第10話 キノコ集め
俺が提案した内容に大賛成した赤ずきんは、ルンルンと笑顔を振り撒きながら俺たちの一歩先を歩いていた。その後ろ姿を若干不満そうな顔で見つめているルナに歩幅を合わせながら何気なく辺りを見渡してみる。
すでに歩き始めてからそれなりに時間は経っているが、当初心配していた狼やその他の危険な獣などが現れることはなかった。
それだけではなく、降り立った時は太陽の陽が差し込み明るかった森だが徐々に日が傾きつつあり、だんだんと暗くなり始め不気味さが増してきていた。
「…………」
実を言えば、俺は幽霊などのオカルトが大の苦手だ……それというのも幼い頃に家族と入ったお化け屋敷にて父親に意地悪をされて以来暗くて不気味なところはトラウマなのである。だからという訳ではないが夜が訪れる前に早く赤ずきんのばあちゃん家に辿り着きたかった。
そんなことを思っていると、いつの間にかこちらへと振り返っていた赤ずきんは眉を顰めると少し申し訳なさそうに口を開く。
「あのね、今日の夜はおばあちゃんの好きなシチューを作るんだけどね。一番大事なキノコを採るのを忘れちゃってたの……キノコはおばあちゃんの好きな食べ物だから絶対に入れたくて、迷惑かもしれないけどこれからキノコ採るのをお兄ちゃんたちに手伝ってもらえないかな」
もじもじとしながらこちらを上目遣いで見つめる赤ずきんに対して、『暗いのが怖いので早くばあちゃん家に行こう』などと言える訳もなく幽霊なんていやしないと自分に言い聞かせ了承の意を示すため口を開こうとした俺よりも早くルナが答えた。
「別にそれくらい構わないわよ。泊めてもらえるだけでもありがたいのに食事まで用意してくれるんだから感謝こそすれ迷惑だなんて思わないわよ」
「ルナの言う通り全然迷惑じゃないよ。むしろもっと色々と頼ってくれていい、俺からしたら赤ずきんは命の恩人だからな」
「お兄ちゃんありがとう。わたしにとってもお兄ちゃんは命の恩人だよ」
そう言いながら思い切り抱きついてくる赤ずきんを受け止めると、内心ドギマギしている俺をよそに隣にいたルナが怒り心頭と言った形相で赤ずきんを引き剥がす。
「ちょっとどうして私にはお礼がないのよ」
「えーだってルナさん迷惑なんて思わないって言ってたし」
「それはユウトも同じでしょうが。それにお礼も言えないなんて人としてどうかと思うわ」
「ぶ〜、別に後で言うつもりだったもん……じゃあルナさんもありがとう」
「じゃあって何よじゃあって。そんな態度をとるなら手伝ってあげないわよ」
「別にいいもん……そしたらわたしはお兄ちゃんと二人で一緒に集めるからルナさんはここで待ってて。お兄ちゃんもそれでいいよね?」
「いいわけないでしょ。私はユウトの仲間なのよ、一緒に集めるなら私とユウトの二人よ」
「ルナさんはただの仲間でしょ。お兄ちゃんはわたしのおう……お兄ちゃんなんだからわたしと一緒にいるの」
俺を挟みどんどんとヒートアップしていき、ついにはルナは星剣を赤ずきんは背後に複数の火の玉を浮かべ、このままだと危ないと判断した俺は二人を止めるべく動くことにした。
「ストーップ、ストップだ二人とも一回深呼吸しよう……落ち着いたと思って話すぞ。まず第一に赤ずきん今のはダメだぞ。手伝ってくれるルナに対してお礼が言えないのは良くない謝るべきだ。次にルナ、赤ずきんが悪いとは言え年下に対してムキになりすぎだ。間違っても星剣を出すべきじゃない……俺たちの剣は守るためにこそ使う力だ」
「……その通りだわ。頭に血が上りすぎていたわ、ごめんなさい」
「わたしの為にお手伝いしてくれるのに、いじわるなことを言ったりしてごめんなさい」
二人は互いに握手を交わし仲直りをしたのを見届け、改めてキノコ集めに関しての話を進めた結果効率を重視するために手分けして探すことになった。
別行動を取ることに最後まで反対していたルナを説得するために、万が一狼などの獣と遭遇した場合戦闘行為を取らず速やかに逃げるということを約束したことで渋々納得してもらった。
そして現在、二人と別れてからはや数分が経過していた。
過去にキノコを採った経験などなかったため苦労すると思われていたキノコ採取だったが、意外と簡単に見つけることができ、すでに十本ものキノコを手に入れていた。
「まさかこんな簡単に採れるとは思ってなかったな……まあこんだけ採っても食べられるキノコがどれだけあるかは分からないんだよな。合流して赤ずきんに鑑定してもらった時に全部食べられないって言われたらショックだし限界まで採っといたほうがいいよな」
よしっとやる気を新たにキノコ探しを再開した折、すでに辺りが真っ暗になっていることに気づいた。
空を見上げれば夜を象徴するように月がいくつもの星々と共に広大な夜空を照らしており、俺の視界には綺麗な星空が広がっていた。
俺のいた世界では晴れている時でさえ星空など見えなかったため、目の前に広がる光景になんとも言えぬ感動にも似た感情が心を満たし、夜の森に対する恐怖を忘れるほどに引き込まれていた。
──そんな時だった、前方からガサっという物音が聞こえ、現実へと意識を引き戻された俺は、すぐさま気を引き締め視線を向けた。
そこには黒色のフードを目深に被った人物が立っておりニコリと笑みを浮かべている。
「こんにちは、いやこんばんはかな……僕の名前は
声色からして男であろうカイと名乗った人物は悠然とこちらへと歩み寄ると、にこやかな笑顔のまま俺の手を握ってきた。
不気味に思い咄嗟に手を振り払い距離を取り男を睨みつける。
それでも、男は笑顔を崩すことなく続ける。
「逃げるなんて酷いな。何か気に触ることでもしたかな?」
「……カイって言ったか、お前は一体何者だ? 返答次第じゃ仲良くなんて出来そうにないけどな」
「それもそうだね。昔から知らない人に声をかけられてもついていくなって教えられるからね。それじゃ改めて君にはこれを見せた方が話が早いかな」
そう言ってカイが前に手を突き出すと、黒色の光が集まり始め何かを形作っていく。
やがて光が収まると、その手には先端が三つに割れた漆黒の槍が握られていた……それを目にした瞬間、俺は直感で理解した。この水野海と名乗った男が俺やルナと同じだと言うことが。
「……星剣か、なぜお前が持っている? 神様の話じゃ星剣の所持者は俺を含めて二人だけのはずだ」
「驚いた、何も知らないのか。いや、むしろ好都合と言えるかな……そうだね。まずは君の質問に答えよっか。僕も過程は違えど君と同じように世界が崩壊したことによって星剣を手に入れたんだ。そこで本題なんだけど君も僕達の仲間にならないか?」
「……悪いけど俺にはすでに仲間がいる。そう簡単に裏切ることは出来ない」
「そっかそれは残念だ……ふむ、どうやら君は僕達とは違って光の力の方が強いみたいだね。僕の神が感知出来なかった時点で薄々そんな予感はしていたけれど」
「それで再度聞くが、お前は何者だ?」
「星剣の所持者。なんて安直な答えを求めていないのは分かっているよ。分かりやすく簡単に言えば君たちの敵になるのかな」
「敵……つまり星剣を悪用しているのはお前なのか?」
「悪用しているつもりはないけれどね。僕達にも大いなる目的があってそのために星剣を使っているに過ぎない」
「大いなる目的……一応聞くがそれはこの世界を崩壊させることか?」
「あははは……正確にはこの世界も、だよ。僕達はこの世界も含めたすべての世界を崩壊させる」
「そうか、もう喋るな」
感情的になりやすいのは俺の悪い癖だ。自分でも理解している分余計にタチが悪いのは認めるし直そうと努力だってしているつもりだ……だからと言うわけじゃないが、この男が敵だと口にした時点でも怒りは湧き切り掛かりたかったが神様との一件も踏まえ、もしかしたら事情があるのではとグッと堪えていた。
だが、この男は悪びれることもなく高笑いしながらすべての世界を破壊すると口にした。
その瞬間、俺の中でプツリと何かが切れたような音がして、気づけば星剣を握りしめ男へと走り出していた。
「分かりやすいのは嫌いじゃないけど、今はまだ星剣の所持者と争う気はないんだ。だからこれにて僕は失礼するよ……次に会うことがあればその時は君の名前を教えてね」
バイバイと手を振りながらカイは、俺の攻撃を最小限の動きで躱し、突如現れた黒い渦の中へと入り姿を消した。
「っくそ……なんなんだよ」
苛立ちをぶつけるように木の幹を蹴った俺は、この世界に来てから己がいかに無力なのか思い知らされていた。
自分の世界を崩壊させた原因を見つけ出して両親の仇を取ると決めていたのに……俺は狼すらまともに相手をすることが出来ず、自分よりも弱いと思っていたルナは俺なんか足元にも及ばない程にずっとずっと強かった。
それに、たった一度ではあるが俺の攻撃を余裕そうに避けたカイを見た瞬間、カイもまた俺よりも強いのだと理解してしまった。
魔法が使えないからと言い訳をするつもりはない、たとえ魔法が使えたとしてもルナに勝つことは出来ないだろう……そんな自分の弱さに嫌気がさした。
「……キノコだけは集めて戻らないとな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます