第4話

朝、僕は目を覚ました。

 焚き火は消えかけていて、もうすでに空はしらんでいた。

 僕はセルフ簀巻きのレイを起こさないように小川へ降りた。雪解け水が流れる小川の畔で朝のルーティンを終わらせたとき、レイが起きてきた。いなくなったと思ったと抱きついてきた。ときどき子供になる。捨てられたことが、今でもどこかに残り火のように残っているのだ。

 レイもルーティンを終えた。

「ここは来たことあるかも」

「こんなところへ?」

 レイは茂みを見つめていた。

「この前の道を山越えしたら村があるはず。ご飯、シンはどう?」

「まともなの食えるかな」

 僕は荷物をリュックに詰めた。食料が減っただけ、荷物も軽くなった。心細さは増えた。そして革帯を巻いてハンドアックスをホルスターに差し込んで、夏の外套を羽織った。風は通るが、日差しは避けてくれる外套だった。どうも角の獣の毛を編んで作られているようだ。

 レイの日除けの外套の首からはロングソードが飛び出していた。長さの割には軽いが、それなりの重さがあるが、それでもレイは持つのだと頑なに言った。じいさんとどっちがいいかということで、ばあさんがマシだと決めた。どうも僕には女王の剣は持たせたくないらしい。

 嫉妬か?

 僕たちは峠を越えた。飲めそうな湧き水を手ですくい飲んでみた。雪解け水とは違って、少しやわらかさを感じた。生ぬるいからかもしれなかった。峠を下ると、僕たちは麦畑が広がる小さな村へと着いた。

 なかなかハードでした。

 道に迷ったたときは、川沿いに歩いてはいけない。こういうとき川沿いに行くと、とんでもないことになる。断崖や滝に道を阻まれるてしまえば戻るしかない。登れたところなのに降りられなくなることもあるし、また逆もあるので命に関わるのだ。遭難しても川を歩いてはいけない。僕たちは雑草が茂る獣道を上がった。そして下った。僕はレイが垂れた枝に剣を引っ掛けて倒されそうになるのを抱き留めた。そのたびにレイは剣を捨てそうになる。

 もしどこかに隠すとして、そんなころなんてあるんだろうか。いざこうして探してみると難しいもんだなと感じた。海賊や山賊の隠し財宝があるならば、たぶん同じようなところになるはずだ。

 僕たち三つ辻󠄀に出た。左へ行けば麦畑のある村、右は山へと続いていた。レイは左の道を選んだ。僕は着いていくだけだ。考えないで歩くのは楽だ。

「ここはコロブツまでへの真ん中くらい。村を抜けたら、また北の街道に出ることもできるし。意外に人が多いところだよ。湖の畔にある」

「何で知ってるの?」

「おまえが塔でイチャイチャしてるときに行った。塔の街よりは小さいけど、そこそこの大きさみたい」

 まだフィリのことを根に持っているのか。ちゃんと話したのに。納得してくれたわけではないのか。

「知ってるんなら初めから話してくれればよかったのに」

「あんまり寄りたくない」

 レイは簡単に答えた。僕たち麦畑と水路に沿った道から外れて、村の広場へと入った。いくつかの筋が交差していて、ぬかるみのある通りには木造二階建ての建物が並んでいた。ここがメインストリートだ。食堂や宿泊、酒場、鋳掛屋などが揃っているのを見ていると、少しは豊かな村だなと思った。

「ここだ」

 レイはメインストリートから二つほど逸れたところに二階建ての食堂を見つけた。軒下では老人がテーブルの上のカップを前にパイプを蒸していた。食堂は背の高い窓からの自然の採光のみで、客もまばらだった。レイは真ん中の頼りないテーブルに就いた。僕はテーブルの下に荷物を降ろした。若いウェイトレスが木製のメニューを持って来た。少し細すぎるかなという女の子で、いらっしゃいの声も弱々しい。レイはメニューを見つめていた。ウェイトレスは、レイの顔を覗き込んだ。

「レイ様ですよね?」

「覚えてくれてた?」

「もちろんです。働けるくらいになれました。レイ様がお水を工面してくれたおかげで、こうして村も蘇りました。畑見てくれましたか?」

「見たよ。種籾使えてよかった」

 僕は首を傾げた。

 娘はえくぼを浮かべた。

「体の具合はどう?」

「少しずつですけど、お店を手伝えるようになってきました。畑はまだですけどね。人も少しずつ戻ってきてます。兄も出稼ぎから戻ってくると聞きました」

「街道は近い?」

 僕が尋ねると、ようやく娘は僕の存在に気づいた。一緒にテーブルに向き合っているのに、失礼だ。

「ひょっとして王子様ですか」

「そう見えるかな」

 話しかけるまで気づかれない王子様なんてうれしくも何ともない。

 レイは板のメニューを渡してきた。そして字が読めないと、僕だけに聞こえるように言った。僕は料理の内容がわからないと返した。

 結局おすすめを頼んだ。

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