第12話 教会

 朝の教会の礼拝堂には、たくさんの人々がいた。どちらかといえば生活に余裕のある人のようだ。わざわざ教会専用の服を羽織っている者もいた。ちらほらといる子供たちも大人しく長椅子に腰を掛けている。

 僕はあくびをした。

 村で襲われてきたんだ。

 僕たちは出入口に近い、長椅子に腰を下ろし、皆を眺めていた。まったく知らない人と会釈し、布の外套にまとめたリュックや剣を椅子の下に押し込んだ。

 とにかく眠い。

 院長が聖女様像や祭壇から少しずれた壇上で、かれこれ半刻ほど尊い話を続けていた。人々は何度も聞いただろう講話なのに、初めて聞いたような表情をしていた。

 初めての人なんているのか。

 カムがいないか探したが、どこにもいる様子はない。礼拝堂以外の土地も探してみたし、そんなに広くはない裏の墓地のようなところも覗いてみたが、人の気配すらない。どれも墓石のようだったが、刻まれた文字も読めなかった。たいして管理されている様子はなさそうで、これならビリケンさんと三つ編みさんたちがいる墓の方がしっかりと整えられていると思った。ビリケンさんと三つ編みさんは、今頃どうしているのかな。今も墓を守っているんだろうけど。しかし皆、熱心だな。

 あ、そうか!

 僕は閃いた。

 これは娯楽なのだ。僕が好きな映画を何度も観ていて飽きないのと同じだ。次はわかっているが、それでも観たい。予定調和が心地よいということがある。今の僕には予定調和はうらやましい。英雄になりたいとは考えもしないが、同じくらい追われる身もなりたくはなかった。

 まあ、どこの誰が見ても目茶苦茶したしな。理由があるにせよ。

 話の途中、院長が微笑んで、次回に持ち越しとなった。これからドラマティックな展開があるのかもしれないが、たぶん何だかんだで聖女様を奉る話で締めるだろう。

 院長の話は上手だ。

 と、隣のレイを見た。食らいつくようにして聞いているなという気配は察していたが、目を腫らして泣いていた。話が途中で終わると、

「シン、次も来よう!」

 と、言った。

 目的、忘れてるだろ。

 別に来るのは構わないが、どこかにそんなに泣く要素があったんだろうか。聖女様がお父様の逆鱗に触れて、父の支配する土地から逃げる途中に捕まり、火の山の館へ閉じ込められたところくらいだな。

「シンはどこが良かった?わたしは聖女様が山に閉じ込められた後、親にも入られないように自分の館に火をつけたところ」

「そ、そうなんだ」

 聖女様は、裸でヒルダル山麓の村に逃げた。村人は聖女様を見ないようにした。盲目の娘が聖女様に衣を渡してやると、聖女様は彼女に光を与えた。初めから奇蹟あるの?村人は命を懸けて、聖女様のお父様の軍を蹴散らした。村人強い。そして彼らはジブンたちの村に火を放ち、聖女様とともにヒルダルの山を目指した。途中、狩人が仲間になり、中腹に火を放った。聖女様は狩人と恋に落ちた。逃げているのに?それはさておいて狩人は聖女様を頂に建つ館へと案内した。しかし狩人の正体はお父様の腹心の騎士で、聖女様を館に閉じ込めたのだった。嘆いた聖女様はお父様すら近づけないように館を炎で包んだ。

「わたしも塔の街に火をつけてやればよかった」

 とんでもないところでシンクロさせてるじゃないか。それに似たようなことしたよね?貴族街を焼き払ったよね。聖女様と同じだね。

「あなたたちがいらしてたのは存じ上げていました。今回の伝説のお話はいかがでしたか?」

 院長が信者らしい人々の輪から離れて訪ねてきた。数人が僕たちのことが気になるらしく、笑みを浮かべて一緒に来た。レイに握手を求める青年は、教会に来るためなのか普段からなのか、汚れ一つない服を着ていた。申し訳ないが、レイには握手の文化がない。彼女が差し出された手を凝視していたので、僕が慌てて握り返した。青年はがっかりした様子を隠し、「よく来られるんですか?」と、レイに尋ねた。

「二回目です」

 レイはキッパリ言い退けた。もうおまえと話すことなどないぞと捉えられたかもしれない。たぶんそんなことすら考えていないです。レイは聖女様の話を聞いて、本来のここに来ている理由すら吹き飛んでいた。

「続きはどうなるの?」

 院長に食い入るように尋ねた。さすがに院長も苦笑した。たぶんすぐ勧誘されるタイプだ。

「続きはまたの機会にですね。ところでこの方はコロブツの港を束ねる組合の方なんですの」

「イモジと申します。副組合長をしております。お見知りおきを」

 お辞儀をした。

 ついでに僕にも。

「レイです」

「お美しい」

 二人とも無視するんかい!

 レイは「よく言われます」と答えた。あんた、そんなこと言われたことなんてないだろ!おうおう!いつどこで誰に言われた。しかも僕の紹介すらしてないよね?

「わたしは聖女様に憧れました」

 平気でうそをつくな。聖女様のどこに憧れた?逃げたところか?火をつけたところか?親に閉じ込められたところか?そうか。火をつけたところに同類を感じたのか。

「あなたなら聖女様になれるかもしれませんね。わたしの聖女様像にぴったりです」

 ふん。ロングソードを持った聖女様なんて想像できるか。一日でも一緒にいられるか?僕以外、彼女の共をできる者なんていないぞ。

 僕は二人から離れて祭壇に近づいた。バカバカしい会話だ。聖女様の脇にあるのは十字架ではなく、ロングソードだった。十字架なんてあるわけないのに、ずっとそうだと思い込んでいた。見ていたのに気づかなかったということだ。僕は慌てて外套にくるんだ剣を持つレイを見返した。レイもチラチラとこちらを見ていた。院長から続きを聞いているのではないかと気にしてるな?

「それは聖剣です。皆さんが触るので角が取れて丸みを帯びていますが。聖女様は聖剣を持った人を待ち続けているというお話があるのです。聖剣を持つ者導かれしとき、聖女様は世界を救うだろう」

「これでは自分が持っているのでは?」

「これはいつかどなたかが持ってくるものですね」

「僕たちですか」

「例のものですね?」

「はい」

 世の中、聖剣などどこにでもあるんだなと思った。もしかして聖杯もあるのかな。聖なる盾とか。聖なる水などもあるしな。聖なる石ころなんてのも。琥珀では死ぬ目に遭わされたんだっけか。あのクソじじいめが。もったいつけて渡してきたくせに、実際は呪いの石ころだったんだ。ということは、ひょっとして聖邪は表裏一体なのかもしれない。

「おーい、シン!」

「んん?」

「お昼ごはん誘われたぞ!」

 青年は整えられた髪から落ちた髪を戻し、僕に軽く会釈をした。他の信者たちも笑いを堪えていた。

「あなたもお近づきになられたらいかがですか。悪い方ではありませんよ」

 院長が小声で促した。

「僕は少し院長様と話すことがあるんだ。レイだけでも一緒に」

「じゃやめとく」

 おまえには気づかいというものがないのか。さすがに他の信者もそそくさと帰った。僕は内心苦笑しつつイモジ青年に近づいた。

「すみません。レイはずっと僕と旅をしていて、言葉を知らないものでして。ぜひお願いします」

「いいえ。気にしていません。あなたもお越しになればよろしいのに」

「どうしてもお話しておかないといけないことがありまして」

「そうですか」

 院長が救いを出した。

「イモジ様、お話というのは以前から今日まで待っていただいたことなんです。お互いに時間がなくて」

 イモジ青年は頷いた。内心では僕がいない方がいいはずだが、表情には見せない。

「レイ、行って来い」

 僕はレイの巻いた外套と聖剣(どこがだ)を預かった。

「いいか?レイは僕の妹だ」

「嫌だ」

「彼の前でだけだ」

「お姉さんがいい」

 どっちでもいいわ!

「また後で」

「食べるぞ!」

 僕はレイが仕込み杖を振り上げたところで気がついた。あんなもの持たせていてはいけない。代わりに国ノ王の剣を持たせた。

「こんなのいらない」

「しようがないよ。二人にすると何するかわかんないだろ?」

 レイも馬飼いのミタフのところでのことを思い出して、あれには考えるところがある様子だ。

「どうなされました?」

 院長が尋ねた。

「イモジさん、姉のことをよろしくお願いします」

 僕は軽い調子で伝えた。そしてイモジが喜んでくれれば済む。ただレイは何だか納得していない。ひょっとして僕だけ続きを聞こうとしているのではないかと考えているのかもしれない。

「わかりました。お邪魔するのも本意ではありませんからね」

 イモジは喜びを隠そうとして口角に笑みを浮かべた。院長からしてもイモジは教会の上客だ。僕たちが行くより、当然レイだけに行ってもらいたいに違いない。レイの額に額をつけて「湖や領主や周辺にまつわることを聞いてくれ」と念じてみせた。レイは「はあ?」と首を傾げたので、僕は改めて言葉で言いなおした。できないもんだな。

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