第3話 依頼と水

「やっぱり温かい食べ物はいい」

 部屋に戻った僕は固いベッドに横たわった。ランプを灯さず、レイは窓の蔀を上げて、外の様子をうかがっていた。月の光が彼女の珍しく真剣な表情を照らした。

「まだいる」

「気にしない気にしない。消える呪術はどうしたらできるの?」

「消えろと念じる」

「呪文とか」

「ない。消えているところを想像する」

 彼女の存在は世界の呪術使いを根底から否定いた。しかし例えばモンスターがいるとして、あれらは呪文なんて使わない。要するにレイはモンスターということか。

「とすると……」

 僕は言いかけてやめた。レイの想像力次第では、僕を元の世界へ戻してくれるのではないか。どこの世界へ行かされるかわからない。生きていられるかも怪しい。

「どうする?」

 レイが尋ねてきた。僕としては厄介は背負い込みたくない。

「関わるの面倒だよ」

 僕は腰の傷が疼いたので、うつ伏せになると、そのまま寝た。弱いところに疲れが溜まるようだ。

「ヒーリングする?」

「できるの?」

「治れ治れ」

「遠慮する」

 不意にシャツをめくった。

「何だよ」

「いや」

 そんなやり取りをしたようなしていないような記憶がある。

 

 翌朝、見知らぬ三人が縄でぐるぐる巻きにされていた。目を覚まして廊下に出て、隅の台に手水を入れた桶で朝のルーティンをした。

「誰だ?」

「鬱陶しいから捕まえた」

 レイが桶を持って階段を上がってきたところだった。レイが持ってきたのを勝手に使ってしまった。

「いいよ。どうせシンのも持ってきてるから」

 レイは枝歯ブラシをくわえながら答えた。昨夜は「どうする?」と尋ねておいて、結局はしたいようにしたんだな。よく殺されずに済んだもんだ。ん?まさか死んでる?

 僕は覗き込んだ。

 生きてはいる様子だ。

「不意打ち食らわせたの」

「で、結局は誰?」

「知らない」

 知らない人に不意打ち食らわせるなんて、相手からすれば通り魔と同じだね。まあ、コソコソしていた連中も悪いんだけど。でもなぜわざわざここまで連れてきたんだ。

「何か聞くことあるかなと」

「僕は別に」

「わたしも」

「ところで今から出立して、いつくらいにコロブツに着けるの?」

「北街道なら三日くらいかな」

「街道以外行く気にもなれないんだけどさ」

「よく考えてみてよ」

「まさかレイにそんなセリフ言われると思わなかった。そうだね。レイはお尋ね者だもんな」

「シンもだ」

「北街道はやめておくとして、峠越えで行くか。待てよ。どうせ追いかけられるんならどこでも同じか」

「街道で追われれば違うところへ逃げればいい。逆はできない」

「偉い!」

「おう!」

 レイは向かいの窓の外に口をすすいだ水を吐いた。二階から皆が同じようにするらしく、窓の縁は汚れていた。他に捨てようがないんだからしようがない。ではそろそろ旅仕度をして、下で朝食でも食べることにしようかな。と思ったが、嫌でも三人が目に入ってきた。目を覚ました三人がフガフガと騒いだ。浅黒い肌、濃い目鼻立ち、手は厚く、短いズボンのふくらはぎは細い。察するところお百性さんだ。

「お百姓さんだね?」

 三人は頷いた。

 僕は部屋に戻ると、旅の装束に着替えた。ちょうどレイがベッドに腰を掛けてショートブーツの紐を締めていたところだった。

「どうするの?」

「ほっとく」

「だね」

 僕は着替えた。じっとレイが見つめていたので、何だ?と聞いた。すると何でもない素っ気なく答えて外に出た。何だろ。着替え終えて廊下に出ると、レイが待っていた。

「シン」

「ん?」

「本当に奴隷してたんだな」

「まあ」

 改めて言われると、何て答えればいいのか困る。

「どうした急に」

「背中の傷……」

「僕には見えないからね」

「わたしには見える」

 階段を降りかけたところで、三人が転がるようにやって来て、猿ぐつわ越しに何やら叫んでいた。僕は顎に髭をはやした彼の猿ぐつわを解いてやった。わざわざ連れてきて放っておくのもどうかと考えた。

「静かにね」

「おめえらコロブツに行くのけ!」

 耳がキンッとした。思わずレイがやかましい!と髭面の頭をはたいた。もう一度猿ぐつわをするか。

「待て待て待て!」

「うるさいなあ」と、僕。

「百姓の地声だで」

「それでも加減くらいできるだろうがっ!朝っぱらから!」

 レイが怒鳴った。

 どっちもうるさい。

「コロブツに何しに行くだ?」

「おまえには関係ない」と、レイ。

「わしらはコロブツから来た。おまえらより詳しい」

「教会を知ってる?」

「聖女様のところか?それなら知ってるも何もねえ。わしら信者だ」

「お?」

 僕とレイは互いを見合わせた。

「聖女様に何か用か?」

「お祓いしてもらうんだ」

「呪いの道具か?」

「お?」

 また僕とレイは互いを見た。ようやく聞いてもいいかなという気持ちが湧いてきた。立ち話も他の客に迷惑になるし、下で話そうということになり、三人を解放した。

「妙なマネしたら殺すぞ」

 レイが脅した。妙なマネできるくらいなら、こんなところにいないと答えた。確かに合っている。


 僕とレイは朝食を食べた。

 乾燥したパン、汚い皿には煮豆に乾燥肉をほぐしたものが混ぜられていた。三人はテーブルを挟んで何も頼まないので食べにくい。

「何も食べないの?」

「わしら銭っこねえで」

「いつから食べてないの?」

 レイは食べていた。どうやら気にならないようだ。三日ほど食べてないと答えると、凄いねと感心していた。僕は溜息を吐いた。そんなことを言われて、目の前にいられれば食べさせてやるしかないし。

「いいんだか?」

「まあ、情報料だね」

 僕が答えきる前に、三人は一気に食べ始めた。むさぼるとはこのことだ。食べ終わるまで話せないなと思いながら、僕たちも食べた。

 ようやく、

「そろそろ話せるかな」

「もう一つもらってええだか?」

「まず話しだよ。後で……」

「すみませーん、もう一つくださーい」

 レイが頼んだ。

 おまえかいっ!

 「呪われた道具はお祓いしてもらわないといけないで」

 おお、話が通じるぞ。コロブツの教会に聖なる地に関する絵があると話した。だから行くとわかる。

「お祓いについては、今の院長様が詳しいんです。というか、前の人はお祓いはできませんで、本部へ代参してくれてました」

「シン!」

「よし!俄然やる気が出てきた」

「シン、代参だよ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「あ?」と、僕。

「今度はわしらの話だな」

「はあ」

 テンションが緩んだ。

 そうだ。彼らの話を聞かなければならないんだった。

「わしはウロム村のカムと言います。コロブツの湖の日が昇る側で百性してますだ。この二人も村の連中です」

 レイは新しく来た皿を食べ始めた。まったく興味ないらしい。それは僕も同じだが、人としては聞かないわけにはいかない。

「わしらは強い人を探すために来ました。塔の街に来たら強い人がいると考えたんです。湖の北周りの定期舟でコロブツまで行き、そこから街道沿いに歩いて街まで来ました。塔の街で十日くらいいました。探しても探せるもんじゃねえとわかるまで二日もいりませんでした。でも何も持たずに帰るわけにはいかねと探しました。口入屋なんてところにも聞きましたけんどダメでした。帰るしかないと諦めていたときです」

 僕はレイの皿から豆粒を摘んで口に入れた。レイは下唇を噛んで抗議した。背を向けて食べ始めた。

「聞いてくだせえ!」

 カムがテーブルを叩いた。一斉に他の客が見た。僕はちゃんと聞いているからと宥めた。気を落ち着けたカムは萎んだかのようになった。

「塔の街でとんでもねえことが起きたんです。何だと思いますか?」

「さあ?」

 僕が答えると、レイの背中が必死で笑いを堪えていた。これはあれしかない展開だ。しかし皆が皆、白亜の塔に関心を持つわけではない。

「推量というもんもあるで、何となくでも答えてみてください」

「塔のことに関係ある?」

「皆、どこでも知らんもんはおらんのですな。わしらの前で白亜の塔が潰れたんです。ちょうどわしらは街を去ろうという日でした。かつて国王様が死んだ人への救済としてお造りになられた塔が潰れたんです!」

 そんな意味で造ったのか。もっと違っていた気がする。

「魂の塔とも言われる塔が!聖なる塔が!潰れたんです!誰があんなひどいことをしたんだ!」

「ごめん。もう少し静かに」

「すんません。わしは怖ろしうなりました。わしらの未来が見透かされているように思えたんです」

「何で?」

「聞いてくれますか!」

「聞いてるし、聞くから」

 僕は慌てて制した。

「で、強い人を探してどうするんですか?まさか盗賊から村を守ってくれと頼むとか?」

「領主様が守ってくれます」

「これから七人くらい集めるのかと思いましたよ。どうぞ続きを」

「わしらは領主様を倒してもらいたいんです」

「は?」

 さすがにレイも相手を見た。どういうことだ。村を盗賊から守ってくれる領主を倒してくれとは。

「昔からわしらの村は領主様の水を管理することで、土地を貸してもらうようになってました」

「そうですか」

 他に答えようもない。

「でも、ある日から水が漏れていたんです。水路が詰まったとかそんなことではないんです。何者かが打ち捨てられた村の堰を壊したんです」

 カムが声を潜めた。

「ここに流れとる水は、元々はわしらが扱うとった水です。今ここで麦が育つのはわしらの水があるからです。ここの収獲の少しは寄越せと言いたいくらいです。何とかしてくれるように訴えたら、納める年貢を引き上げる約束をせいと。これ以上年貢は渡せねえし、黙っていれば飢え死にするだけだし。おらたちは出稼ぎにでも行くがなあ。そんな土地に子供たちの未来はないんです」

 僕はレイを見た。背を向けてチマチマと豆を摘んでいた。何のことはない隠したいことでもあるのが見えている。

「で、何であんたらは僕たちが強い人だとわかったんだ?」

「わかりません」

「あ、そう」恥ずかしい。

「手ぶらで帰るわけにはいかないと話していたら、街のところをコソコソ出てきたあんたらを見つけたんです。お嬢さんは背中に剣を担いでました。だから剣の人だと」

 ほらね。市門から堂々と出てくればよかったんだ。これは半分はアラのせいだ。

「何とかしてもらえるんじゃねえかと話しているうちに捕まえられてしまいました。気がついたら朝でした」

「まあ、でも僕たちに領主を倒すとかできないよ。どんな領主か知らないけど。いくら強くてもたった二人でどうするんだ」

「二人じゃね。他の村でも同じように探してるだ。それにわしらも戦いますで。村も抵抗できるんだぞと訴えれば、領主様も少しは考えてくれるはずだで」

 ちょっと甘くないか?権力者たるものそんなことで相手の言うことなんて聞かないぞ。聞いてれば権力者になれてないと思うけどな。

「領主とやらは強いのか」

 レイは尋ねた。

「不死身の騎士団がいると噂されてます」

「数は?」

「わかりません」

「何とかできるかもしれない」 

 何を聞いていて、何とかできるかもしれないと考えた?僕とレイの耳は違うことを聞いていたのか?

「おまえたちは水が自由に使えればいいんだな?」

「まあ、早い話はそうです」

「待て」

 僕は話を止めた。彼女は何も理解していない。これはそんな単純な話ではない。水や何かの権利に関わることはすべきではない。レイの考えはこうだ。水の権利を独占する領主が悪い。そもそも堰なんてあるのが悪い。水は上から下へ流れる。

「タダ働きなわけない」レイは交渉し始めた。「いくらだ?」

 やめようよ。

 三人の相談が漏れ聞こえた。目の前でしているのだから、嫌でも聞こえてくる。この二人で領主に勝てるわけがない。いくら何でも小娘と薄汚い野郎だ。剣を持ってはいるものの、どこの馬の骨ともわからんのだからアテにしてはいけないんじゃないかなど。

 腹立つ奴らだな。

「シン、落ち着け」

「おまえに言われるのがいちばん腹立つわ」

 領主を怯ませるには、二人ではムリだ。もっといる。後十人くらい腕に覚えのある者がいる。一人頭銀一枚だと、他の村の連中はどれくらい集められているのか。

「後の十人も一緒に探すの?」

「いや。それはコロブツの教会で待ち合わせになっとります」

「代参もいる?」と、僕。

「教会で尋ねてください」

 どの道、教会へは行かなければいけないのか。

「この剣いる?」

 アラは呪具については、相手を巻き込むようなことは言うべきではないと話していた。

「へ?」

「この剣があれば戦える。僕たちはこの剣はいらないし」

「わしらではなあ」

 三人は顔を見合わせた。

「剣士じゃねえから、剣をもらっても使いこなせねしなあ」

 僕たちも剣士ではない。

 僕は教会は皆が領主様を追い出すことを知っているのかと尋ねた。教会に相談しているらしい。

「教会で話してもいいんだね」

「院長様には」

「いつ集合?」と、レイ。

 ここで教会に行くという意見は一致しているが、問題は僕とレイの目的が違っていることだ。僕は呪具を預けるため、レイの目的は何だ。

「次の麦を撒く前です。だからこれから十日くらい後です。おらたちガ遅れるかもしれません。銀はそのときにお支払いします」

「待ってればいいんだね」

「しかしこんなべっぴんなお嬢さんが剣士だとはな」

 カムは二人に話した。ある意味凄い錬金術だ。確かに僕もレイは美しいと思うが、その美しさでも補いきれないほどのことをしてくれる。

「領主様にお供えしたら、堰の一つや二つくらい任せてくれるんじゃないの?」

 僕が捨てるように言うと、レイは見開いた目に一杯の涙を溜めた。

「冗談だよ、冗談」

「捨てない?」

「捨てない捨てない」

 トラウマ級だな。もう少し自己肯定感があってもいいと思うぞ。

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