第3話

 扱いがひどいよな。

 愚痴は言いたくないけど、なぜコソコソ出ていかなければならないのだろうか。街の出入口である市門では、毎日たくさんの人や物が行き来しているというのに、なぜか僕たちは秘密の出入口から追い出されるように出なければいけなかった。

 三日ほど、山脈沿いに歩いた。

 山脈の頂には、まだ雪が残っていた。雪解け水が塔の街へと流れ、冷たい風を運んで来ていた。ときどきある道はほとんどがぬかるんでいて、人が通るのには、後一ヶ月ほどかかるのではないかと思った。

 久々に野宿生活だ。

 麻の外套を身につけているが、夜は少し寒いので布団の代わりに革の外套を取り出して、焚き火を焚いた。そして乾燥肉をとパン、少しの葡萄酒を飲んで食いつないだ。モグモグしていると、無心になれるような気がした。もちろん二人とも精神修行などする性格ではない。

「いいように追い出されたな」

「帰る?シンが帰りたいんならわたしはいいよ」

「剣のこともあるしね。ほとぼりが冷めるまで旅をするかな」

「わたしは旅は好きだし」

「そう?」

「シンとなら楽しい」 

 僕は火の勢いを調節して、革の外套で寝床を準備すると、レイは隣に入ってきた。腕にしがみつくように寝るのは、前から変わらない。

「星がきれいだ。この世界は丸いのかな」

「丸いよ。まさか端っこは滝になってるとか思ってた?」

「なってないのか」

「真ん丸だよ。玉んこの真ん中には大きな蛇が棲んでいて、それがグルグルと動いてるんだよ。だから蛇がぶつからないように世界は丸い」

 レイは眠そうに話した。

「僕はこんな剣なんてのはいらないんだよね。さっさと捨てたいよ」

「いらないの?ハンドアックスよりも攻撃力が上がるよ」

「興味ない。それにいったい何を攻撃するんだ?」

「敵」

「敵なんていない」

「作るとか」

 レイは一つあくびをして、すぐに寝息を立てていた。僕は小さな火が爆ぜる音を聞きながら眠りに就いた。翌朝までぐっすり眠った。あれやこれやで疲れているのか。レイはすでに朝食を準備していた。

 剣について二人で共有していることは、こんな面倒なものはさっさと手放してしまいたいということだ。

 売るとして、どこで売る?

 塔の街で売るのは、アラの言うように買い手の問題でなかなか難しいだろう。こちらとしては買ってくれるんなら誰でもいいのだが、買えば確実に捕まるし、厄災まで背負い込むかもしれないものを買う商人はいない。では単純に置いておくというのはどうだろうか。しかし塔の街から離れていた方がいいのでは?ということなので、しばらく旅を続けることにした。結局、コロブツの教会へ行くことが早いという、何とも当然の結論に至った。いつもの料理屋で迷いに迷って、いつものオススメ料理を注文するようなもんだ。

 白塔の街とコロブツの間は山脈の麓にある北の街道を通るのが一番早いらしいのだが、白亜の塔の犯人について情報が流れるのも一番早いだろうということで、僕たちは街道を渡り、もう少し南にあるルートを歩くことにした。街道ほど軍隊が通れるように真っすぐ整備されているというわけではないが、それなりに主要道の役割は果たしていた。峠越えもあるので、日にちにして三日ほど多くかかるのだが、ボチボチと旅をするのもいいもんだ。何より順調に街から離れていることがいい。

「埋めるというのはどう?」

 レイが提案した。

「いいかも。そもそも世界の難儀に関わるかもしれないんなら、人の目に触れないところに隠せばいい」

「そうしよう!」

 しかしいざどこに埋めるかと考えていると、道沿いはマズイということになったので、よせばいいのに人里離れた山へと入ることにした。

「盗人の発想だな」

「盗人もした。失敗したけど」

「学校でのことか」

「うまくいくと思ったんだけどね」

「寝たからなあ」

 僕たちは道から離れ、川沿いに出た。雪解けの水は夏前でも冷たかった。河原で野宿をしたが、魚などいそうにもやかったので、乾燥肉と乾いたパンを川の水で流し込んだ。

「厄介払いも大変だよね。こんな剣なんて欲しい人いるのかな」

 レイは焚き火に枝をくべた。

「人それぞれだから、必要としているところには欲しい人もいるんじゃいの。でも世界の存亡を背負わされるってのは勘弁してほしい」

「隠しても変わらないよ?逆に隠してた方が、もし世界の存亡とやらのときに困らない?」

「どうして?」

「剣が必要なときどこにあるかわからないまま世界が滅びるとか」

「それはそれで選ばれし者が見つけるんじゃないかな」

 僕は剣とともに世界のために戦うぞという気にはなれない。

「レイは?」

「世界なんてどうでもいい」

 そう言うだろうと思った。街で穏やかに暮らしたいのか。たまに食べ歩きの旅に出て、いろんなことを経験したいくらいだろう。

「レイなんて嫌々旅に出されたんだもんね。村で暮らしたいだろ?」

「旅は好きだよ」

「そう?」

「今はね。楽しいもん」

「いつから?」

「追いかけられたときから」

 あのときか。レイのせいで角の獣に追いかけられたなあ。今から思えばできることじゃないことした。

「ゲラゲラ笑ってたね」

「シンも覚えてるんだ?」

「忘れるもんか」

 僕たちは寝ることにした。冷えてくる前に眠ってておかないと、まったく眠れなくなることもある。夜に目を覚ますくらいはいいが、眠れないまま朝まで起きているのはつらい。

 

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