終章 白と黒の永遠(1)

「ねえ、カナメさん。一ついい?」

「……なんじゃ、ミズノ」


 唐突ではあるが――、古代蜚廉文化における、白色の意味について、語ろうと思う。


「俺さ。お恥ずかしながら、こういうことするの、初めてなんだけどさ」

「儂も、そうじゃが。というか、口づけすら、お主が初めてであったが」


 蜚廉種にとって白とは、脱皮直後の、最も無防備な瞬間を暗示する。


 人型、知的生命への進化を遂げた彼らには、脱皮などという原始的な能力はとうに失われて久しいものではあるが、ある種のゲン担ぎめいて、この寓話が引用されることがあった。


「うん、その上でさ。男のプライドとかドブに投げ捨てて言わせてもらうんだけどさ。

 ――暴発すると思うんだよね、間違いなく」

「気になどせんから好きに出せばよかろう、こんの馬鹿者め……っ!」


 そう、婚姻である。


 花嫁花婿の纏う衣装として、彼らもまた白に『清楚』『純潔』『純粋』『無垢』『転生』『再誕』など様々な意味を見出していたが、しかし先述の理由から、純白のドレスや白無垢は、夫婦の晴れ舞台において、衆目に晒す色としては敢えて避けられる傾向にあった。


「……マジで? 『え? は? うわっ、お主もう出したのか早っ!?』とか言わない?」

「言う訳なかろうが! と、というか、それはそれで、むしろ嬉しいというか。

 それだけ、儂で、こ、興奮してくれたと、いうことじゃろう……」


 平たく言えば、素っ裸に等しいのである。


 ゆえに蜚廉種の結婚衣装は、あくまで白を基本としたものの、彼らの種族として象徴的な黒を始め、各々が好む色の装飾を加えることが習わしとされた。


「ねえカナメさん。天使とか女神とか超越して、その一言だけで出そうなんだけど」

「だから好きに出せばよかろうが馬鹿者め! んなこと言われても嬉しい以外に無いわ!」


 ならばそれらを取り除き真の純白、本来内包される意味へと昇華するは、夫婦がお互いに担う役割にて。その然るべき時とは『初夜』を置いて他になく。


「んでさ、ついでにもう一つ聞きたいんだけど。さっき、蜚廉種的には、ウェディングドレスから黒装飾外すのが、習わしだって言ってたじゃん」

「そう、じゃな。確かに、言ったな」


 またコレは蜚廉たちの極めて小粋な茶目っ気であるが、結婚衣裳の黒装飾などは、ほとんどの場合において白地と一体化しており、ソレだけを外すというのは大変に難しく。


「完全に縫い付けられてて、外れないんですけど。破くの? 解体するの?」

「……お主は、妻の晴れ着を台無しにするような、本物の馬鹿ではあるまい」


 ゆえに、夫婦たちが取るべき選択肢は。


 必然的に、ただ一つ。


「ねえカナメさん。……やっぱ蜚廉って、馬鹿?」

「皆まで言うな……っ!」


 すなわち蜚廉の女、須王・・カナメにとって、真の嫁入り衣装とは。


 婿、須王ミズノだけに晒す、己の全裸である。


「――コレちなみに着衣のが良いなって場合はどうしたら」

「はよ脱がさんかぁ――ッ!」


 また余談ではあるが、カナメが普段着として用いている黒ドレスの配色は、蜚廉の一般的な花嫁衣装と、ほとんど反転色のデザインとなっている。


「うん。すげえ綺麗だよ、カナメさん」

「……ひぅ」


 つまり、そういうことである。


 なおカナメは、ご多分に漏れず、純愛セッチンに激弱であったことを付け加えておく。






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