第8話 新たな出会いと戦闘

 初めての森ということで期待や喜びに満ち意気揚々としていた俺だったが、早くも心が折れかかっていた。

 出発当初は順調そうに見えたのだが歩き始めてからおよそ三十分が経過した辺りで雲行きが怪しくなり始めた。

 と言うのも空から見えた感じでは降り立った地点から村までの距離はそんなに離れていなかったはずなんだが中々辿り着くことができず、かれこれ体感二時間近く森の中を彷徨っていたのだ。


 「なあ、本当にこっちであってるのか?」

 「道は間違ってないはずだからきっと大丈夫よ」

 「そうは言っても全然着く気配がないんだが。そろそろ一回空を飛んで村の位置を確認した方がいいんじゃないか?」

 「う、うるさいわね。今からやろうとしてしてたのよ。ちょっとそこで待ってなさい」


 左手で銀髪を靡かせたルナは地面を軽く蹴ると勢いよく上空へと飛んでいった。

 全体を見渡せる位置まで飛び上がったルナはくるりと一回転しながら周囲を確認し終えると、ゆっくりと下降を初め俺の正面へと降り立つと視線を彷徨わせながら静かに口を開いた。


 「……えっと、その、これから話すことを聞いても怒らないって約束してくれる?」

 「何を見たのかは分からないけど怒るほどのことでも無いだろうし安心しろよ」

 「分かったわ。それじゃ話すけど……実はね、私たち村のある方角とは真反対の方に移動してたみたいなの」


 薄々そんな予感をしていたとはいえ、改めて事実を突きつけられると心にくるものがあり、気がつけば俺は心の声を吐露していた。


 「おいおい、マジかよ。じゃあつまりあれか? 俺たちは無駄に二時間近く森の中を歩き続けてたってことか?」

 「まあそう言うことになるわね。でもね、この世に無駄なことなんてないってお兄様も言っていたし、この二時間の中にもきっと意味はあるはずだわ」


 普段の俺なら『それもそうだな、切り替えて行くか』と言っていたところだが、今の俺は初めての環境に慣れない足場の中、二時間近くも歩き続けたことによる疲労などが重なり冷静な判断をすることが出来ず感情のままに声を荒げてしまった。


 「……はは、確かに無駄なことなんか無いのかもしれないな。けどこれに関してだけは違うだろ。俺はさんざん言ったよな、道はあってるのか? 大丈夫か? ってそれにルナはなんて答えたか覚えてるか? 『安心して私に任せて』『森の中で迷う方が難しいわ』って自信満々に言うもんだから信じて任せてみた結果がこれかよ」

 「だってしょうがないじゃない。ユウトは初めての森だって言うから私がしっかりしなきゃって思って私なりに一生懸命頑張ったのよ。なのになんでそんな酷いこと言われなきゃならないよ」

 「俺は事実を言っているだけだ。それに村にすら辿り着けないのに闇の力を見つけ出すことなんて出来るわけがないと思うけどな。世界が崩壊するかもしれないんだからもう少し危機感を持って真面目にやってくれよ」

 「……何よ、危機感って。森をみて興奮してたユウトにだけは言われたく無いわよ。私は二度も何も出来ず世界が崩壊していくのを見てたのよ。危機感なら私が一番持っているわよ……もう知らない。ここからは私一人でやるから」


 そう言い残し森の奥へと駆け出して行くルナの背中を俺は、追いかけることもなくただただ呆然と見つめていることしか出来なかった。

 ルナが見えなくなり森の中に一人立ち尽くしていたが、ようやく気持ちの整理がつきルナがいるであろう村へと向けて歩き出してからしばらくが経った頃、俺は新たな問題に直面していた。


 それは生きているものならば誰だって起こる生理現象と言うやつで、まあ平たく言えばお腹が空いたのだ。

 なんせ世界が崩壊してから今に至るまで俺は一度も食事をとっておらず、あまつさえこの世界に来てからは森の中を二時間近くも歩き回っていたこともあり流石に限界を迎えていた。


 「そろそろお腹が空きすぎてやばいな。早急に何か食べないとルナに謝る前に死んじまうよ」


 すでに限界を超えている空腹の中、独り言を呟きながらトボトボと歩いているとどこからか食欲を刺激する甘〜い香りが漂ってくる。


 「なんだこの美味そうな匂いは……あっちからか」


 危険かもしれないと分かってはいたが限界を超えた自身の食欲には勝てず、俺は身を任せるままに甘味な香りが漂う方へと走り出して行く。

 森の中を走り回ること数分。目的との距離が近づくにつれて香りはどんどんと強くなっており、その匂いを嗅ぐたびに腹の虫が鳴きまだ見ぬ食物へ期待が大きく膨らんでいく。

 やがてその香りの正体へと辿り着くと、あまりに想像を超えた信じられない光景が目の前に広がっていた。


 「お願いだからあっちに行って。これはおばあちゃんのお見舞いのケーキでオオカミさんのご飯じゃないの」


 赤い頭巾に隠れているせいで顔はよく分からないが、声の高さからして女の子であることは間違い無く、そんな女の子をゾウほどもある巨体の狼三匹が取り囲んでいた。

 女の子は狼を遠ざけようと自身の魔法であろう火の玉を放っているが、大したダメージでは無いのか狼たちは気にすることなく一歩一歩女の子の方へと足を進めている。


 そんな自分よりも大きな狼を目の当たりにした俺は恐怖に身体が震えていた。

 正直このまま何も見なかったことにして逃げ出してしまいたかった……だってそうだろ俺が出て行ったところで死体が増えるだけ自殺しに行くようなものだ。誰だって好き好んで死にに行きたくはない……だから逃げる、そうするべきだと頭では分かっていた理解していたのに、気がつけば勝手に足が動いていた。


 狼と女の子の間に入り込んだ俺は、正面を向きながら背後にいる女の子へと声を震わせないようにして話しかける。


 「……大丈夫か? 怪我とかはしてないか?」

 「うん、怪我はしてないけどお兄ちゃんは誰なの?」

 「ただの通りすがりだよ。怪我が無いのならこのまま走って逃げるんだ。この狼は俺がなんとかするから」

 「だ、だめだよ危ないよ。逃げるんだったらお兄ちゃんも一緒に逃げようよ」

 「大丈夫だよ、こう見えても俺は強いから」


 精一杯に強がりながら俺は右手に星剣を出現させた。

 狼たちは急に現れた俺を警戒してか今は動きを止めている、だがいつ動き出すか定かじゃなく、最大限に警戒しつつ女の子へと再度逃げるよう声を掛ける。が、女の子の方も俺を置いて逃げる気は無いらしく膠着状態が続いている。


 すると痺れを切らしたのか三匹のうち俺の真正面にいる一匹の狼が動きを見せた。

 巨狼は俺に狙いを定めるよう見据え瞳孔を光らせると勢いよく走り出した。迎え撃とうと全身に力を込め星剣を構えた二秒後、俺は後方の木へと吹き飛ばされていた。


 「っがは、おぇぇぇぇ。はぁっはぁっはぁっ……はは冗談だろ、なんだよ今の」

 「お兄ちゃん大丈夫?」

 「っ心配はいらないよ、俺は大丈夫だから君は早く逃げるんだ」

 「全然大丈夫そうに見えないよ。それにお兄ちゃんを置いて逃げられないよ」

 「やっぱそうだよな、なら早いとこあの狼を倒さないとな」


 このまま攻撃を受け続けるのはまずいと思いながら、足に力を入れ立ち上がり星剣を構え直し深く深呼吸を挟み覚悟を決めた俺は、狼へと向かい走り出した。


 巨狼の懐へと潜り込み星剣を振るったが、刃が届くよりも早く狼は前足を振るい軽々と俺の体を弾き飛ばす。

 痛みが全身に走り出血もしているが俺は、構うことなく立ち上がると再度狼へと向かい足を進める。


 その後も何度も何度も何度も弾き飛ばされては狼の元へと向かい剣を振るったが一度としてその刃が届くことはなく今回もまた俺は弾き飛ばされていた。

 全身がズキズキと疼くように痛く所々血も出ており意識も朦朧としていた……それでも俺は自分が目指し憧れていた絶対に諦めないヒーローの姿を思い出し、眼前に迫る狼を見据え闘志を燃やし立ち上がる。


 そんな俺の元へと駆け寄り心配そうに『もうやめて』と服の裾を掴む女の子に俺は一言『大丈夫任せとけ』と告げ、ボロボロになった体を無理やり動かし星剣の柄を力一杯に握り構えた。


 狼は瀕死の俺を警戒する様子もなく一歩ずつゆっくりとこちらに近づき……やがて目の前までやって来ると俺のことを食べるつもりか噛み殺すつもりか分からないが口を大きく広げた──瞬間。


 「やっと見つけたわ。一体こんなところで何を……なるほどね理解したわ」


 離れていた時間は数十分前のはずなのに懐かしさと安心を感じさせる声が頭上から聞こえてくる。顔を上げれば視線の先には漆黒のドレスに身を包み綺麗な銀色の髪を靡かせたルナがこちらを見下ろしていた。


 「……っちょうど、良かった……俺の隣にいる女の子を……つっ連れて逃げてくれ」

 「逃げる? 冗談言わないで、そこで少し待ってなさい。ユウトを酷い目に合わせた奴らを許しておけないわ。それにユウトに言いたいことだってあるんだから」


 そう言いながら静かに下降を始め俺の前に着地すると、ルナは左手に持っていた星剣を目の前の狼へと一閃させた。

 ゴトっと音を立て首が落ちた狼の身体はバランスを保てなくなり地面へと倒れ伏した。

 そのことに危機を感じた二匹の狼は一斉にルナへと向かい突撃を開始する。


 「……本当に魔獣っていうのはどこの世界でも迷惑なものね。もう眠りなさい風刃ウインドブレード


 素早く二回星剣を振るうと剣筋をなぞるように風の刃が現れ狼たちの体を切り裂いた。

 どれだけ頑張っても傷一つ付けることの出来なかった狼をいとも容易く倒してみせたルナの姿に呆気にとられていると、こちらへと振り返ったルナの黄色の瞳が真っ直ぐ俺に向けられた。


 「さてと色々と言いたいことはあるけれど。まずは無事……とは言えないけれど生きていてくれて良かったわ、一人でよく頑張ったわね。でも後ろにいる女の子を助けるためとはいえどうして戦ったりしたのよ。今のユウトじゃ勝ち目が無いことくらいは分かってたはずなのになんで逃げなかったの? 運よく私が駆けつけられたから良かったけれど一歩間違えれば死んでいたかもしれないのよ。もっと自分の命を大切にしなさいよ」

 「……ルナには謝らなきゃ……いけないこと……ばっかりだな」


 ちゃんと謝罪をして仲直りをしようと思い口を開こうとしたが……戦闘が終わったことを自覚した途端、安心したのか張り詰めていた緊張が解け身体から力が抜けていくと共に意識もどんどんと薄れていく。


 「⁉︎ ちょっとユウトしっかりしなさいよ。待って死んだらだめよ意識を強く持って。まだ伝えてないことがあるの……私もユウトにちゃんと謝らなきゃって思っていたの」


 なにやらルナが叫んでいるが薄れていく意識の中で内容はうまく聞き取れなかったが心配してくれているのだろうなと思い幸福感に満たされながら完全に意識が途絶えた。


 「……どうしよう、どうしたらいいのよ。私の魔法じゃユウトの傷を癒すことなんて出来ないし……でもこのままじゃユウトは本当に死んじゃうかもしれないし。私はどうすればいいの……教えてよ、お兄様」

 「あの、お姉ちゃん、わたし普段からお母さんに怪我をした時のためにってこれを持たされてるんだんけど。お兄ちゃんにも使えないかな」

 「これって……ねえ、これを飲むと怪我や体力が回復したりする?」

 「う〜ん、まだ飲んだことないから分かんないけどお母さんはすごく高い物だからちょっとの怪我とかで使っちゃダメって言ってたよ」

 「そう、なのね……私の知っているポーションとは色が大分違うけど話を聞く限り効果はポーションと同じようだし……迷っていても仕方ないわね、他にいい方法はないのだしこれにかけるしかないわ。とりあえずこのままの体勢だと飲ませられないわよね……まずは横に寝かせないと──どうしよう飲み込んでくれないわ。こういう時はどうすれば……やっぱりあれしかないわよね。いっ、嫌だとは思うけれどユウトを助けるためなんだから我慢してよね」

 「わっ‼︎ お姉ちゃん大胆」

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