第7話 初めての異世界

 世界というのは素晴らしく美しいものであるのと同時、理不尽で残酷な存在である。

 そんなわけで意気揚々と世界に入った俺たちは現在、空中を落下していた。


 「おいおいおい、まずいまずすぎる、このままだと地面に叩きつけられて死ぬぞ」


 眼前に広がるだだっ広い澄み切った青空を見ながら、車内にてプチパニックを起こす俺の隣でやけに落ち着きを見せているルナは静かに口を開いた。


 「ちょっと慌てすぎよ。もしかして悠斗って高いところが苦手なの?」

 「馬鹿か、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。この状況をなんとかしないと俺たち死ぬんだぞ」

 「もう冗談が通じないわね。それじゃまずは車を解除してもらえるかしら」

 「わ、分かった」


 言われた通りに車を星剣へと戻すと、まっさらな何もない空中へと俺たちは放り出され、徐々に徐々に地上へと近づいていた。


 「言われた通り解除したけど次はどうするんだ?」

 「つ、ぎ、はこうするのよ」


 そう言うとルナは俺の腕を掴み引き寄せると背後から両手を回し──抱きしめた。

 あまりに想像を超えた出来事に一瞬思考が止まったが、自身に起きている変化に気づき息を呑み込んだ。


 「……なんで浮いてるんだ?」

 「もう、忘れたの? 私の魔法は風よ。空を飛ぶなんてお茶の子さいさいなんだから」

 「ああいや忘れてたわけじゃなくて空を飛べるとは思ってなかったんだ。にしても空を飛ぶなんて初めてだ」

 「あら、そうなのね。それで初めて空を飛んでみた感想はどう?」

 「めっちゃ気持ちいいな。景色もいいし、なんか何もかもがどうでもよく思えてくる感じがめちゃくちゃいいな」

 「そうよねそうよね。空を飛んでいるとね何もかもが小さな事のように思えて悩みも嫌な気持ちも全部吹っ飛んでいっちゃうのよね。空の良さが分かるユウトには特別にいつでも私が抱えて空へと連れて行ってあげるわ」

 「それはいいな、ぜひお願いするよ」


 と、ここまでの異常な状況とルナの楽しげな雰囲気に呑まれて完全に意識の外にあった問題が俺の頭を支配した。

 何を隠そう現在俺はルナに後ろからギュッと抱きしめられている状況だ。何が問題かというと、まず一つ目がナニとは言わないがルナのアレが俺の背中に押しつけられていることによって衣服越しでも感触が分かってしまうことだ。そして二つ目がルナの顔が俺の右肩にあるせいで話しかけられるたびに甘ったるい声が吐息が直接耳に響いて心臓に悪いってことだ。

 そのことにルナは気づいていないのか俺の耳元で興奮したように明るく声を上げた。


 「ねえ、下を見てみて森が広がっているわ。あっ、あそこには村があるわ」

 「お、おう、そうですね」

 「どうしたの? 急によそよそしくなったけど……っは、もしかして漏れそうなの?」

 「違うわ、ちょっと考え事してただけだ」


 口が裂けても『ルナのが当たっているからです』なんて言えるわけがなかった。万が一にも言ってしまったが最後、気まずくなるのは必至のことルナの中での俺の評価は最悪なことになるだろう、だが一つ言っておくとすれば俺は悪くない。

 そんな邪な気持ちを頭の隅へと追いやり改めて眼下に広がる景色を堪能する。

 雲ひとつない青空の下にはどこまで続いているのか分からない広大な森、その中にぽつんと穴が空いたかのように数々の民家が立ち並んでいる村、その全てが新鮮で感動や興奮が込み上げてくる。


 「俺たちは本当に異世界に来たんだな。森なんて生まれて初めて見たよ」

 「えっ冗談でしょ? 森なんて珍しくもないじゃない」

 「俺にとっては珍しいよ」

 「……もしかしてユウトの世界には森はなかったの?」

 「いやさすがにあるよ。けど俺は目にしたことがないだけ……本やテレビなんかで見たことはあるけど、こうして実際に見るのは初めてで本当に別の世界って感じがする」

 「そうなのね、私からしたら森なんて見慣れた光景だからかえって安心するわ」


 見慣れた光景か、俺にとってはこの世界で触れるもの感じるもの全てが初めての経験で不安だらけだな。まあそれ以上に体験してみたいという気持ちの方が強いけど。

 そんなことを考えながらぼーっと視線を彷徨わせていると、広大な森の中にぽつんと存在している村が目に入る。


 「なあ、あれって村だよな?」

 「そうだと思うけれど、もしかして村を見るのも初めて?」

 「初めてだな。俺の世界には街しかなかったし森と同じで知識として知ってるだけだな。ってことでまずはあの村に行ってみようぜ」

 「その意見には賛成なのだけど、ユウトを抱えながらだと滞空してるのがやっとなのよ。だからこのまま一回着地してから徒歩で向かうことになるわ」

 「了解、よろしく頼む」


 ──地上に降り立ち最初に感じたのは、今まで嗅いだことのない心安らぐ森の香りだった。

 その他にもコンクリートの地面とは違う不思議な足場の感触も、どこからともなく聞こえてくる生き物の声も、その全てが新鮮で自然と口角が上がってしまうほどに俺の気持ちは高揚していた。


 「ニヤニヤしているけど何か面白い物でもあったの?」

 「初めての森に感動を隠せなかっただけだよ。てかそんなにニヤついてたか?」

 「それはもう意味ありげにね。ここが森の中で良かったわね、村の中でそんなニヤケ面を晒してたら即お縄よ」

 「しょうがないだろ。俺にとっては初めての森なんだ少しぐらい顔に出たってバチは当たらないだろ」

 「楽しんで行くって決めたのだから別にいいけれど村の中では気をつけてよね。私たちの目的は観光じゃなくて闇の力を見つけ出して解決することなんだから。あまり目立った行動はとるべきじゃないの」

 「そうだな、確かにあまり浮かれてばかりじゃないよな気をつけるよ。そうだ一つ気になったんだけどこの広い世界の中でどうやって闇の力を見つけ出すんだ?」

 「そのことなら安心していいわよ、神様の力で闇の発生源の付近に着いてるはずだから。」

「マジか、神様の力凄いな」


 不完全だと言いつつも色々と出来る神様に驚愕している中『さあ行くわよ』とルナに声を掛けられ俺たちは村に向かうべく歩き出した。

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