第四章 白き心と黒の魂(11)

「やはり最弱種はダメだな。染みついた雑魚根性が、一方的に見上げるばかりで。……星からすれば、地上も手の届かない場所であると、欠片も理解していない」


 遠く、心底下らないと鼻を鳴らす、誰かの声を聞く。


「お互いに手を伸ばし合ってようやく届くと? クサいですねえボルさん」


 うるせえ馬ー鹿。


 唾を吐いて、後でひっぱたくと決めて、ミズノは走る。


 再び降り立った地面の上、亀裂ばかりが刻まれた荒野を、一心に。


 遠く、指先さえ触れもしなかった光へと。


 手を、伸ばし合って。


「ミズノ」

「カナメさん」


 抱きとめた。


 小さな、けれどおっきな、やっと捕まえた、最愛の人を。


 腕の中、顔を下げれば、えへへ、と恥ずかしそうな、されど無垢な、笑顔がある。


「……カナメちゃん?」

「その呼び方だけは、本当にやめぬかあ……っ」


 両手で顔を覆って俯いてしまった。コレは効き過ぎてダメだカナメがマジで死にかねないと、しかし結果的にはミズノの胸にうずまる形になったのは役得でしかなく、


「ボロボロになっちゃったねえ、ドレス」

「……お主もな。羽も割れておるではないか。牙も、この有り様じゃ」


 ミズノの背、大剣型の鞘は、原形を留めながらも、亀裂を刀身の端から端まで走らせている。ウェディングドレスの至る箇所を焼かれ、破きほつれさせたカナメが、帯の内から引き抜いた短剣も同様だ。もはや柄に、申し訳程度の刃が付いている、という有り様。


 ギリギリの勝利だったのだ。二人して舐めたことをのたまっておきながら、結果的には。ここまでやらねば、どうにもならない相手であった。この世界を、この星を守り抜くことを、前提条件とするならば、だが。


「式前に、衣装をダメにするとはなあ……」

「どこかでまた見繕おうか。今度は二人でさ」


 見目には爽やかな、だが内心ニチャニチャした笑みを浮かべるミズノであった。己の趣味性癖にて欲望全部なる控えめに言って邪悪の極みを腹の中で捏ね繰り回していれば。


 ミズノと、カナメの、胸元から。


 淡い光が、灯る。


 指輪だ。


 自らを縛る鎖から放たれた、それぞれ楕円と円は、光を纏いながら、宙へと浮かび。


 大剣と短剣が、光の粒子に解けて、真円に収まり。


 楕円はドレスを収めた後に、軽い音を立てて、真円の形に戻った。


【PF-EX:永遠Ewigkeit、起動完了。黎明幻装Orbis Twilightaの格納および修復を開始します】


 ぽとり、と二人の手の平に、落ちる。


 それを呆然と見つめて、また、二人で目を見合わせて。


「蜚廉って、マジで馬鹿だよね」

「もはや、何も言うまい……」


 呆れた笑み。


 後に、お互いに、指輪を手の内に収め。


 どちらからともなく、差し出した左手の薬指へ、贈り合った。


 開いたり、握ったりする左手に、少々の違和。有り体に言えば窮屈な、けれど、どこまでも幸福と表現する以外に無い、硬く重いクセに外そうなどとは決して思えない、不死不滅など足元にも及ばない、この世で最もタチの悪い『呪い』に。


 えにしを、がんじがらめに結ばれた二人は、締まりのない笑顔で、見つめ合った。


「そういえばカナメさん、首尾はどうだった?」

「誰にモノを言うておる。上々じゃ」


 フン、と鼻を鳴らすカナメのドヤ顔が、帯よりまた別のものを取り出す。


 黒金の小箱だ。固く閉ざされた、開かずの封印箱。収めた者へ、永遠の眠りをもたらす、かつてカナメが求めてやまなかった、終焉の体現は、今。


「助けたんだね、あの中から」

「悪ガキを叱りつけた後に、更生の機会を与えぬのは、大人のすることではなかろう」


 外なる者の、核を抱いている。


 不敵に笑うカナメの、小箱を握る手は、僅かに震えていた。言い得ぬものが、あるだろう。全てを受け入れることなど、できないだろう。それでも、己の迷いも弱さも、目を背けずに受け入れて。過去を背負い切って、前に進むことを選んだ、カナメの在り方を。


 ミズノは、ただ、美しく思う。


「俺にも、一緒に持たせてよ。カナメさん」

「……ああ。さすがに、ちと重過ぎるからのう。手を、借りてもよいか」


 僅かな躊躇いも無く、小箱を包む小さな手に、己の手を重ねた。


 もう二度と、決して、離さぬように。


「二人ならば、何でも抱えていけよう」

「二人で抱えていこうよ、何でもさ」


 そうじゃな、そうだよ、と。


 触れ合わせた二つの輪に、永遠の願いを込めて。







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