第2話 深山
扱いがひどいよな。
愚痴は言いたくないけど、なぜコソコソ出ていかなければならないのだろうか。街の出入口である市門では、毎日たくさんの人や物が行き来しているというのに、なぜか僕たちは秘密の出入口から追い出されるように出なければいけなかった。
三日ほど、山脈沿いに歩いた。
山脈の頂には、まだ雪が残っていた。雪解け水が塔の街へと流れ、冷たい風を運んで来ていた。ときどきある道はほとんどがぬかるんでいて、人が通るのには、後一ヶ月ほどかかるのではないかと思った。
久々に野宿生活だ。
麻の外套を身につけているが、夜は少し寒いので布団の代わりに革の外套を取り出して、焚き火を焚いた。そして乾燥肉をとパン、少しの葡萄酒を飲んで食いつないだ。モグモグしていると、無心になれるような気がした。もちろん二人とも精神修行などする性格ではない。
「いいように追い出されたな」
「帰る?シンが帰りたいんならわたしはいいよ」
「剣のこともあるしね。ほとぼりが冷めるまで旅をするかな」
「わたしは旅は好きだし」
「そう?」
「シンとなら楽しい」
僕は火の勢いを調節して、革の外套で寝床を準備すると、レイは隣に入ってきた。腕にしがみつくように寝るのは、前から変わらない。
「星がきれいだ。この世界は丸いのかな」
「丸いよ。まさか端っこは滝になってるとか思ってた?」
「なってないのか」
「真ん丸だよ。玉んこの真ん中には大きな蛇が棲んでいて、それがグルグルと動いてるんだよ。だから蛇がぶつからないように世界は丸い」
レイは眠そうに話した。
「僕はこんな剣なんてのはいらないんだね。さっさと捨てたいよ」
「使えばいいのに。ハンドアックスよりも攻撃力が上がるよ」
「いったい何を攻撃するんだ?」
「敵」
「敵なんていない」
「作るとか」
レイは一つあくびをして、すぐに寝息を立てていた。僕は小さな火が爆ぜる音を聞きながら眠りに就いた。翌朝までぐっすり眠った。あれやこれやで疲れているのか。レイはすでに朝食を準備していた。
剣について二人で共有していることは、こんな面倒なものはさっさと手放してしまいたいということだ。
売るとして、どこで売る?
塔の街で売るのは、アラの言うように買い手の問題でなかなか難しいだろう。こちらとしては買ってくれるんなら誰でもいいのだが、買えば確実に捕まるし、厄災まで背負い込むかもしれないものを買う商人はいない。では単純に置いておくというのはどうだろうか。しかし塔の街から離れていた方がいいのでは?ということなので、しばらく旅を続けることにした。結局、コロブツの教会へ行くことが早いという、何とも当然の結論に至った。いつもの料理屋で迷いに迷って、いつものオススメ料理を注文するようなもんだ。
白塔の街とコロブツの間は山脈の麓にある北の街道を通るのが一番早いらしいのだが、白亜の塔の犯人について情報が流れるのも一番早いだろうということで、僕たちは街道を渡り、もう少し南にあるルートを歩くことにした。街道ほど軍隊かま通れるように真っすぐ整備されているというわけではないが、それなりに主要道の役割は果たしていた。峠越えもあるので、日にちにして三日ほど多くかかるのだが、ボチボチと旅をするのもいいもんだ。何より順調に街から離れていることがいい。
「埋めるというのはどう?」
レイが提案した。
「いいかも。そもそも世界の難儀に関わるかもしれないんなら、人の目に触れないところに隠せばいい」
「そうしよう!」
しかしいざどこに埋めるかと考えていると、道沿いはマズイということになったので、よせばいいのに人里離れた山へと入ることにした。
「盗人の発想だな」
「盗人みたいなこともした。失敗したけど」
「学校でのことか」
「うまくいくと思ったんだけどね」
「寝たからね」
僕たちは道から離れ、川沿いに出た。雪解けの水は夏前でも冷たかった。河原で野宿をしたが、魚などいそうにもやかったので、乾燥肉と乾いたパンを川の水で流し込んだ。
「厄介払いも大変だよね。こんな剣なんて欲しい人いるのかな」
レイは焚き火に枝をくべた。
「人それぞれだから、必要としているところには欲しい人もいるんじゃいの。でも世界の存亡を背負わされるてのは勘弁してほしい」
「隠しても変わらないよ?逆に隠してた方が、もし世界の存亡とやらのときに困らない?」
「どうして?」
「剣が必要なときどこにあるかわからないまま世界が滅びるとか」
「それはそれで、選ばれし者が見つけるんじゃないかな」
僕は剣とともに世界のために戦うぞという気にはなれない。
「レイは?」
「世界なんてどうでもいい」
そう言うだろうと思った。街で穏やかに暮らしたいのか。たまに食べ歩きの旅に出て、いろんなことを経験したいくらいだろう。
「レイなんて嫌々旅に出されたんだもんね。村で暮らしたいだろ?」
「旅は好きだよ」
「そう?」
「今はね。楽しいもん」
「いつから?」
「追いかけられたときから」
あのときか。レイのせいで角の獣に追いかけられたなあ。今から思えばできることじゃないことした。
「ゲラゲラ笑ってたね」
「シンも覚えてるんだ?」
「忘れるもんか」
僕たちは寝ることにした。冷えてくる前に眠ってておかないと、まったく眠れなくなることもある。夜に目を覚ますくらいはいいが、眠れないまま朝まで起きているのはつらい。
朝、僕は目を覚ました。
焚き火は消えかけていて、もうすでに空はしらんでいた。
僕はセルフ簀巻きのレイを起こさないように小川へ降りた。雪解け水が流れる小川の畔で朝のルーティンを終わらせたとき、レイが起きてきた。いなくなったと思ったと抱きついてきた。ときどき子供になる。捨てられたことが、今でもどこかに残り火のように残っているのだ。
レイもルーティンを終えた。
「ここは来たことあるかも」
「こんなところへ?」
レイは茂みを見つめていた。
「この前の道を山越えしたら村があるはず。ご飯、シンはどう?」
「まともなの食えるかな」
僕は荷物をリュックに詰めた。食料が減っただけ、荷物も軽くなった。心細さは増えた。そして革帯を巻いてハンドアックスをホルスターに差し込んで、夏の外套を羽織った。風は通るが、日差しは避けてくれる外套だった。どうも角の獣の毛を編んで作られているようだ。
レイの日除けの外套の首からはロングソードが飛び出していた。長さの割には軽いが、それなりの重さがあるので、レイは持ちたくないと話していた。じいさんとどっちがいいかということで、ばあさんがマシだと決めた。
僕たちは峠を越えた。飲めそうな湧き水を手ですくい飲んでみた。雪解け水とは違って、少しやわらかさを感じた。生ぬるいからかもしれなかった。峠を下ると、僕たちは麦畑が広がる小さな村へと着いた。
なかなかハードでした。
道に迷ったたときは、川沿いに歩いてはいけない。こういうとき川沿いに行くと、とんでもないことになる。断崖や滝に道を阻まれるてしまえば戻るしかない。まだ登れたところなのに降りられなくなることもあるし、また逆もあるので命に関わるのだ。遭難しても川を歩いてはいけない。
「レイ、気づいてる?」
「うん」
「どうする?」
「誰かな」
「知り合いなんていない」
「怪物退治とか職業にしてる連中とかいないのか」
「猟師みたいなものか」
「身も蓋もないな」
僕たちは雑草が茂る獣道を上がった。そして下った。僕はレイが垂れた枝に剣を引っ掛けて倒されそうになるのを抱き留めた。そのたびにレイは剣を捨てそうになる。
もしどこかに隠すとして、そんなころなんてあるんだろうか。いざこうして探してみると難しいもんだなと感じた。海賊や山賊の隠し財宝があるならば、たぶん同じようなところになるはずだ。
僕たち三つ辻󠄀に出た。左へ行けば麦畑のある村、右は山へと続いていた。レイは左の道を選んだ。僕は着いていくだけだ。考えないで歩くのは楽だ。
「コロブツまでへの真ん中くらい。村を抜けたら、また北の街道に出ることもできるし。意外に人が多いところだよ」
「湖の畔にある」
「何で知ってるの?」
「おまえが塔でイチャイチャしてるときに行った。塔の街よりは小さいけど、そこそこの大きさみたい」
まだフィリのことを根に持っているのか。ちゃんと話したのに。納得してくれたわけではないのか。
「こんなところを知ってるんなら初めから話してくれればよかったのに」
「あんまり寄りたくない」
「何かしたんだろ?」
「別に」
レイは簡単に答えた。僕たち麦畑と水路に沿った道から外れて、村の広場へと入った。いくつかの筋が交差していて、ぬかるみのある通りには木造二階建ての建物が並んでいた。ここがメインストリートだ。食堂や宿泊、酒場、鋳掛屋などが揃っているのを見ていると、少しは豊かな村だなと思った。
「ここだ」
レイはメインストリートから二つほど逸れたところに二階建ての食堂を見つけた。軒下では老人がテーブルの上のカップを前にパイプを蒸していた。食堂は背の高い窓からの自然の採光のみで、客もまばらだった。レイは真ん中の頼りないテーブルに就いた。僕はテーブルの下に荷物を降ろした。若いウェイトレスが木製のメニューを持って来た。少し細すぎるかなという女の子で、いらっしゃいの声も弱々しい。レイはメニューを見つめていた。やがてウェイトレスは、恐る恐るレイの顔を覗き込んで、パッと明るい表情をした。
「レイ様ですよね?」
「覚えてくれてた?」
「もちろんです。働けるくらいになれました。レイ様がお水を工面してくれたおかげで、こうして村も蘇りました。水路を敷くことができましたから。畑見てくれましたか?」
「見たよ。種籾使えてよかった」
僕は首を傾げた。
娘はえくぼを浮かべた。
「体の具合はどう?」
「少しずつですけど、お店を手伝えるようになってきました。畑はまだですけどね。人も少しずつ戻ってきてます。兄も出稼ぎから戻ってくると聞きました」
「街道は近い?」
と、僕が尋ねると、ようやく娘は僕の存在に気づいた。一緒にテーブルに向き合っているのに、失礼なことをされるもんだ。
「シンを消した。人に話しかけたり触れたりすると見える」
へえ。凄い術だねとなるわけがないだろう。何で消すかな。宿代が浮くかなと思った。どこまでせこいことをする気だ。そもそも食うときに解けるじゃないか。
「ひょっとして王子様ですか?」
「そう見える?」
「全然」
レイは板のメニューを渡してきた。そして字が読めないと、僕だけに聞こえるように言った。僕は料理の内容がわからないと返した。
結局、おすすめを頼んだ。
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