第5話

「やっぱり温かい食べ物はいい」

 部屋に戻った僕は固いベッドに横たわった。ランプを灯さず、レイは窓の蔀を上げて、外の様子をうかがっていた。月の光が彼女の珍しく真剣な表情を照らした。

「まだいる」

「気にしない気にしない。消える呪術はどうしたらできるの?」

「消えろと念じる」

「呪文とか」

「ない」窓際に隠れて答えた。「消えているところを想像する」

 彼女の存在は世界の呪術使いを根底から否定いた。しかし例えばモンスターがいるとして、あれらは呪文なんて使わない。要するにレイはモンスターということか。

「とすると……」

 僕は言いかけてやめた。レイの想像力次第では、僕を元の世界へ戻してくれるのではないか。どこの世界へ行かされるかわからない。生きていられるかも怪しい。

「どうする?」

 レイが尋ねてきた。僕としては厄介は背負い込みたくない。

「関わるの面倒だよ」

 僕は腰の傷が疼いたので、うつ伏せになると、そのまま寝た。弱いところに疲れが溜まるようだ。

「治癒しようか」

 不意にシャツをめくられた。そんなやり取りをしたようなしていないような記憶があるまま眠った。

 

 翌朝、見知らぬ三人が縄でぐるぐる巻きにされていた。目を覚まして廊下に出て、隅の台に手水を入れた桶で朝のルーティンをした。

「誰だよ」

「鬱陶しいから捕まえた」

 レイが桶を持って階段を上がってきたところだった。レイが持ってきたのを勝手に使ってしまった。

「いいよ。どうせシンのも持ってきてるから」

 レイは枝歯ブラシをくわえながら答えた。昨夜は「どうする?」と尋ねておいて、結局はしたいようにしたんだな。よく殺されずに済んだもんだ。ん?まさか死んでる?

 僕は覗き込んだ。

 生きてはいる様子だ。

「不意打ち食らわせたの」

「で、結局は誰だ」

「知らない」

 知らない人に不意打ち食らわせるなんて、相手からすれば通り魔と同じだね。まあ、コソコソしていた連中も悪いんだけど。でもなぜわざわざここまで連れてきたんだ。

「何か聞くことあるかなと」

「僕は別に」

「わたしも」

「ところで今から出立して、いつくらいにコロブツに着けるの」

「北街道なら三日くらいかな」

「街道以外行く気にもなれないんだけどさ」

「よく考えてみてよ」

「まさかレイにそんなセリフ言われると思わなかった。そうだね。レイはお尋ね者だもんな」

「シンもだ」

「北街道はやめておくとして、峠越えで行くか。待てよ。どうせ追いかけられるんならどこでも同じか」

「街道で追われれば違うところへ逃げればいい。逆はできない」

 レイは向かいの窓の外に口をすすいだ水を吐いた。二階から皆が同じようにするらしく、窓の縁は汚れていた。他に捨てようがないんだからしようがない。ではそろそろ旅仕度をして、下で朝食でも食べることにしようかな。と思ったが、嫌でも三人が目に入ってきた。目を覚ました三人がフガフガと騒いだ。浅黒い肌、濃い目鼻立ち、手は厚く、短いズボンのふくらはぎは細い。察するところお百性さんだ。

「お百姓さんだね」

 三人は頷いた。

 僕は部屋に戻ると、旅の装束に着替えた。ちょうどレイがベッドに腰を掛けてショートブーツの紐を締めていたところだった。じっと見上げるように見つめていたので、何かおかしいところあるかと聞いた。すると何でもない素っ気なく答えて外に出た。何だろ。着替え終えて廊下に出ると、レイが待っていた。

「本当に奴隷してたんだな」

「まあ」

 改めて言われると、何て答えればいいのか困る。

「背中の傷……」

「僕には見えないからね」

「わたしには見える」

 階段を降りかけたところで、三人が転がるようにやって来て、猿ぐつわ越しに何やら叫んでいた。僕は顎に髭をはやした彼の猿ぐつわを解いてやった。わざわざ連れてきて放っておくのもどうかと考えた。

「静かにね」

「おめえらコロブツに行くのけ」

 耳がキンッとした。思わずレイがやかましい!と髭面の頭をはたいた。もう一度猿ぐつわをするか。

「待て待て待て!」

「うるさいなあ」と僕。

「百姓の地声だで」

「それでも加減くらいできるだろうがっ。朝っぱらから」

 レイが怒鳴った。

 どっちもうるさい。

「コロブツに何しに行くだ。わしらはコロブツから来た」

「教会を知ってるのか」とレイ。

「聖女様のところか。それなら知ってるも何もねえ。わしら信者だ」

 僕とレイは互いを見合わせた。

「聖女様に何か用か」

「お祓いしてもらうんだ」

「呪いの道具か」

 また僕とレイは互いを見た。ようやく聞いてもいいかなという気持ちが湧いてきた。立ち話も他の客に迷惑になるし、下で話そうということになり、三人を解放した。

「妙なマネしたら殺すぞ」

 レイが脅した。妙なマネできるくらいなら、こんなところにいないと答えた。確かに合っている。

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