第6話 魔法
世界の境界へと出ると、光り輝く一本の道が視界の奥まで続いていた。
俺が天界に来た時にはなかったため見た瞬間に神様の力なのだと理解した。それと同時に仮にではあるがこんなことが出来る神様を出し抜ける者が本当にいた場合、俺たちだけで対処する事が出来るのかと不安がよぎった。
「こほん、さっきは神様からのテレパシーがあったせいで聞けなかったから改めて質問させてもらうわね、ユウトの魔法を教えてくれないかしら」
「魔法? ……魔法なんて使えないぞ」
「そんなはずないわ、魔法が使えないなんて聞いたことないもの。それにこれは私たちが本当の意味で仲間になるために必要なことなの。だからよく思い出してみて、じゃないと私はユウトのことを信用できなくなる」
やけに真剣な表情でそう言うルナは、黄色の瞳で真っ直ぐ射貫くように俺を見つめ視線を逸らそうとしなかった。
それだけで、全身から冷や汗が出てきそうなのが分かり、この空気をなんとかしたいと思い、改めてルナの言う魔法について思考を巡らせる。
魔法か、確か漫画やアニメなんかでよく出てくる摩訶不思議な力のことだよな。俺も幼い頃に読んだ漫画の中に出てくる魔法に憧れたからよく知っているが、俺の世界に魔法なんて力は存在していない。あくまでも物語の中のフィクションとしての力だ……けど、もしも世界が違うことによって呼び方が変わっているとしたら?
「なあ、その魔法って生まれつき備わってる固有能力のことか?」
「その通りよ。魔法は生まれた瞬間から誰しもが持っている力。自分にとっては命の次に大事なものだから本当に信用できる人にしか教えてはならないの。だからね、これから仲間だって言うのならユウトの魔法を私に教えて」
「まあ別に隠す気は無いから教えるけど。まず俺の世界じゃあその力を魔法じゃなくて
「……そう、なのね。ユウトの世界では魔法のことをオリジンと呼んでいたのね。世界によって呼び方が違うなんて知らなかったわ」
「誤解が解けたようで何よりだ。そいじゃ改めて、絆の
「絆の再現。ユウトの魔法はとても素敵そうな力ね。私の魔法はね
人差し指をくるくると回し異能、もとい魔法を発動させたルナの指先へと風が集まり小さな渦を作り出していた。やがてそれは指先から離れ俺の顔の前までくると弾け心地よいそよ風が車内を駆け巡った。
隣で呆気にとられている俺に、人差し指を立てたままルナはにこやかに笑い静かに口を開いた。
「今度はユウトの番。ユウトの魔法はどんなことが出来るのか私に教えて」
「そのことなんだけど……実は天界に来てから魔法が使えないんだ」
「使えない? 魔法が使えなくなることなんて無いはずだけど……ねぇ、ユウトの魔法って具体的にはどういうの?」
「えっと確か……絆を紡いだ対象の魔法を使えるって病院の先生は言ってたな」
「思った通りの素敵な魔法じゃない。それにとっても便利そうね」
「いや、そこまで便利じゃない。絆を紡ぐなんて聞こえはいいけど、どうすれば絆を紡いだことになるのか全然分からないしな。それに実際に使えてたのなんて父さんと母さんの魔法だけだったし。それが天界に来てからなのかは分からないけど一切発動することが出来ないんだ」
「なるほどね。今の話を聞いてユウトの魔法が使えない原因が分かったわ。ただ、これを話せばユウトは悲しむことになるかもしれない。それでも聞きたい?」
「それでも構わない、足手まといにはなりたくないからな」
「分かったわ……それじゃ話すけど、結論から言うとユウトの魔法が使えないのはご両親が亡くなったせいね」
「やっぱりそういうことか」
「その反応を見ると、大方想像できてたってことかしら?」
「まあ、なんとなく父さん達が死んだせいかなとは思ってたけど、死んだら使えなくなる理由が分からないんだよな」
「……これも私の想像なのだけど、ユウトのご両親との間にあった絆はご両親が亡くなった時に一緒に消えてしまったんだと思うの……きっとユウトの魔法の効力は生きている者にだけ適用されるんじゃないかしら」
「なるほどな、俺の異能は現実的というか……なんか悲しい力だな。人との絆や思い、意志はたとえ死んでも無くならないはずなのにな。俺の魔法はそれを否定している……今になって理解したことを後悔してるよ」
「否定はしないけど肯定もしないわ。それでも私は人との繋がりが形となるユウトの魔法は素敵だと思うわ」
元の世界では他力本願だとか言われた魔法は、世界が違うだけで素敵だと言われる。たとえその言葉が嘘だったとしても、今の俺は間違いなくその言葉に救われた。
「それはそうと、ユウトの世界ってどんなところだったの?」
「どんなところって言われても説明しづらいな……平和なとこだったぞ。それなりに事件なんかは起きていたけど、その度にヒーローが解決してくれてな俺もヒーローになりたいって思ってたんだよな」
「平和なのはとても良いことね。そのひーろーって一体何かしら?」
「簡単に言うと、悪者をやっつける正義の味方だな。昔は自警団なんて呼ばれたりしてたらしいけど多くの人を救っていくうちにいつしか国に認められた組織になったんだ。そんなヒーローに必要なことってなんだと思う?」
「必要なこと……権力じゃないかしら」
「物騒な答えだな。まあ、確かに権力も必要だとは思うけど答えは不正解。ヒーローに必要なこと……それは信じる力だ」
「信じる力?」
「そう、他者を信じ自分を信じ貫き通す力。いつだって危険と隣り合わせのヒーローにとって信じることは何よりも大きな力となるんだ。例えば周りに味方が一人もいない絶望的な状況であっても自分の中にある信念を思い出せば誰にも負けないんだよ」
「ユウトの言っていることは分かるけれど……でも、それって結局は綺麗事っていうかただの自己暗示なんじゃないかしら?」
「まあ、言ってしまえばそうなんだけどさ。とにかく俺が言いたいのは自分のことを他人のことを信じて平和を守るヒーローみたいになりたいってこと」
少し照れくさくなり強引に話を終わらせ俺は、フロントガラス越しの世界の境界へ視線を移す……すると、視界の先に広がっていた光の道が一つの球体を指し示しているのを確認した。
「なあ、あれが神様の言ってた世界か?」
「ええそうよ。私も他の世界に入るのはこれが初めてだから少し緊張するわね」
「え? ルナは俺の世界にも来ただろ? それなのに初めてなのか?」
「……言いづらいのだけどユウトの時は私が到着した時にはすでに崩壊してしまっていたから……別の世界を見るのは初めてなの」
申し訳なさそうにしながら視線を下げるルナに、俺は大丈夫だと告げてから、今出来る精一杯の明るい口調でこう言った。
「俺の世界が滅んだのは別にルナのせいじゃないから気にするなよ。それよりもこの先に待っている俺たちのいた世界とは別の世界を──思いっきり楽しんでいこうぜ」
「ふふっ、ユウトって不思議な人ね。まだ出会ったばかりなのに笑ったり怒ったり泣いたり喜んだり感情がころころ変わる。気にするなって言ってくれてありがとう」
「礼を言うなら俺のほうさ。あの真っ暗な世界に俺を迎えに来てくれてありがとう。それとは別に一つ……ルナの前で泣いた覚えはないんだけど」
「あら、最初にあった時にわんわん泣いていたのはどこの誰かしら? 忘れたとは言わせないわよ……ふふっでも気にすることないわ、私も同じだから」
「ぐっ、確かに言われてみればそうだ完全に忘れてたぜ。はぁ、まあいいやそれで世界に入るにはどうすればいいんだ?」
「世界に入る方法はただ一つ……このまま突っ込むのよ」
「いやいやいや、待ってくれ本当にそれだけか? 神様のいる天界はちゃんと扉があっただろ?」
「それは神様の世界だからよ。他のどの世界にも入り口なんてないわ。そもそも世界に入る人がいないのだから入り口なんてあるわけないじゃない」
確かによくよく考えてみれば、本来世界の境界にいること自体がイレギュラーであり異常なのだ。世界観の移動なんて神様ですら想定していなかっただろう。
「ならこのまま突っ込むからな」
「楽しみね。早く行きましょ」
まだ見たことも経験したこともない未知の世界へと胸を高鳴らせ、俺は思い切りアクセルを踏んだ。
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