第9話 衝撃の事実

 目を覚まし最初に感じたのは俺はまだ生きているという実感だった。心臓の脈打つ音に心安らぐ緑の香りが鼻腔をくすぐり、死後の世界ではないと理解できる。

 意識を失った後に何が起きたか分からないが、全身を襲っていた激しい痛みも綺麗さっぱりなくなり倦怠感なども感じない。まるで朝、目覚めた時のような爽快な気分だ。


 と、自分が生きていることに安心し喜びを噛み締めていたが、後頭部に地面にしてはやわらかい感触を感じ瞼を持ち上げてみれば、こちらをじっと見つめるルナと目があった。


 「あっ起きたのね、体の調子はどう? どこか痛いところとかない?」

 「……お腹が空いた」 

 「元気そうで安心したわ。それじゃ早く退いてくれるかしら、私の脚もそろそろ限界なのよ」

 「ああ、って膝枕してくれてたのか? 通りで柔らかくて良い気持ちだと思ったよ。けどなんでだ」

 「別にそんなことはどうでも良いでしょ。ただ地面に寝転ばせておくのが可哀想だと思っただけよ」


 膝枕をしてくれたことに驚きを隠せないが、何よりも照れ臭そうに顔を逸らしているルナの反応に一番驚いた。なんせ上空にいた時は何の恥ずかしげもなく俺を抱きしめていたもんだからルナにはそういった羞恥心なんかないのだと思い込んでいた。が、ちゃんと恥ずかしいと思うこともあるのだと思うとなんだか安心した。


 座ったまま脚を伸ばしているルナの横に腰を下ろすと、巨狼に襲われていた女の子もまた俺の隣へと移動し座り込んだ。


 「色々と聞きたいことはあるんだけど、その前に何か食べ物を持ってたりしないか?」


 俺の問いに対して『持ってない』と首を振るルナ、すると女の子は手に持っていたバスケットからリンゴを三つ取り出すと俺へと手渡してくれた。


 「リンゴでよければ食べて。わたしを助けてくれたお礼にお兄ちゃんにあげる」

 「正直全然助けられてないけど、ありがたく受け取らせてもらうよありがとう。ルナもよかったらどうだ?」

 「私はお腹が空いていないから気にしなくて大丈夫よ。それはユウトが食べて」


 遠慮しているわけではなく本当にお腹が空いていないと言うルナの言葉を信じ、ようやくありつけた食事を噛み締めるよにしゆっくりと堪能しつつ、現状の確認をするべく口を開く。


 「それで最初に聞きたいことなんだけど、何で怪我が治ってるんだ?」

 「はいはい、それはねわたしが持ってたお薬をお姉ちゃんの熱いキッ──」


 突如、何かを言いかけていた女の子の口を慌てたように塞ぎ乾いた笑みを作ったルナが遮るように口を開いた。


 「ちょっと黙ろうね……んん、私が代わりに説明するとねこの子の持っていたポーションのおかげでユウトの怪我を治すことが出来たのよ」

 「そっか、助けてくれてありがとうな。にしても君のことを助けるつもりが逆に助けられるとは情けない話だな」

 「ううん、そんなことないよ。お兄ちゃんがボロボロになるまで守ってくれたからわたしは今も生きてるんだよ。だから全然情けなくなんかないよ……それに物語に出てくるピンチの時に駆けつける王子様みたいでカッコよかったし」


 実際に女の子を助けたのはルナであり俺はただボロボロになっただけで守れてはいないのだが、それでも情けなくなんかないと言ってくれることが嬉しかった。

 だんだんと小声になっていったこともあり最後の後半部分はうまく聞き取れなかったが素直に感謝を伝える。


 「そっかありがとうな。それとルナもありがとな……あと、酷いこと言ってごめんいくら森に慣れてようがルナだってこの世界は初めてだってことを忘れて甘えてた」

 「私の方こそごめんなさい。変に見栄を張らずにユウトの話を聞くべきだったと反省しているわ」


 見つめ合うこと数十秒どちらからともなく吹き出し笑い合う。


 「──ふふっ、こうして誰かとケンカしたのなんて初めてでなんだかおかしな気分だわ。……さて、ユウトに言いたいことは言えたし次は、赤い頭巾を被ったあなたは一体どちら様なのかしら?」

 「確かに名前も知らないな」

 「えへへ、そういえば自己紹介がまだだった。改めて──わたしは赤ずきん十四歳だよ。お兄ちゃんとはおばあちゃんのお家に行く途中にオオカミさんが現れて困ってたところで出会ったんだ」


 自らを赤ずきんと名乗る少女は今まで被っていた赤色の頭巾を外し隠れていたその素顔を晒した。

 左肩に下げた三つ編みの茶髪、まんまるとした栗色の眼、そして何よりも目を引くのはとても愛らしく保護欲の掻き立てられる顔だ。身長はルナよりも一回りほど低いが決して幼いというわけではない。だが見た感じ俺よりは年下であることは間違い無いだろう。


 けれどそんな可愛らしさよりも今、一番驚愕しているのは彼女の見た目と名前だ。赤ずきんと聞くと否応なくあの有名な絵本が思い浮かび、狼に襲われていたことも踏まえ俺の頭は酷く混乱していた。


 「そう赤ずきんって言うのね。私の名前はルナよ、歳は十七。気軽にルナって呼んでくれて構わないわよ……それとは別に赤ずきんって本名なの?」

 「本名じゃないけどわたしもみんなも名前を忘れちゃったから、おばあちゃんがくれたこの赤い頭巾がわたしの今の名前なの」

 「そうなのね、とてもよく似合っているしいい名前ね」

 「えへへ嬉しいな。わたしもとっても気に入ってるんだ……お兄ちゃんの名前はなんて言うの?」

 「ああ、えっと俺の名前は麻倉悠斗、十六歳だ。俺のことも気軽に名前で読んでくれていいよ」

 「えと、ルナさんとお兄ちゃんだね」

 「ちょっとなんで私が名前でユウトがお兄ちゃん呼びなのよ」

 「だってルナさんはお姉ちゃんって感じじゃないし、お兄ちゃんはお兄ちゃんって感じなんだもん」

 「何よそれ、私はお姉ちゃんらしくないって言いたいわけ? 確かに私には妹も弟もいなかったけれど……もしかしてユウトはいたの?」

 「いや、俺は一人っ子だったぞ」

 「全然関係ないじゃない。ユウトがお兄ちゃんなら私のこともお姉ちゃんって読んでくれてもいいのよ」

 「えーやだ」

 「む、ならユウトのことも名前で呼びなさいよ」

 「それもやだ、お兄ちゃんの方が呼びやすいし。お兄ちゃんも嫌じゃないよね?」

 「ん? ああ別にいいよ。なんか妹が出来たみたいで嬉しいし」


 『やったー』とピョンピョン跳ねながら喜ぶ赤ずきんとは対照に頬を膨らませ不満を隠そうともしないルナ。

 そんなルナの手を引き赤ずきんから距離を取ったところで気になっていたことを聞くことにした。


 「ちょっとどうしたのよ、私はまだ納得してないんだからね。あの子がお姉ちゃんって呼んでくれないならユウトが私をお姉ちゃんと呼びなさいよ」

 「いやいや勘弁してくれ、そんなことよりもちょっと聞きたいことがあるんだ」

 「聞きたいこと? 私に答えられることならいいけれど何よ?」

 「この世界のことなんだけど、ルナは赤ずきんって知ってるか?」

 「知ってるも何もあの子のことでしょそれがどうかしたの?」

 「そうじゃなくて……質問を変える。赤ずきんって絵本は知ってるか?」

 「絵本? ……いえ知らないわ。多分ユウトが聞きたいことを私は知らないと思うから神様に聞いてみましょ」

 「神様と話せるのか?」

 「ここに来る前にも言ってたと思うけど……とりあえず私は怪しまれないように赤ずきんの相手をしておくわ。話だけは聞いておくからちゃっちゃと済ませてね」


 それだけ言うとルナは赤ずきんの元へと歩き出して行く。視線の先では赤ずきんが心配そうにこちらを見ていたが、何を吹き込んだのか赤ずきんは顔を赤らめだしルナと共に視界の外へと消えていった。

 一人取り残された俺は、早速神様と連絡を取るべく星剣を構えたり振ってみたりと色々と試していたがそれも虚しく一向に神様の声が聞こえてくることはなかった……どうしたものかと首を捻らせていると不意に頭の中に声が響いた。


 『ちょっと何やってるのよ? いつまで経っても声が聞こえてこないけど……もしかしてやり方が分からないのかしら。じゃあ聞こえていると思って話すわね、やり方は簡単よ心の中で話すような感じよ、以上理解したら話返してみて』


 突然聞こえてきた声にビクッと体を震わせたが、直ぐにルナの声だと認識し気を取り直すと言われた通りに心の中で語りかける。


 『あーあー、聞こえるか?』

 『ちゃんと聞こえているわどうやら問題はなさそうね。ここから私は口を挟まないから手早く済ませてよね。赤ずきんにはトイレだと伝えているからあまり長いと帰ってきた時にお兄ちゃんって呼ばれなくなってるかもね』

 『おいまだ根に持ってたのかよ。ったくまあいいや……神様も聞こえてるんだよな?』

 『大丈夫問題なく聞こえているよ。僕に聞きたいことがあるんだってね』

 『ああ、実は……』


 ──五分にも満たない時間の中、神様との念話を終えた俺はすぐにルナたちとは合流せずその場に留まり思考を巡らせていた。


 曰く、この世界は絵本の中の世界ではなく、俺の知っている赤ずきんの絵本に酷似しているだけの別世界だと言う事だ。

 世界というのは無限にあり、その数だけ可能性と物語が広がっているらしく……赤ずきんだけではなくシンデレラやアリス、桃太郎や浦島太郎と言った絵本に出てくるような架空の人物も現実として存在している世界がいくつもあるのだと言う。


 もちろんそれは俺だけに限った話ではなく、ルナの世界で創作された絵本に酷似している世界もあったり、逆に俺やルナが全く知らないような未知の世界や俺のいた世界にそっくりな世界だってあるらしい。

 神様としては今回みたいな出来事は滅多にないとのことだったが、俺の運が良かったのかそれとも何か別の要因があるのかと珍しく声を弾ませ楽しそうに考察していたのは印象的だった。


 ともかく俺が今いるのは絵本の中などではなく正真正銘の現実であると言うことだ。まあ、冷静に考えてみれば赤ずきんが魔法を使ったりゾウほどもある大きな狼に襲われているシーンなんて絵本の中に描かれてはいなかったしな。


 気を取り直しルナたちが待っている場所へと動き出そうとした時、視界の先に見える茂みからひょっこりとルナと赤ずきんが姿を見せた。


 「あっいた。話はとっくに終わってるのに中々戻ってこないから何かあったのかと思ったじゃない」

 「そうだよお兄ちゃん。トイレ中に襲われているんじゃないかってすーごく心配したんだよ」

 「う……ごめん。ちょっと考え事に夢中になってたんだ」

 「まあそんなことだろうと思ったわよ。とにかくいつまでも森の中にいるわけにはいかないし村を目指すわよ。赤ずきんもそれでいいわね?」

 「……わたしはおばあちゃんの家に行かなきゃだから残念だけどお兄ちゃんたちと一緒には行けない」

 「何言ってるのよ。あなた一人で森の中を歩くのは危険だわ、ついさっきだって襲われてたじゃない」

 「それでもわたしはおばあちゃんのお見舞いに行かなきゃダメなの。今だっておばあちゃんは一人で寂しくしてるんだから」


 互いに一歩も譲らない論争を繰り広げている二人を眺め、俺は二人の肩をポンと叩き落ち着けと制してから続けるようにこう言った。


 「──ならさ俺たちも一緒に赤ずきんのばあちゃん家に行けば安心安全だろ」

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