第一章 白き人間と黒の蜚廉(3)

「あーもう負けじゃ負けじゃ! 乾杯!」

「勝ってもないけどねえ、かんぱーい」


 鼻奥に布を詰めたままふごふごと、杯を打ち付けて飲み干す。雷来亭、いつもの最奥のボックス席にて、カナメと二人で息を吐き、酒精に腹を焼いていれば、背後から、


「……実際、今日の結果はどう見るべきよ? 最終死んだのは白い馬鹿だけど」

「逆鱗以上の泣き所引っ掴まれて撤退したのは黒い方だ。ならばイーブン……?」

「でも蜚廉の連中も話してたけど、アレってケツに指三本突っ込まれるよりヤバいって」

「はあ? なんだよソレじゃあアイツら戦場のド真ん中でほとんどセッ――」


 何か言いかけた全身鎧の後頭部にジャイロかかった徳利が直撃して昏倒させた。後方の丸テーブルエリアにてグダグダと、本日の戦後処理なぞ進めている飲んだくれ共。目の前で倒れ伏す馬鹿を見下ろす青フードと黒影は、大したことでもないとまた会議に戻っていく。


 ミズノの正面、眉を立てた赤ら顔にて息を荒げ、投擲の残心を置いてテーブルから足を下すカナメへ、まあまあと手を振る。


「いやあゴメンねえ。昨日ふざけてカナメさんの尻触ろうとしたとか」

「触るどころかスカートに頭突っ込んできたレベルだったがな!」


 理由は尾角である。酷い話だ。ちょろっと話に出て興味本位だったらしい。言い訳はしない。きっと本心だったと思うからだ。記憶が飛んでなおつい触りに行ったのだから間違いない。それほど魅力的だったのだ。


 一人でうんうんと頷いていれば、カナメのジト目が刺さったので早々に思考を止めておく。彼女の名誉のためである。本心では睨まれていたいと思ったのは言うまでもない。


「本当に、全部忘れとるのか。昨日のこと」

「え? 俺他にもなんかやらかした?」

「別に。思い出さんでよいわ」


 絶対によくない話だなとは思いつつ、そっぽ向いたカナメの左頬が僅かに膨らんでいたので、追及は止めておいた。楽しい食事にわざわざ水を差すこともあるまい。


 そんなこんなでグダグダとしていれば、横から串焼きの皿が置かれた。メリィである。なぜだろうか、言っても無駄だろうなという顔で、トレーを胸に抱えつつ、


致す・・なら上の部屋か他の店に行ってくださいね。酔っ払い共がうるさいので」

「致す言うな……! つうか気にするのは当事者じゃなく野次馬の方か!?」

「ゴメンゴメン。ほら、カナメさんも食べて食べて。コレ美味しいよ?」

「お主は……、この流れでそんな誤魔化しが通るとでも……、いや、美味いなコレ……」


 誤魔化せたようだ。ぶつ切りにされたヘビのような、細かったり太かったりの肉を横並びに通した串を、カナメは不承不承ながらもコリコリと齧っていく。


「何かの尻尾、いやタコか何かか? しかし軟骨のような、妙に歯応えのある……」

「触手だけど」

「ごっぱあ」


 吹き出した。ゴッホゴッホとむせ返るカナメにお冷を差し出せばひったくられ、一息に飲み干す。テーブルにグラスを叩きつけ、赤ら顔で眉を立てるカナメに、ミズノはメリィと二人、いやいやと真面目腐って手を振る。


「ここら辺のメジャー食だよ。中央大陸で畜産が廃れたほどの」

「主食なのか!? 触手が!? つかそもそも触手ってなんじゃ何の肉じゃ!?」

「折に触れて生えるんですよねえ。今日も店の裏手にうじゃうじゃと」

「地面から生えるのか肉が!? それは本当に肉なのか!?」

「生け捕りにして掘り返したら、根っこに植物の種みたいのがあったんだっけ」

「胚と子葉だけあって無胚乳種子だと言われてますね。でも種皮に金属光沢があるんですよ」

「肉なのか草なのかかねなのかハッキリせんかあああああああ――ッ!」


 メリィと並んで肩をすくめ、両の手を広げればカナメが額に青筋立てていたが、構わず串を頬張り酒を流し込んでいれば、早々に諦めて食事に戻っていった。


「……実際美味いのが、何とも腹立たしいのう」

「だよねえ、しかも飽きないんだわコレが」


 頬を膨らませてもくもくと触手を噛むカナメに、うんうんと頷く。有象無象の異種族たちが飢えない程度に地面から生えてくる。味は良くて飽きが来ないし、中毒性もない。タレで焼いても塩で焼いても酒のツマミになる。食す理由には十分過ぎて、もはや誰も疑問に思わない。


「ここ最近は妙に育ちがいいみたいでさ。カナメさん……、再生の女神が目覚めたからとか言われてるんだけど、何か知ってる?」

「知っていれば余計に口を噤んだじゃろうな。関係者とも思われたくないわ」


 カナメはヘソ曲げたような面持ちでぷんすこしているが、まあ何はともあれ美味しそうに食べてくれるのだ。他を置いても、それだけのことにホクホクと頬を綻ばせる。隣ではメリィが舌を出し「糖分過多ですぅ」と手を振りながら去っていく。


 その背を半目で見送ったカナメが「全く」と息を吐いた。


「本当に……、お主の趣味が分からん。なぜ儂なぞにそこまで執着する? 見てくれこんなでも相当のババアじゃぞ? つーか、そもそもゴキブリじゃぞ? 儂の時代ならいざ知らず、今にすればただの害虫じゃろうが」

「ロリでババアとか萌え要素並べて何言ってんのさ。ゴキだって何となく気分が悪いってだけで実害ほとんど無いよ。勝手に家に住み着いて勝手に増えるだけ」

「萌え言うな。というか、野生におうて領域侵犯は死罪ではないか……?」


 さもありなん。民家におけるゴキブリ駆除理由の大半だろう。そも虫が自分家じぶんちの床なり壁なり這っていれば誰しも叩き潰したくなるものだ。そんなことを考えつつ、触手をコリコリやって、酒と共に流し込み、


「旦那が嫁さん愛するのも、守りたいって思うのも、当たり前でしょ」





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