第12話 おばあちゃん
家の中に入ってまず最初に驚いたのは玄関で靴を脱がないことだ。
いつもみたいに玄関で靴を脱ごうとした俺に赤ずきんとルナは『何やってるの?』と困惑した表情を浮かべており、こういう小さなことでも世界の壁を感じることになるとは思わなかった。
玄関の先には一本の廊下が伸びており、左右に二つずつ計四つの扉が等間隔に取り付けられている。
その内の一つ……玄関のすぐそばにある左側の扉へ赤ずきんを先頭に中に入る。
そこは古き良き懐かしさを感じるリビングで、入口すぐには壁際を沿う形でキッチンが設置されており、その対面リビングの中央部分には木のテーブルと椅子が四つ配置されている。
そんなリビングの奥に置かれているベットの方へ移動すると、上半身だけを起こしたおばあちゃんがニコニコとこちらへと笑顔を向けている。
その見た目は白髪に丸眼鏡といかにもご老人といった風貌をしており、ひとまず狼ではないと判断できほっと胸をなでおろす。
「……こんばんは。ベットの上からで申し訳ないねえ、少し体調を崩してしまって……大体の事情は赤ずきんから聞いたよ。なんでも森の中でオオカミに襲われているこの子をあなた方が助けてくれたとね。孫を助けてくれてありがとうね、それから親切にここまで送り届けてくれたことも重ねて感謝するよ。こんな所でよければ何日でも好きなだけ泊まっていきなさい。ええと王子様と……ごめんなさい、銀髪のあなたお名前を聞いても?」
俺たちが外で待っていた間におばあさんへとあらかた説明してくれていたようだが、どうやら一部改変して伝わっているみたいだ。
思わず隣に立つルナへと視線を向ける。一見すれば微笑んでいるように見えるがピクピクとこめかみが動いており、お怒りなのは間違いなかった。
「ど、どうやら赤ずきんが〝うっかり〟名前を伝え忘れているみたいですので改めて名乗らせてもらいます。ごきげんようお婆様ルナと申します以後お見知り置きを」
アニメや漫画の中でしか見たことがない裾をつまむ挨拶を慣れた手つきで上品にこなすルナ。仮にお姫様モードと称するが今まで見せていた彼女とは違い丁寧でお淑やかさが前面に押し出されている。こうして見ると本物のお姫様なのだと実感する。
まあだからと言って態度を変えようものならルナが不機嫌になることは火を見るより明らかなので変えることはしない……それとは別に俺もこのまま王子様と呼ばれたくはないので名乗ることにする。
「それじゃ俺の方も、初めまして俺の名前は麻倉悠斗って言います。王子ではないので悠斗と呼んでもらえると嬉しいです」
「はいルナさんにユウトさんね。二人とも礼儀正しくて親御さんもさぞ鼻が高いでしょうね赤ずきんにも見習ってほしいわ。特にルナさんは一つ一つの所作が美しくて王女様と言われても信じてしまうわ」
「お褒めに預かり光栄ですわお婆様。ですが私よりも赤ずきんの方がしっかりしていますよ。森の中を一人で歩く勇敢さや知識の高さは言うに及ばず気配りもでき思いやりのある行動には私たちも助けられました。特に赤ずきんの森に対する知識の高さは素晴らしくどうやって身についたのかお聞きしたいぐらいです」
ルナの言葉を聞いた赤ずきんは褒めらているにもかかわらずなぜか嫌そうに顔を顰めていたがおばあさんの方は至極嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「……そうね、何も特別なことはしてないんだけどねえ。とりあえず立ち話もなんだろうし食事でもしながら色々とお話をしてもいいかしら?」
「ええ、もちろん異論などありません」
「ぜひお願いします。一日中森の中を歩き回ったせいでお腹がぺこぺこで」
「それなら良かったわ、赤ずきんご飯の支度をお願いね」
「うん任せて、とびきり美味しいご飯を作るからね」
▲▼▲▼▲▼▲▼
赤ずきんが料理を作っている間に俺たちはテーブルの方に移動した。
席順は俺の隣にルナが座りその対面におばあちゃんという形で席についている。
視線の先にはエプロン姿の赤ずきんが鼻歌を口ずさみながらながら手際よく作業をこなしており、道中で話していたシチューを作っているであろう鍋からは食欲をそそられるいい匂いが漂ってくる。
料理が出来上がるまでにはもう少し時間がかかるらしく俺たちは、その間を使ってしばしの談笑に花を咲かせていた。
その中でおばあさんの方から普段通りに話してくれて構わないと言われ俺とルナは口調を戻して喋り、なんとなく打ち解けてきたような気がした俺は、ずっと気になっていたことを聞くことにする。
「なあ、おばあさんはなんでこんな森の中に一人で暮らしているんだ?」
「それは私も気になってたわ。安全な村よりよりもわざわざ危険な森の中に住むなんてどうしてなのかしら」
「確かに当然気になるわよねえ……うーん、そうさなぁ簡単に言ってしまえばあたしが魔女だからかね」
「魔女? どう言うことだ魔法なんて誰だって使える力のはずだろ?」
「ユウトさんの疑問は最もだねえ。けれどそれは普通ならって前提の話でねえ……あたしは生まれついて四つの魔法を扱えてね、それが奇妙に感じたのか村の人たちとは段々と折り合いが悪くなってしまって村に居づらくなってしまったのさ」
「……は?」
苦笑混じりに軽々しく話すおばあさんをよそに俺の脳内は激しく混乱していた。と言うのも本来であれば生まれ持って備わっている魔法は一つが基本だ。
ごく稀に二つの魔法を持って生まれてくる者もいるが確率にしてみれば一万人に一人だ。
俺のいた世界でも過去に確認されていた複数持ちですら三つが最高だった。
魔法を二つ持っているだけでも重宝されるのだから四つなんて崇められても驚きはしないのに、まさか迫害を受けるなんて思ってもおらず興味本位で聞いてしまったことを後悔する。
「嫌なこと思い出させてごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいのよ。こんな森の奥に老人が一人で暮らしているだもの、気になるのが当然なのだから。それに悲しくはないのそれ以上にたくさんの幸せを貰っているから」
「たくさんの幸せ?」
首を傾げ鸚鵡返しに問い返す俺におばあさんはにこやかに微笑みながこう言った。
「いずれユウトさんにも分かる時が来るわ。だから不器用でそそっかしい赤ずきんのことをこれからもよろしくお願いね」
おばあさんの言葉を聞いた俺は、いずれこの世界を旅立たなければいけないことを思い出していた……それが何を意味するのかは考えなくても理解できた……俺には赤ずきんとのこれからなどない。そのことに気づくと『分かりました』と答えることが不誠実で嘘をつくことになるのではと頭を駆け巡りすぐに頷くことが出来なかった。
俺の葛藤に気づいてか気づかぬかおばあさんは静かに続ける。
「少し急だったかもしれないわね。そんなに悩ませるつもりはなかったの、ごめんなさいね。今の話は忘れてちょうだい」
「いえ、ただ俺たちは旅人でずっとここにいるわけにはいかなくて……えっとだからここにいる間でよければ決して赤ずきんに悲しい思いをさせないと誓います」
「その言葉を聞けただけでもあたしは嬉しいわ」
今の俺がどんな顔をしているのかは分からないが、自然と握りしめた拳に力が入っていることから少なくとも明るい表情ではないのだろう。
すると、不意に左手の甲へそっと温かい何かが重ねられる。考えなくともそれがルナの手であることに気づき、その温もりや優しさに俺は一人ではないのだと再認識させられた。
「ご飯の準備が出来たよー。たーくさん作ったからお腹いっぱい食べてね」
場を和ます明るく元気な赤ずきんの声と共にテーブルの上には美味しそうな料理が次々と並べられていき、料理を運び終えた赤ずきんが席に着くと我慢の限界が来たのか俺のお腹が盛大に音を鳴らした。
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