自信がないからつけるならユウトにお願いするわ」


 手を振り『頼んだわよ』と丸投げしてくるルナとキラキラと目を輝かせ期待の眼差しを送ってくる赤ずきんの手前必要ないと断ることもできず、俺は渋々だが引き受けることにし目を閉じ思考に入る。

 そうと決めたはいいものの俺だってネーミングセンスに自信があるわけではない。というか自信を持っている奴なんていないだろうと思う。しかし引き受けると決めた以上は適当にやりたくはないしなちゃんと真面目に考えるとしますか。


 にしてもパーティーか……要するにチームとか組織の名前ってことだろうし、どういうものにしようか? 普通に考えるなら方向性とか目的とかに沿った名前だよな。俺たちの目的は世界の崩壊を防ぐこと、それをそのまま名前にするなら世界防衛隊とかかな……いや、ないなダサすぎるし口に出した時に恥ずかしさで死ねる。けどコンセプト自体は間違ってないとは思う。

 要は世界を守るってことだからな……そうか世界を守るんだよなそれならとっておきのが一つあるじゃないか。

 そこまで考えたところで俺はゆっくりと目を開け口を開く。


 「……決めたよ、俺たちのチームの名前は世界の守護者と書いてガーディアンズって言うのはどうだ?」

 「すごーくかっこよくていいと思う。さすがお兄ちゃんだね」

 「ガーディアンズ……いいわ、とてもいいわね。ガーディアンズ言いやすいし何より私たちにぴったりで素敵な名前ね。やっぱりユウトに任せて正解だったわね。それにしてもよく思いついたわねもしかしてユウトって天才なのかしら」

 「いや実を言うと俺が考えたわけじゃなくて、この名前は俺の世界にいたヒーローのチーム名なんだ。俺たちもこうして世界を守るわけだしぴったりだと思って憧れと尊敬を込めて借りようと思ったんだ」

 「そうなのね、なら余計に頑張らないといけないわね絶対に守るわよ」

 「ああ」


 小さく頷きルナの黄色の瞳を見つめていると不意にギィィと音をたて扉が開きそこから先程部屋から出ていったおばあさんが姿を見せた。


 「お風呂の準備が出来たから順番に入っておいで」


 どうやらおばあさんはお風呂を沸かしに出ていったらしく、俺たちはテーブルの上の空の食器を片付け終えた後話し合いの結果女性から順に入ることになった。

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