第7話 湖ランチ

「退いたのは気に入らない」

  レイは一人で呟いていた。あんなところは徹底的にやってやればいいんだとブツブツと、今にも勝手に戻って浮きそうなほどだった。

「腹立たないの?」

「腹は立つけど、僕たちはずっとここにいるわけじゃないしね。連中とやるのは簡単だよ。でもどうやって後始末するの?」

「後始末なんていいじゃん。言い訳に聞こえる」

「現実だね。僕たちはこの剣をお祓いしてもらうために来たんだ。災難を貰いに来たわけじゃない」

 僕たちは組合の建物を出て、ちょっとした大きな通りを歩きながら話していた。布の外套を湖の匂いがする風が吹き抜けるが、湖は路地越しには見えなかった。路地の坂を越えると湖が見えるだろうな。

「シン、池を見たいのか?」

「わかる?」

「そわそわしてる。わたしも見たことはない」

「さっそく行く?」

 簡単に話がまとまったとき、どこからか野太い声がした。災難なんてどこからでも来るんだから、こちらからわざわざ起こす理由もない。

 ほらね?

 僕はレイを見た。

「話がある」

 三人組が囲んだ。話しているのは右頬がえぐられた傷のある、背の高い男だった。レイの後ろには首が肩にめり込んだ強面、僕の近くにはひょろっとして、目玉がギョロついた禿頭がついた。声の主は話すたびに喉から荒んだ空気が漏れた。

「ここの路地へ来てもらおうか」

 頬のえぐれた男は背を向けた。そうするしかない。他の通行人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 僕たちは路地に連れ込まれた。

 レイはマスクを外した。

 三人ともニンマリした。

 レイは、

「いいよね?」

 僕に目配せをした。

 いいわけねえよ。

「お嬢さんの持ってる仕込み杖はどこで手に入れたんだ」

 ボスが尋ねた瞬間、レイは仕込み杖を抜いて、背後の強面に突き刺していた。強面の体ごと背後の壁板を貫いた仕込み杖は動かない。

「このまま抜けば死なない。でも少しでも暴れると死ぬ。選べ」

 そんなことできるの?

 強面は目で聞いてきたので、僕は頷いた。レイは死なないところを突き刺すこともできるのか。

 ボスは厚い鉈を抜いた。伐採に使うときの鉈で刃に向いて湾曲していた。僕は二丁のハンドアックスで受け止めた。片方で絡め取ると、地面に叩き落とした。鉈拾おうとしたボスと動こうとした禿頭を斧頭で制した。さすがにボスは肝が据わっている。鉈でハンドアックスを払い除けると、再び身構えた。同時にレイは僕の腰に斜めに差した国ノ王の剣を抜いた。青白く光る剣はボスの鉈に食い込んだ。食いちぎろうとしているかのように暴れて、レイが抑えつけていたが、鉈がちぎれた。

 レイは僕のホルスターに剣を差し戻したが、片頬を歪めていた。

「大丈夫か?」

「うん。嫌な感触。何かが吸い取られて体が重くなる」

 僕はレイの答えで、塔の街で琥珀を使ったときを思い出した。あれも呪われた道具の類か。僕は何も知らずに限界まで使おうとしていた。

「てめえらが殺したんだな?」

「何の話だ」

「俺たちの仲間のことだ。仕込み杖が何よりの証拠だ」

「死んだ」と、僕。

「こっちが襲われたのよ」

 レイが言うと、

「今みたいにね」

 僕が禿頭の首に刃を立てた。

「彼女がロングソードを担いでいるのはわかるだろ?あんたの仲間は仕込み杖に自信があったのかもしれないけどね。僕の革帯に突き刺さったんだ」

「おまえの仲間はシンを殺そうとしたから、わたしが殺した。そしておまえもシンを殺そうとしている」

「知るかよ」

 ボスは吐き捨てた。

 俺たちは奴らが生きようが死のうがどうでもいいんだと話した。要は奴らに建て替えてある損料が回収できれば文句はないんだと続けた。

「あの世で取り立ててこい」

 レイが凄んだ。

「お嬢さんよ、もう少し世の中の仕組みってのを学んだ方がいいぜ」

「もし回収できれば、すべて水に流せるのか?」

「そうだ」

「ずいぶんせこい奴だ」

 レイは革帯から取り出した血塗れの布財布を地面に放った。

 盗んでたんかいっ!

「手はつけていない。さっさと持っていけ。これ以上言うなら、そのハンドアックスは容赦しない」

 不意にどこかで甲高い笛の音がした。誰かが報せたようだ。警察が来る前にここから離れよう。

「何なら斬り捨ててもいいぞ」

「あ、兄貴!」

「情けねえ声出すな。てめえはくそアマにいいようにされて構わねえのか」

「でもうまく刺されてる」

「くそったれが!」

「決めろ」

 僕はボスに促した。彼は禿頭に拾うように財布を命じた。

「恨みっこなしでね」

 ボスと禿頭は逃げ出す。

 レイは仕込み杖を抜いた。僕はニ人が去るのを見つめていた。こっちもさっさと離れよう。一人が壁際で崩れ落ちるのを見た。

「死んでるよ」

「うまくいかない」

 僕たちは路地から離れ、湖へと出ようと入り組んだ路上を駆け抜けた。途中、剣を持った制服姿をやり過ごして建物の陰から出た。

 眩しい視界が広がった。

「おお!」と、二人。

「広い!眩しい!」

 レイは騒いだ。

 たくさんの馬車や荷車が後ろの道を通っていた。どうやら湾の向こうに見える港へ人や荷物を運ぶ者、こちらにある港から人や荷物を運んでいる者が行き交っていた。

「風!」

 レイの外套が風になびいた。湖にも驚かされたが、僕は彼女の喜んでいる姿を見て喜んでいた。

 そうか。いつまでもレイを連れて行くこともできないな。いずれ旅は一人で続けることになる。

「あれは?」

 レイは湖を指差した。

「帆だね」

「ほ?」

「風ではらませて走るんだ」

「シン、賢いね。見たことあるの?」

「実際にはないけどね」

「凄いね。見たことないのにわかるのか。わたしの村にはないぞ」

「塔の街にもなかったよね」

「なかった!」

 僕は気になることを聞いた。

「本当に初めて?」

「どうして?」

 レイは首を傾げた。

 僕は堰を壊したと話していこと言うと、もっと下だと答えた。こんな湖を目の前にしたら、どこを壊せばいいのかわからないと続けた。

 確かにそうだ。

「溜池みたいな?」

「うん。高いところに石で組んだ水路があったけど崩れてた。とりあえず付け根を壊したら流された」

 下から潰したのか。

「何人死んだんだ?」

「死んでないよ。もともと誰も住んでいなかったんだよ。村みたいものもあったけど、住んでる気配もなかった。いくらわたしでも誰かいたら話くらいする」

「疑わしいなあ」

「ひどっ!途中で会った人に聞いたんだけど、その村にはバケモノが棲んでるから行くなと言われた」

「バケモノ?」

「うん。でも見てないし、いるかどうかもわからない」

「何、食べる?」

「柔らかいパン!それとあの乳みたいないい匂いするスープ!」

 湖沿いの店を指差した。

「飲み物は?」

「さっぱりしたもの!」

「了解」


 僕たちは風通しのよいテラス席を見つけた。頼まれた二人分のランチを運んで来ると、レイはロングソードの柄が見えないように外套で包もうと四苦八苦していた。できたと誇らしげに言うが、誰が見ても剣を想像するような気がした。

「どうしようもないよ。仕事を剣士にすれば?」

「そんな仕事聞いたことないし見たこともない。シンは見たことあるの?」

 飲み物は水にハチミツを入れたミント系のものだった。

「ないな。甘すぎた?」

「ううん。ちょうどいい」

「シンの仕事は?」

「旅人」

「仕事じゃない」

 にべもない。

 剣士や旅人は仕事ではないということで一致した。剣で稼いでいる人はいるかもしれないが、それは警察とか兵士だと。旅人は理由があるから旅をしているにすぎない。

「木シンは薪割り職人」

「だね。レイは?」

「わたしは何かなあ」

「お祓い屋さんだな」

「嫌だなあ」

「仕込み杖はどうする?」

 僕はパンを口に入れた。

「使う。気に入った」

 レイは口に押し込んだ。

 こんな柔らかいパンは、はじめてだと喜んでいた。たしかに柔らかさでいうとはじめてだが、どこにでも言えることで、塩気が少ない。それにしてももう少し品よく食え。パンでシチューを拭い取りながら、

「僕は猟師にしとく」

 と、答えた。

 猟師だな。

 レイは……考えて笑った。

「何?」

「レイは古道具屋だ!」

「確かにそうかも。でもこの剣は隠しようがないしね」

「わたしは買う人がいれば売ってもいいけどなあ」

「言わない言わない」

「あ、そっか。面倒だね」

「面倒だ。つい口にしちゃう」

「そだね。簡単にでも封印しとかないとヤバくない?シンも経験者したからわかると思うけど」

「初めはあわよくば湖に捨ててしまおうかと考えてたのにな」

「わたしも」

 腹ごしらえは済んだし、聖女様のいる教会へ行くことにした。このままでは災難の種を持ち歩いているようなものだ。ひょんなことからコロブツの街ごと潰してしまうという可能性もある。徹底的に運に見放されている二人だからな。

「レイがいなければ、僕はとっくに剣の餌食になってる気がする」

「そんなことないよ。メチャクチャ強いじゃん、シン」

「強くないよ」

「もっと自信持って。一人で白亜の塔壊したんだし」

「レイ様のおかげです」

「いやいや」




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