第5話 馬飼いのミタフ

 もし僕がボスで、手下二人を殺されたら、どうする?他の手下への示しもあるし、殺した犯人を探すしかない。剣を背負う女と何の変哲もない男の二人旅で、駅から馬に乗った二人組みだ。コロブツの街へ行くだろうことは、何となくわかる。街道や脇道で待ち伏せするかな。

 となれば、僕たちのすることは一つしかない。話し合いだ。誤解を解くために話し合おう。そんなことするわけもない。勝手に戻る馬を尾行した。あっちで水を飲み、こっちで草を食み、また来た道を駅まで戻ったり、ちんたら歩きまわる。

「ぶっ殺すぞ」

 レイのイライラが頂点付近になりかけたとき、小川沿いの厩が並んだところに着いた。十数頭の馬が厩舎にいて、少し広めの小屋には灯がついていた。若者が一人、戻ってきた馬を見つけて、小屋に走った。ぞろぞろと三人が現れ、一人が蹄鉄や馬鞍を調べ、若者に命じた。若者は馬を裸にして、厩舎へ移動し、濡れた布で体を拭いてやり、丁寧に話しかけながらブラッシングした。よく無事で戻ってきたな。怖かっただろうなど慈しみの声が聞こえた。もちろん馬は悠々と戻ってきた。ここまで遅くなった理由を証言してやりたいくらいだ。

 では僕たちは何をしているのかというと、どうせ狙われるなら、攻め込んでやるという意見でまとまっていた。追われるなんて面倒だ。

「まずあの若いのを殺す!」

 突撃を止められたレイは勢いよく僕の背にぶつかった。

「レイ、まず話し合おう」

「なぜ」

 僕の肩に怒った顔を乗せた。目がつり上がっていた。

「これさ、貸してるんじゃね?」

「意味がわからん」

「馬を貸す人がいて、殺された連中は馬を借りてたんだよ」

「わたしたちを襲うためにか」

「そうじゃなくて。旅人や荷物を運ぶために」

 要するに損料という借賃を払って、馬飼いのボスから馬を借りていた連中の中には、あんなことをする者もいるということだ。

「なるほど」

「馬さえ戻ればいいのか」

「たぶん貸賃は初めに払ってあるのか。それとも掛けなのかだね」

「掛け?」

 例えば十日に一度払うとか。決めた日に払うようにすることだ。

「おまえ、賢いな」

「塔で勉強したんだ」

「フィリと一緒にか?」

 根に持つな。まさかレイがここまで執念深いとは思わなかった。

「で、どうする?」

 レイが尋ねた。

「とはいうものの、聞いてみるしかないわな」

 僕は厩舎から出てきた若者の首筋に仕込み杖を添えた。そして片膝をついた。息を飲むと同時に少年は飼い葉桶を落とした。まだ子供だった。よく働いていた。ブラッシングをしている間、ずっと労いの言葉をかけていた。糞をバケツに入れる間も「どこかでうまいもん食うてきたのか」と笑いかけていた。

 レイは、

「殺さないでやろう」

 と、呟いた。まだ誰も殺すとは決めてない。僕たちを追わないでくれと伝えることだ。物理的に追えないようにすることではない。

「静かに」

「聞かれたことに答えろ」

 レイが素早く言った。

 少年は頷いた。

「この杖に見覚えは?」

「あ、あります」

 レイは、

「ほら。仲間じゃん」

 と、不機嫌に呟いた。それは半ば小屋にたむろする連中を殺すと決めたようなものだ。

 少年は厩の庇を指差した。そこには乾かすように、いくつもの杖がぶら下げられていた。瘤のあるものやふといもの、細くてくろいもの。

「乾かしてるんです。馬方の人が使えるように」

「全部、中は剣なのか?」

 こんなふうにと、レイは僕の持つ杖の鞘を抜いてみせた。

「ま、まさか!」

 レイは無造作に庇の杖をたしかめた。絶対にやると思ったよ。カランカランと杖が響いて、小屋から五人くらい、六人の影が現れた。

「レイ!」

「剣はないぞ」

「わかった」

 てめえら何者だ!と、一人がランプをかざした。

「動くな!」

 僕は叫んで、少年の首筋に仕込み杖を押しつけた。人質だ。これでは僕たちが悪者ではないか。

「馬が狙いか」

 殺気立った六人のうち、ひときわ迫力のある男が言った。どすの利いた声が、馬までを黙らせた。

「聞きたいことがある」

 僕が言うが早いか、レイは身を低くした瞬間、「殺すな!」と僕が叫んだ。が、三人が倒れた。ランプが地面に落ちて、こぼれたオイルに火が移り、地面を照らした。話をややこしくしてどうする。

「殺してはいない」

「そりゃ、幸いです」

「偉い?」

「う、うん……」

 少しも偉くない。レイの射程に残りは入っていた。雇われが二人とボスが一人。

「お兄さん」

「ん?」

 少年が一か八かで動く。仕込み杖で殺すこともできたが、もちろんそんな気もない。顔に桶にいっぱいの馬糞をぶちまけられた。そのまま少年は薄暗い厩舎に逃げた。

「くそがきが……」

 すかさず元締の長剣がレイを襲った。速い!僕は仕込み杖を投げつけた。その柄がレイの体をかすめて両手剣に直撃した。何とか攻撃をかわしたレイは二人を倒した。

「話がある!」

「話し合いてえのは、人質をとるところからやるのかよ!」

 たしかに。

 僕は両手のハンドアックスで首領の剣を受け止めた。頂点からの衝撃に骨がきしむようだ。荒っぽいが速さと力で押してくる。このままどちらかが逃げ手を打てば、逃げた方がやられる。しかしすでにレイが男の背後をとっていた。

「おっさん、諦めろ。相棒が後ろとってるよ」

「盗人猛々しいじゃねえか。俺はな、このなまくら一つで身を起こして生きてきたんだ。この世に未練なんてねえよ。死ぬときゃ、てめえ一人くらい道連れもいいもんだぜ」

「ちょ、ちょっと話そう」

「だがな、道連れはてめえらじゃねえんだ。悪いが、今回はてめえらだけで逝きな」

 ぐっと押し込んできた。

 僕が日和った。そんな覚悟の人とやり合う気はない。と、わずかに彼の剣がゆるんだ。僕に逃げる間が与えられたのだ。レイか?何もしていない。国ノ剣を抜いていたが。

「使うなよ!」

 火だ。

 僕は背後の火わや消そうと地面に飛び込んだ。もう少しのところで厩の藁に移る。いや。もうすでに移っていた。ハンドアックスを捨てて、慌てて藁を掻き出した。

 まずい。

 子供がいるはずだ。

 馬は騒いだ。

「いつまで寝てやがる!」

 元締は手下に命じた。

「てめえら水を汲んで来い!」

 死んだふりでもしていたのかと思うほど、全員が飛び起きた。手に桶を持ち、川へと走る。首領は厩へと入ると、馬は大人しくなった。

「出てこい、ズミ!」

「お父ちゃん!」

 父は抱き上げて戻ってきた。馬糞と火の粉にまみれた僕を踏みつけて。その上から手に手に水をぶっかけられた。ついでに縛られた。

「レイさんよ、何してんだ」

「おまえが使うなと言うからだ」

 レイは縛られていない。

 なぜかというと、

「レディはちゃんと扱わねえといけねえからな」

 ということらしい。 

 庭は不穏だ。

「ズミ、ケガはないか?」

「うん。このお兄さん、やっつけないの?」

 そんなこと言うもんじゃありません。撫で斬りにされなかっただけでもよかったんだよ。それに馬糞ぶちまけたんだから、君の勝ちだ。

「どうする?親父」

 皆、息子かよ。この岩石に髭生やしたような奴の息子か?

「ズミを救おうとしてくれたのは認めねえとな。それと俺様の力任せの剣を受け止めた度胸もな」

 だからほどいてください。

「わずかな動揺も見逃してはくれなかったな。まあ、せめて苦しまないようにしてやるよ」

「馬も助けました」

「ああ、そうだったな」

 椅子に腰掛けたレイは、

「もしシンに指一つでもかけようもんなら、おまえら殺すからな」

「おいおい。お嬢さん、得物も持ってないのにどうする?」

 誰かが笑った。

「もうよそうかね。お嬢さんの堪忍袋は薄いらしい。冗談はここまでにしようや。兄さん、話は聞かせてもらえるんだろうな」

 僕が話そうとすると、レイがすべてを話した。茂みの向こうで起きたことは、レイしか知らない。レイが手の平をひらりと動かすと、青白く発光した国ノ王の剣が浮かんだ。まるで誰かが構えているようだ。

「こいつが首を斬り落とした」

「わかったからやめろ」

 僕はレイを睨んだ。レイは不満があろうとも、僕の言うことを聞いてくれた。

 




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