第6話 コロブツの馬方組合
だから女王の剣は使うな。
呪いの剣を捨てるための旅に来たのに、原因の根本を使ってどうするんだ。
「そんなこと言われても、わたしのせいじゃないもん!剣が気が済むまで斬り刻んでたんだよ。剣を壊していいんなら壊すけど?」
「簡単にそんなことできるくらいなら、こんな旅に出てないよ」
「シン、イライラしてる!」
目の前で呪いの剣が暴走しているんだから、イライラもするよ。
「わたしのせいじゃないもん!」
「ごめん」
「わたしは馬乗れないし、訳わかんない奴が後ろにいたし」
「レイが悪いんじゃない。レイは怖い思いをしたんだ。ごめん」
「飛び降りたら、後ろの剣が鞘から飛び出して、相手の首を刎ねた」
僕は溜息を吐いた。どこまでも呪いの剣だな。持っているだけで嫌なことが舞い込むようだ。
「レイ、縄を解いて」
「うん」
縄がちぎれた。こんなことができる世界だから、そんなことも信じないといけないんだな。僕は地面に転がったハンドアックスに飛び込んで、女王の剣を操る影と斬り結んだ。
「レイ!」
「はい!」
「見ていないで手伝え!」
すると急に革帯の国ノ王の剣が熱を帯びた。鞘から飛び出して女王の剣と火花を散らした。
「……」
「ほら!」
僕はレイに両手を合わせた。
本当にごめんなさい。
「わかってくれたらいい」
レイは僕のマネをしてサムズアップしてみせた。
これは夫婦喧嘩かな?
二双の剣と剣が舞い踊るなんてかわいいものではなく、耳をつんざくような音が響き、髪が焼けるような熱風が沸き起きていた。
いつまでやるんだ?
なぜやっているんだ?
これは一緒にしてはいけないということなのか。何となく理解はしていた気でいたが、まさかこんな阿鼻叫喚を見せつけられるとは。しかもこれはいつ止まるのか、それとも誰かが止めなければいけないのか。
どうする?
厄介なものを持っている。
忘れるな。僕たちは売ろうとして持ってきたんだ。こんなことになるとは想像もしていなかった。
壊せるなら壊すか。
白亜の塔を壊した後のことを考えると、簡単に壊してしまえばいいというものでもない。
お祓いしかないのか。
簡単にお祓いされるのか?
このことを引き起こした自分に情けなくなる。あのときガレキに埋もれたままにしておけば。
とりあえず臭い!
僕は川へ行き行水をした。あんなものにいつまでも付き合うこともない。退屈だ。ズミにぶち撒けられた馬糞を落としすことにした。
冷たっ!
震えながら戻ってくると、まだ剣と剣はやり合っていた。
まだやってんのかよ。
「何だ、これは」
馬飼いのミタフがマグカップに黒水を注いで尋ねた。アラが入れてくれたものと同じだ。麦のようなものを煎るのだということだ。
「苦い」
「大人の味だ」
「ここの水は冷たいだろう。雪解け水だからな。しばらく寝かさないと田畑には使えねえんだ。馬方の話はだいたいわかったよ。こに残っている手形からすると、コロブツの馬方組合から来た奴らだな。組合に文句言う」
「気にしないでください。厄介なことはいいです。済んだ話だし」
「まあ、そう言うな。そっちには済んだ話かもしれんが、このまんまにしといたら、俺がでかい顔してこの街道を歩けなくなるんでな」
「そんなもんですかね。そう言うんならそうしますけど。あなたはこの剣で身を起こしたんですか?」
「あんなやり取りの中でも、ちゃんと聞いてたのか。なかなかやるな。闘技場で稼いでたんだよ。剣を含めていろんな武器の品定めもしたけどな。あんなのは見たことねえ」
「闘技場って何ですか」
「戦うところだよ。あちこちにあるんだがね。あんちゃん、本当に知らねえのか。剣士だろ?」
「剣士じゃないです。剣を持ってはいますけど」
「どういうことだ?」
僕は塔の街で預けられたと話した。
「なるほどなあ」
「で、これをお祓いしなければならないなということで、コロブツの教会へ向かうところなんです」
「こんなもんどこかに捨てるわけにはいかねえのか。売るとか」
「買いますか?」
「金があればなあ。どうにかこうにか街道沿いで馬飼いをする権利を手に入れたんだ。それの支払いもあるしなあ。権利だ。わかるか?こういうのはちゃんとした権利があるんだよ。だから揉めごとなんてある日には、ちゃんと後片づけはしておかねえといけねえ。権利が破棄されることにもなるんだ。欲しい奴はごまんといるからな」
「なるほどね。僕たちが死んでたらどうしたんですか?」
「馬が返されていれば、こっちは何とも言えんな。相手へ手形を返しておしまいだな」
「死に損だ」
「死んで得することはねえよ。死体が見つかれば、またこれで話はややこしくなる。街道の警察に話を通さないといかん」
「あれ?ズミは?」
「あれは風呂だろ。湯を沸かしてたみたいだからな。たぶんお嬢さんと一緒だろうよ」
風呂?どうして僕が川でレイが風呂なんだ。しかもズミと一緒というのはどういうことなんだ。
「ズミはどう思う?」
「どうと言われても」
「いい度胸してるんだよなあ。俺の故郷の村からやって来たとかぬかしてたが、本当のところはわからねえ。ここにいる連中は、みんないろいろ難儀なことを抱えてる。束ねるのも面倒を背負い込んでるようなもんだ。しかしまあ、てめえらには簡単にやられちまったよな。特にお嬢さんにな」
「あれは特別ですよ」
「奴らがもうちょい使いものになればいいんだがな。もっとできること増える。俺は俺でしなきゃならねえこともあるのによ。この剣でな」
馬飼いのミタフは剣を地面に突き立てた。
あ、終わった。
国ノ王の剣が地面に落ちた。
ちょうどレイが湯気をなびかせながら、ズミと一緒に戻ってきたところだった。
「どうだった?」
「いいお湯よ」
レイは小さな声で、
「覗かれる以外はね」
と、囁いた。
「ねえちゃんの体、すげえ柔らかいんだよ。ミルクみたいに白い」
「終わったの?」
「つい今ね」
「どうなった?」
レイは髪を手拭いでグシャグシャと拭きながら聞いた。
「別にどうもないよ。ところで何で自分だけ入ってるんだ?」
「川の水は冷たいからって、ズミが仕度してくれた。シンも一緒に入るかと思ってたんだけど」
「川で水浴びしてたんだよ。ズミも一緒に入ったのか?」
「うん。あれ?シン、ひょっとして拗ねてるの?」
たかが子供に、そんなわけないだろと答えた。レイは「へえ」とまんざらでもない顔をしていた。
「しかしよ、ようやくあの二振りの剣も気が済んだみてえだな」
「預けた人は、人にやるとか売るとかの話はしない方がいいと」
「呪いの道具とかは、そう言われることが多い。確かに興味を持つだけで憑かれる者もいる。人ってのは欲の塊だからな。まあ、だからあんちゃんに預けたのかもな」
「どういう意味ですか?」
「これ、興味ねえだろ?」
重い剣を持ち上げた。
「欲がない。あんなもん教会へ奉納した方が身のためだと思うぜ」
僕たちは馬飼いのミタフからの伝言を携えてコロブツと呼ばれる街を訪ねた。街道の上る途中の関所でも、街へ入る市門でも皮革組合と狩猟組合の手形が効いたようだ。おまけに馬飼い組合の臨時の手形もある。ミタフという名と印を捺されたもので、これで湖の畔、大通りに面した馬方組合に通された。そこは南部アメリカにあるコロニアル様式のような建物で、羽目板を横に重ね張りしており、塔の街とはまた違った趣きがある。道は石畳が揃っているところは大通りくらいで、一歩路地に入った他のところは地道だった。
「おしゃれだね。真っ白」
レイは見上げた。どうやって白くしているのか不思議だな。屋根は緑錆で緑に見えた。あれは銅を薄く打ち込んだものを貼っていた。
「銅は緑っぽくなるんだ」
「へえ。シンは賢いね」
レイはどんどん吸収してくれるので、つい話してしまう。自慢のように聞こえたかなと反省した。
レイは布で顔の下を隠し、仕込み杖を肩に担いだ。
「手紙を渡して、さっさとここから出よう。何か嫌な空気だ」
「そだね」
と、レイ。これでは強盗ではないかと思えたが、一階フロアの奥に受付カウンターが待ち構え、汗臭そうな連中がウロウロしていた。
皆が誰が来たんだという顔で僕を見てから、マスクの下はどんな美人なのかと彼女を覗き込んだ。顔を隠しておけば、誰も見ないだろうと発案したが、旅では女というだけで好奇にさらされた。僕は受付の肌のカールした黒髪の女の子に伝言が書かれた板を渡した。彼女はそれを木の盆に載せて、うやうやしく頭を下げてどこかへ消えた。ここで待たされるとはなあ。これは参ったなあ。
「馬がいるなら準備してやるぜ」
などと言われようものなら、レイは暴発するまでに、ムシャクシャした気持ちが膨らんでいた。うまく流したいが、流させてくれない。
「あんちゃんの女か?」
「そうですよ」
「とられねえように、四六時中一緒にいるのか?そんな心配なら鍵かけとけよ。何なら俺が預かるか?」
僕はハンドアックスを相手の足の甲に落とした。見事に泥まみれの長靴のつま先に落ちた。武士の情けだ。当てるのは勘弁してやった。
「危ねえじゃねえか!」
「すまない。ホルスターがゆるんだみたいだ」
「てめえ、わざとだろ!」
二人を中心に輪ができた。わざとなら手を斬り落としていると笑ってみせたが、誰も笑わなかった。
「言ってくれるじゃねえか」
わからないかな。朝っぱらから酒臭いあんたに刺さらないように落としてやったんだよ。
「ぶっ殺……」
「されたいのか?」
すかさずレイが、抜きかけの仕込み杖を相手の手首に添えた。
「やるのか?あんちゃんよ!」
別のところから声がした。
「そいつはよ、鉈のブルって言うんだ。やばい奴、怒らせたぜ」
「レイ、どうしよう」
「おまえが仕掛けた」
布のマスク越しにも、ニヤニヤしているのが見て取れた。
幾重にも囲んだ仲間が、決闘を囃し立てる。興奮が頂点に達しようとしたとき、扉が開き、ズボンにワイシャツ姿の細い男が現れた。いかにも事務方というような姿だった。
「騒がしいですね。組合内での刃傷沙汰は出禁ですよ。馬飼い殿からの言伝てをお持ちくださいました方はとなたですか?」
僕は挙手で答えた。
「お越しください。組合長がお話するとのことです。皆様、お静かにお願いします」
言わなければよいのに、レイは扉から顔を覗かせて、後で相手してやるから待ってろと言った。
まったく。
「おまえもわたしのこと言えないじゃないか。気が短いぞ」
「そうかなあ」
「わたしのこと言われて、わざとハンドアックス落としただろ?」
「あんな風に茶化されるのは好きじゃないんだよ」
歩きながら話した。レイはなぜか機嫌がいい。このまま踊るのではないか。それくらい上機嫌だ。
一転、廊下は静かだ。
応接室は広々としていた。ベランダには、どこまでも続く湖が目を細めるほどに輝いていた。
組合長は恰幅がよく、中年の紳士風だった。デスクで組んだ指には指輪がはめられていた。あれは呪われた指輪が聖なる指輪かな。
「伝言は読みましたかな?」
「いいえ」と、僕。
「あなたたちは馬方にゆすられたとのことですが」
「はい」
「こちらに照会してもらいたいとのことだね。馬を預けたという手形があると。つまり馬を借りて返していないと。あなたは馬の貸し借りについての知識は?」
「ありません」
すると事務方が話し始めた。
「馬を借りるには損料というものが発生します。普通は途中で馬を手放すことはしませんが。我々は馬借様には返らない馬に対する保険を支払います。今回のようなことについては支払う義務はございません」
いや。
どうでもいい。
二人とも心の底から思った。
「参りましたねえ。僕たちが襲われたんですよね。普通、襲われた人は来ないんじゃないですか?」
一瞬、組合長は事務長と視線を合わせた。
「ではあなたは我々に犯人がいたとして、絶対に指を差せますか?我々は三百人ほど抱えています」
「たぶんいないかと」
「なぜ?逃げたのですかな。損料を稼がずに。馬とともに。馬は印がしてあるので、どこかで売ることもできません」
事務長が念を押した。
「そもそも手形が偽かもしれませんしね」
「それを管理するのがあなた方では?」
「理想ではそうですがな」
組合長は椅子に尻を押し込んで憮然として聞いていた。そういうことだと僕は理解した。手形発行の代金を得るだけで、後は何もしないということだ。道楽でやっているのか、もっと他で稼いでいるのか。たまたま馬飼いのミタフが手間をかけてくれただけで、本来、馬の貸主は馬さえ返されればいいし、旅人が旅の途中で消えることはよくある。
「おっさん」
レイが机に腕をついた。
「あんたらも酔狂で徒党組んでるわけじゃないんだろ?手形ってのは信頼の証だよ。それを偽物かもしれないってのも、結局はあんたらの責任だろ?偽物作った奴が悪いんですってのは、旅人には通じない話だ」
僕は感心して聞いた。
「そんなんじゃ、わたしたちか弱い女は何を信じて旅すればいいのかわからないよ」
いささか引っかかることもあるものの、僕もレイの意見は概ね間違ってはいないと思うぞ。
「とにかく調べもしないで解決しましたというのは、誰も納得しないと思いますよ」
「補償を求めますかな?二ヶ月ほどかかりますが」
「いいですよ。ただ気をつけるように知らせに来ただけですし。こんなことしていたら信頼をなくしますよ。そうすれば街道沿いで仕事ができなくなるんじゃないですか」
「ご心配には及びません。ありがとうございます」
「では僕たちはこれで。頼まれたことはしました。帰る」
僕としては、これ以上、何か得るものがあるのかと考えれば、こんなところにいてもしようがないという判断をした。どうせあの馬方は二度と働けないんだし。
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