第3話 天界と神様 前編

 ゲートを潜るとそこには驚きの光景が広がっていた。周りに見える範囲は真っ暗だが一定の間隔を光輝く球体がいくつも無数に浮いている宇宙のような場所だった。

 それにも驚いたが何より一番驚愕したのが、光り輝く球体の中が観えることだ。感覚的にはシミュレーションゲームのようでそこに住んでいる人や建物などが見えるのだ。


 「なんだこれ、すげぇ綺麗だ」

 「ふふ、そうよね私も初めて見た時はとても感動したわ。この場所はね世界の境界って言って、ここから様々な世界へと行き来できるのよ」

 「世界の境界か……宇宙みたいだな」

 「うちゅうが何かは分からないけれど理解できているのならいいわ。それでねこの球体が世界なの。一つ一つに世界が広がっていて、その数は今もなお増え続けているらしいわ」

 「へえ、なんだかスケールが大きすぎてついていけないな」


 そこから約二十分の間、彼女の案内のもと世界の境界を走り続けていると、これまで見てきた球体とは明らかに違う、大きな白色の扉が視界の先へと見えてきていた。


 「なあ、まさかあれが神様のいる世界なのか?」

 「ええそうよ。天界って言って神様が生まれた世界なんだって。入ってみればすぐに分かることなんだけど一応言っておくと、この世界にはね他の世界とは違って神様しか存在しないのよ」

 「えっと、つまり人間はもちろん動物とかもいないってことか?」

 「それだけじゃなくて植物だって生えていないわ。本当に一面真っ白の世界なの」


 そうこう話ているうちに、俺たちを乗せた車は扉の前へとたどり着いていた。遠目からでは分かりずらかったが扉はとてつもなく大きく小人になったような気分だった。

 扉の前で待つこと数分、閉じていた扉はギギギと音をたてゆっくりと開き始めた。


 「さ、中に入りましょ」


 彼女の合図を受け、車を走らせ扉の中へと入ると、俺は視界に入る光景にしばらく圧倒されていた。今しがた彼女が話していた通り、視界には一面白く染まった世界が広がっている。


 「これは……確かに一面真っ白だな。俺のいた真っ黒の世界とは対極だな。空もないし今が朝なのか夜なのかも分からん……マジで何もないけどこんなところに神様はいるのか?」

 「いるわよ。それに何もないわけじゃないのよ……ほらあそこに見えるのが神様のいる宮殿よ」


 何もない真っ白の世界だと思っていた俺の前に、これまた白色で統一した宮殿が見えてきた。

 外観はとても神様が住んでいるとは思ないほど質素な作りをしており、俺は騙されているのではと疑念が頭をよぎっるほどだ。


 ──およそ三分後。宮殿にたどり着いた俺たちは車を降り宮殿の中へと足を運ぼうとしていた。


 「ちょっと待って、この車はどうすればいいんだ?」

 「出した時とは反対に、戻れ〜って頭の中で念じればいいのよ」


 車を動かしたときと同様に、両手を頭の上でヒラヒラさせ教えてくれる彼女に従い、頭の中で今度は戻れと唱えると車は光の粒子となり俺の中へと消えていった。


 宮殿の中へと入りしばらく歩くと一際開けた空間に出た。その空間は中心に椅子がある以外は何もない、円形状のホールで周りにも天井にも灯りとなるようなものは見当たらないないにも関わらず明るかった。

 何より驚いたのは椅子に腰掛けている一人の男性だ。ただ座っているだけなら気にすることはないのだが、その男性の身体は透けていたのだ。


 「えっと……幽霊?」

 「そう思うのも無理はないわね。けれどあの方が正真正銘、神様なのよ」


 意気揚々と身体の透けている男性を指差しながら彼女は神様だとそう言い放ち、呆然としている俺の手を引き神様の前へ連れて行くと、自身は神様の横へと移動しこちらへと視線を向け沈黙した。


 なすがまま神様の前に立たされた俺は、状況についていけずあまりの緊張に思考が回らず立ち尽くしている。

 身体の透けた神様と対面することおよそ五分。彼女も神様も一向に口を開こうとせずただただ静寂な状況に耐えらず俺は口を開いた。


 「あー、……そのえっと神様? でいいんですよね?」

 「うん、初めまして悠斗ゆうと。僕が神のオーディウスだ」


 ニコリと笑顔を作り微笑んでいる神様をよそに俺は動揺を隠せないでいた。それもそのはず、オーディウスと名乗った身体の透けた神は教えた覚えのない俺の名前を知っていたのだから。


 「なんで俺の名前を知ってるんだって思っているね? あははは、そんなに警戒しなくても大丈夫。心を読んでいるわけではないから安心していいよ。悠斗の名前を知っているのはね悠斗が星剣せいけんの所持者だからだよ」

 「……せいけん?」

 「星の剣と書いて星剣。悠斗が手にした光煌めく剣のことだね。星剣はとても強力で特別な物で、悪用されたら他の世界などに多大な被害が出てしまう。それを避けるために星剣を手にした者のことが分かるようにしたのさ」

 「なるほど、星剣か……教えてくれ俺の世界に一体何があったんだ」


 俺の名前を知っていたり身体が透けていたり、こんな何もない真っ白の世界に住んでいるんだ考えるまでもない紛れもなくこの人が神様なんだろう。それなら間違いなく俺の世界に何があったのかを知っているはず、それにそもそもそれを聞くためにここまでやって来たんだしな。


 「もちろん教えるよ。悠斗には知る権利がるからね……けどその前に軽く自己紹介をしようか。これから仲間になるのだしね」

 「仲間? ていうかそもそも神様は俺の名前知ってるし、神様の名前も聞いたし、今更自己紹介する意味ってあるのか?」

 「そうだね。僕は悠斗の名前を知っているけど、悠斗のことを知らない人がいることを忘れているんじゃないかな?」


 神様に言われ気づいたが、そういえばここまで一緒に来た彼女の名前を俺は知らない。

 彼女へと改めて視線を向ければ、忘れられていたのがショックだったのか、むっとほっぺを膨らませていた。


 「えっと、すまん忘れてたわけじゃないんだ。ただここまで色々ありすぎて頭から抜けてただけなんだ」

 「それって結局、忘れてたって言っているようなものじゃない……まあいいわ。それじゃ改めて、初めまして私の名前はルナ。あなたと同じ星剣の所持者よ。よろしくね」

 「ああ、よろしく。次は俺だな……麻倉悠斗あさくらゆうとだ。正直に言うと俺はまだ完全には神様たちのことを信用してない。だから神様たちの知っていることを全部教えて欲しい」

 「そうだね。まず悠斗の世界に何が起こったのかを話す前に話さなければならないことがあるんだ」


 静かに、神様の表情から笑みが消えていくにつれ周りの空気も重々しくなるのを肌で感じる。そして神様はポツリと語り始めた。


 「僕はね、この真っ白の色のない世界で生まれたんだ。何もなかったがここにいることが僕の生まれた意味なんだろうと思ってね。何も考えず永久の時をぼんやりのんびりと過ごしていたんだ。けど数億年が経過した頃だ、僕の中に退屈と言う名の感情が芽生えた。僕は神だからなんでも出来たそれこそ世界を創造することだってね」

 「ちょっちょっと待って、つまり神様が外にある世界全てを作ったってことか?」

 「結果的にはそうなるかな……まあとにかく僕は初めて世界を作ったんだ。それを外から眺めることが僕の楽しみの一つになった。その世界には人間や悪魔、天使や魔物、様々な種族が生まれ争ったり手を取り合ったりしながらみんな必死に生きていた。僕はそれがとても羨ましくなってねついその世界に入ってしまったんだ。僕が神だっていうのはすぐにバレてしまったけどみんな優しくてね、今までの退屈な暮らしより魅力的に感じて僕は天界には戻らずこの世界で生きていこうって決めたんだ」


 気づけば神様の表情に笑みが戻り、好きなことを話す子供のように楽しげに神様はその世界のことを話てくれた。


 「──やがて僕は一人の女性と出会い恋に落ちた。今では名前も顔も思い出せないけどとても魅力的な人だったのは覚えてる。僕は彼女と共に生きるため神であることを捨て人に成り下がったんだ……その時に力は僕の手から離れ世界を超えて広がり、僕の願望を体現するが如くありとあらゆる世界を創造し始めた」

 「じゃあ、今はもう神様は神様ではないってことか?」

 「当時はね。今は神の座に戻ったが当時の僕は正真正銘人間だった……彼女と共に寿命を全うし死ぬのだと思っていたんだ。けれど一部の人間たちはそれを許してはくれなかった……神である僕が人間に成ったことが許せなかったのだろうね。人間たちは僕が住んでいる家に火を放ち僕のことを取り押さえると目の前で彼女を辱め痛めつけなぶり殺した。魔女だ売女だと好き放題に彼女のことを悪く言いひどく憎んでいたよ。その後、僕も彼らに命を奪われた」


 神様は顔色を変えることなく淡々としていた。俺はそれがひどく恐ろしく感じ、同時に悲しくなった……なぜ神様はそんなことを平然と話せるのだろうか? 自分ならば絶対に怒りを抑えれないし表情や声にも出ると思う。全部神様だからと自分を納得させることは簡単だがなんかそれは違う気がした。


 「なぜ人間たちは神様の命まで奪ったんだ? 神様を信望していたのなら殺す必要はないだろ」

 「僕が神ではないからさ。当時彼らにも話したが僕に死という概念はない。肉体が滅びても魂が滅びても時間が経てば僕は復活する。だから神ではない僕を殺し、やがて神として復活する僕を待つことにしたんだろうね」

 「もう一個質問なんだが……そんな酷いことをされたのになんで神様は表情ひとつ変えずに話せるんだ? どう考えても普通じゃないってか理解できないんだが」

 「その質問に答えるためにも話を続けさせてもらうよ。命を奪われた当時の僕はそれはもう怒りや憎悪や嫌悪といった負の感情が絶え間なく無尽蔵に湧き続けてね。それとは逆に喜びや幸福感、満足感などの正の感情も同時に僕の心を満たしていった。相反する二つの感情を持ちながら僕は長い時間をかけ復活を遂げた……でも一つ異変があった。つい先ほどまであったドス黒い負の感情が僕の中からすっぽり消えたばかりか、一切負の感情を感じることが無くなったんだ。それが原因なのか僕は神でありながら神としての力も身体も持っていなかった。今見えてる僕の姿も実体じゃないから僕は君たちに触れることが出来ないんだ。これで僕の話はおしまい」


 最後にニコリと笑い『ほらね』と言いながら神様は俺へと手を伸ばしたが、その手が俺の手をつかむことはなかった。神様は復活したと言ってはいたが、今の状態は明らかに不完全。復活したとはいえないのではないのだろうかと思ってしまう。

 それに今の話を俺に聞かせる必要がどこにあったのかが分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る