第15話 夕食会
イモジとの夕食は長いテーブルに白い布を掛け、イモジが主賓席にいた。僕は彼の左手にレイと並んで腰を掛けていた。前にはイモジの友人と紹介された夫妻で、妻が緑ナマズに似ている。かつて釣りたてを焼いて食べようとして吐いた奴だ。
僕は燭台を集めたテーブルで緊張していたが、話は聖女様についてのことが多く、前の夫妻は楽しませてくれようとしていた。五人とも意味のない会話をしたが、レイだけは柔らかい肉、魚、野菜、さわやかなドリンク、甘いデザートに心を躍らせていた。出てくるたびに、僕にこれは何だと尋ねて、イモジが答えるということを繰り返した。肉は対岸のブランド肉を選んだ。魚は市場から持ってこさせたということだ。
院長が服を準備していた。
「あのね、そんな格好で行ったら恥かくわよ。二人ともわたしが選んだのを着なさい。夕食前に着替えに来たらいいわ。荷物は?」
彼女は擦れた態度で話した。何もかもさらけ出したので、もう僕たちはお客様でも信者でもない。
「荷物は預けていいかな」
「わたしに預けていいわけ?」
信じてくれてありがとう。嫌味たらしくお辞儀をしてみせた。
「わたしの目につかないところへでも隠しておきなさい。そんなとんでもないもの誰が盗むかわからないわ」
院長はレイの肩に手を回して、隣の部屋へ入った。僕も入ろうとしたが、扉が閉められた。僕は待たされている間、前列の椅子の下に女王の剣とハンドアックス、仕込み杖をまとめて隠した。国ノ王は持っていくしかない。二振りを一緒にしておくとろくなことをしかねない。
「どうぞ」
院長の声が招いた。
レイは薄いベージュの麻のワンピースにニットを合わせていた。院長が回ってみなさいと言った。
レイが勢いよく回ると、
「あんた、ちょっと頭おかしいんじゃないの?ゆっくり回るの」
「言ってくれないと」
「飛んでいく気かと思ったわ。ほら。ゆっくり回って。そうそう」
フレアがきれいに広がる。
院長はレイの腰に細身のコルセット風の革帯を巻いてやった。革で編まれたサンダルとお揃いだ。
「イモジの好みは、スリットドレスから出た脚よ。それと鎖骨ね。スリットはハードル高いから、今日は鎖骨にニットでも掛けなさい」
「鎖骨、うまいの?」
「人によるんじゃない?」
院長はテーブルの木製のコップに液体を注いだ。たぶん酒だ。酒には強いのか、顔には出ていない。
「この革帯はね、靴とお揃いなのよ。なかなか見つからないわ。白い糸で刺繍してあるわ」
「魔除けか何か?」
僕は尋ねた。
「何でオシャレするときに、そんなこと考えないといけないの?どう見ても待雪草でしょう?」
「雪に色をあげた花だ」
院長は僕を見つめた。よく知っているじゃないのと頷いた。
「これじゃ、食べられない」
「どれだけ食べる気でいるのよ。だいたい夕食会なんて、食べまくるところじゃないのよ。つまらない冗談に微笑んで、つまらない質問に答えるの。残してナンボ。誰を呼んでるのか知らないけど。どうせタチウ夫妻ね。こーんな緑ナマズみたいな顔をした女よ。有力者のところに生まれてこなければ、誰も相手にしないわ。指で品定めして夫を選んだ」
「夫は買われたの?」
「レイ、言い得て妙ね。二束三文でガラクタ市に並ぶ日も近いわ」
ボロカス言うね。そういう話を聞くのも嫌いではないが、そろそろ院長に戻れなくなるぞ。
「シン、わたしはこいつらの誰とも寝てないからね!」
なぜ僕に?
レイはずっと起きているのかと尋ねた。その話を広げるな。だんだん夕食会が不安になってきた。レイとも基本的なことは打ち合わせをしておかないといけないな。
それから、
「あんたはこれ」
襟のあるシャツとサスペンダーで吊るすようにできた、薄いグレーのズボンだった。夏だからこんなもんでいいと言われた。
「何してるのよ」
「え?」
「こんなところで脱がないでくれる?どうしてお淑やかなレディの前で着替えるのかな」
「意外なところにこだわるな」
「文句ある?」
「着替えてきます」
「まったく揃いも揃って」隣の部屋で声がした。「あれ?あ、わたしが邪魔した?気づかないでごめんね!」
こうなると、夕食会よりも面倒くさいぞ。でも彼女には頼らないといけないからなと言い聞かせた。
「どうして男の服があるんだ?」
またレイが尋ねた。もう十分燃料は入っている。火をつけるようなことはしてくれるなよ。
「女が男の服を持ってたらいけないわけ?ねえ。お付き合いした人のために買ってあげちゃいけない?」
「お付き合いしてるの?」
「したことないわよ!空想してはいけないの?これは似合うかな?あれも似合うかな?わたしはこのワンピース着て、彼はこのジャケット着てくれるかなとか。テラスで湖を見ながらランチして、湖岸でキレイな石ころ集めて。ごめんなさいね、気持ち悪くて!何なら下着も買ってあるわよ。泊まっていけば?そのワンピースも着ることなんてないのに買ったのよ!わざわざ別の街まで出向いてね。こっそり買い物したわよ。何で教会のために、こんなコソコソ買い物しなきゃなんないの?」
僕は彼女の木製コップの匂いを嗅いだ。やはり酒だ。縁も汚れていた。毎日飲んでるな。飲まないとやっていられないこともあるのかもしれない。さっきあったんだな。
「もし夕食会で領主のことを聞きたいんなら、怪しまれないようにしなさいよ。そういうところにはアホなりに目ざといから。領主と会えるのは連中くらいなの。もし何かしくじりでもしたら、ずっと会えなくなるかもしれない。気をつけてよ」
「どうしてそんなこと教えてくれるんだ」
レイはフレアが広がるのを楽しんでいたが、今はそれでいい。
「死なれると寝覚めが悪いわ」
「死なない」
「あんたもアホね。二人ともお似合いだわ。ひょっとしてわたしは領主とつながってると思ってる?」
「違うのか?」と、僕。
「ふん。とことん嫌なことしか言わない奴ね」
院長は伏し目がちで笑い、ボトルからコップに酒を移し、口をつけようとした。僕は取り上げて一気に飲み干した。もう飲むな。院長は驚いた顔をした。そりゃ、そうだ。目茶苦茶強い酒で、窓から吐いた。院長は情けない姿を呆然と見ていた。
恥ずかしい。
「こんなお酒は良くないよ」
「安酒か?」
と、レイ。
少し黙ろうか?
「たぶんね、わたしにも少しくらいは良心があるのよ。連中に逆らえばどうなるかわかる?」
「殺される」
「一族郎党ね。ずっと死ぬことも許されない地獄で生き続けるとも言われているわ。噂よ。わたしも生まれてないし、ここに赴任する前のことだしね。迎えに来たみたい。ちゃんと服返してよ。レイ、わたしもまだ着てないんだからね」
「少し袖が短い」と、僕。
「裸で行けば?」
デザートは重いチーズケーキだった。レイは緊張というものがないのかと思うくらい食べていた。いつの間にかコルセットを緩めていた。
「気に入りましたか」
「おいしい。こんなおいしいものはどこで買えるの?」
「料理人に作らせたんですよ」
「全部?」
「もちろん」
「お二人のためにです」
イモジは喜んでいた。給仕が皿を片付けたあと、僕は濃い目の黒水を飲んだ。ミルクと合わせてあるのだと教えてくれた。
「二人ともお口に合われたようでうれしいです」
「恥ずかしいです。遠慮なく食べてしまいました。旅をしていると、こうなるんです」
夫妻は笑みを見合わせた。夫人がどんな旅をしているんですかと尋ねたので、僕は答えた。
「皆さんは呪具とうものはご存知ですか?呪われた道具です。教会のお話などでもあると思いますが」
「ええ」妻が答えた。「でも実際にあるのですか?」
「実在するかどうかは皆さんの信心によりますが」
イモジと夫妻が笑った。僕は笑わせた気はない。レイは不安そうに僕を見た。心配する姉の姿だ。
「呪具は災いをもたらすと言われています。友人に呪具を捨てるように頼まれたんです。ですからこうして旅をしているというわけです」
「その呪具とやらは今あるのですか?」と、イモジが尋ねた。「もしあるのなら見てみたいですな」
「今日は教会に預けてあります。せっかくお誘いいただいた昼食をお断りしたのは、院長様とこのことを話すためでした」
「気にしないでください。ですからお姉さんもソワソワしていたんですね?夜に替えてくれませんかと言われたときは、どうしたのかと」
「ご無理を」
「こちらとしては夜の方が取り揃える時間ができて好都合でした。わざわざ着替えてきていただいて」
タチウの妻が割って入ってきた。
「どんなものなんです?具体的には首飾りとか指輪とか。人は惹き寄せられると聞きます」
「僕の場合、剣ですね」
「そうだわ。きっとあなたは聖女伝説に導かれたのですね?」
妻が閃いた。僕は正解ですと答えた。聖女伝説にあるヒルダルの山に捨てることを考えていると。
「いいことですわ。そんな怪しいものを持っていてもろくなことがありませんもの。あなた、塔の街の噂はご存知?あれは呪術のせいよ。聖女様に救いを求めていれば平和に過ごせたのに。罰ですわ。皆、呪いに惹き寄せられたんですわね」
夫が妻の腕に軽く触れた。もうこれくらいでやめなさい。ここは信仰の話をする場ではないと伝えた。
「あのとき、偶然ですが、僕たちは塔の街にいました」
「まあ」目を見張った。「ではご覧になりましたの?炎の中、バケモノたちが放たれたのを」
僕はレイを見た。
レイは、
「いいえ。見てません。大きな揺れとともに、塔が光に包まれたのは見ました。街にいた人は見ていると思います。バケモノは見たという人もいますし、気づかなかったという人もいます」
と、答えた。
よくできました。花マルをあげたいくらいだ。もっと聞いてくれてもえぞ。お互いリハは済ませた。
イモジは笑みを浮かべて、
「そりゃ、レイさんは弟さんのことを心配するわけだ」
「ええ。シンは一人では何もできません。剣も振れないのに、剣を預けられてもね。わたしにできることは一緒にいてあげることくらいで」
なかなか言ってくれる。
レイの顔が僕とイモジを何度か往復した。他人には心配しているように見えるのかもしれない。僕には早く帰りたいと訴えているように見える。食べるものは食べたし、塔の街について聞かれたときの答えはできたし、イモジからの話にも「勝手なこと」を返したし、すでに任務完遂だな。
「あれ以来、塔の街には多くの呪具はあるんですね。ちゃんと処理できるのですか。あちこち勝手に捨てられてもね」
「僕も捨てようとしている一人なんで心苦しいですね」
「あなたたちは別だわ。きちんと納めるところを探そうとしているんですもの」
「ありがとうございます。この教会に来てよかった」
今だな。ここで僕は難しそうな顔をした。内心、誰か食らいついてきてくれと手を合わせていた。
「どうかしたの?」
レイ、おまえかいっ!
「ほら。ここからどうすればいいのかわからないと話しただろ?」
「院長様はわからないと。領主様に聞いてみるしかないと話してた」
ごめんなさい、院長。レイが言いました。役立たずの院長ということにしました。しかしうまく話をまとめてくれました。
「院長様もお歳ですからね。講話はお上手なんですけど。あ、本当に領主様に相談されては?」
妻がイモジに提案した。夫は苦々しく額にシワを寄せたが、イモジはまんざらでもない顔をした。
「領主様に尋ねないとわからないほどの呪われた剣なら、おもしろいかもしれません。あ、放っておいてはいけないという意味でね」
「会えますか?」
「お姉さんのために何とか」
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