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 突然だが、真夜中の山中にて、小太郎は遭難していた。


「いやホント……さすがに突然過ぎるから」


 遡ること1時間ほど前、就寝時間となり各ロッジも消灯していったのだが、不思議なことに、小太郎は一切眠れずにいた。


「何も不思議じゃねえっつーの。理由は明白じゃねえか。コーヒーライスのせいだよ」


 そりゃそうだよね。

 業務用お得サイズインスタントコーヒーを一袋分も食べたわけだし、普通は眠れなくなるよね。


「逆だ逆。業務用お得サイズインスタントコーヒーを一袋分なんて余裕で致死量じゃねえか。普通は起きるどころか永眠だよ。むしろなんで俺は生きてんだよ。死ぬどころか目がギンギンじゃねえか」


 そこはそれ。だってこれ、ゲームだし。

 そんなこんなで、全然まったく一切合切眠れなくなった小太郎は、気分転換にコソッと散歩に出かけたのだが……それがいけなかった。

 月の光がランプのように地上を照らしていたものの、そこは夜の山。

 遊歩道を歩いていたところ、うっかりと足を滑らせた小太郎は崖を転がり落ち、こうして遭難したのである。

 

「遭難までの流れがこんなざっくりした解説でいいのかよ。さすがに急展開が過ぎて墜落するレベルだが? まあ実際に滑落してるんだけど」


 呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ。

 時短のためにかなりざっくりと経緯を解説したけれども、真夜中の山で通信手段もなく遭難するとか、割とマジで大ピンチだよ小太郎。


「クソ。崖落ちた時にスマホがぶっ壊れたのが悔やまれるな」


 いやいや、むしろ数十メートル崖から落ちたのに無傷なことを喜ぼうよ。

 ぶっちゃけ奇跡だよ奇跡。


「奇跡にしても限度ってもんがあるだろうが。崖から数十メートル滑落したのにケガすらないってどういうことだよ。コーヒー大量食いしてもピンピンしてるしよ。いつ俺は超人になったんだ? コーヒーライスか? コーヒーライス食ったせいか?」


 だから気にすべきところはそこじゃないって。

 どうするの? どうやって戻るわけ?


「山で遭難した時は登れって言うだろ? とにかく上を目指すしかあるまい」


 小太郎ってたまにすんごい逞しい時あるよね。

 普通は慌てふためくところなんだけど。


「そりゃたぶんアレだ。俺一人ならすげえテンパってただろうけど、俺の場合チノブがいるからな。常に誰かと相談できるなら、それこそ悩むことも少なくなるってやつだ」


 そこは小太郎のチート能力って感じがするね。

 それにしても、本当に唐突な展開だよね。こういう時って、だいたい何かしら重要なイベントがあったりするわけだけども。


「確かに。しかしこのゲームの開発者が考えるイベントだろ? ぶっちゃけロクなもんでもない気がするんだけど」


 そうかな?

 案外新しいヒロインが登場するんじゃないの?


「こんな深夜の山のど真ん中で遭遇するとか、それもうヒロインじゃなくて危険人物だろうに。トキメク前に戦慄するっつーの」


 ……あーでも、今なんかピーンと来たよ。

 夜は深く沈み、月すらも夢を見ているような静寂の中、ふと小太郎へ声が届く。


「……妙な気配がすると思えば、なんじゃ、ただの小僧じゃったか」


「!?」


 声は頭上から響いた。

 小太郎が木を見上げれば、太い枝に誰かが腰かけているようだ。夜の暗がりではっきりと姿は見えないが、影の形、そして声からして、小太郎と同い年くらいの少女であることはわかった。


「……誰だ?」


 小太郎の問いに、少女はクスリと笑う。


「そう警戒せずともよい。見ればお主、道に迷っておるようじゃの」


「それはまあ……そうだけど」


「ここは霊力充つる神聖な森。それゆえ、人が迷い込むこともしばしばあっての。どうやら、当代の迷い人はお主のようじゃな」


「霊力って……また一段と新設定っぽい言葉が出て来たな……」


「新設定?」


「いやこっちの話。それで? 迷い込んだ俺をどうするつもりだ?」


「ふふふ、安心せい。これも何かの縁じゃて。儂がお主を仲間の下へ帰してやろう。……ただし、少々儂の暇つぶしには付き合ってもらうがの」


「暇つぶし?」


 そして少女は木から飛び降りる。その体は重力から解放されたように、ふわりと、綿毛のように、静かに着地した。

 そこでようやく、小太郎は彼女の姿を捉えることができた。

 巫女のような着物、今宵の月のように輝く銀髪。妖艶にして、不気味さすらも感じる美しい容姿。

 その少女は小太郎の傍まで歩くと、そっと右手を差し出した。


「儂の名は、玉羨。那須國玉羨なすくにのぎょくせん。お主、名は?」


「俺? 俺は、山田小太郎だけど……」


 小太郎は少女――玉羨の差し出された手をジィっと見つめる。


「……これ、なに?」


「握手じゃよ握手。見てわからぬか?」


「いやそうじゃなくて、なぜ今?」


「いいから、ほれ、手を取らんか」


「…………」


 しかし小太郎は頑なに手を差し出さない。

 ……っていうかホント、話が進まないからさっさと手を掴んだら?


「いやな、これどう考えても怪しいだろ? だってこんな真夜中の山の中で、絵に描いたようなコッテコテの年寄臭い口調の美少女巫女だぞ? 怪しさ以外の要素が見当たらねえよ」


「お主、意外と用心深いんじゃな。そこまでありながら、なぜまた遭難したのか見当もつかぬわい」


「主にコーヒーのせいだよ。それより、その握手にはどういう意味があるんだよ」


「なぁに、ただの契りじゃ。怯えぬとも良い」


「契りって言葉がすこぶる不安を掻き立てるんだが……」


 あーだこーだと握手を拒む小太郎に、玉羨は小さく舌打ちを溢した。


「……ふん、つまらぬ。もう飽いたわ」


 玉羨は手を引くや、パチンと指を鳴らす。

 すると小太郎の周囲に、白い靄のような煙が立ち込めた。


「な、なんだこれ!?」


「少しは楽しめるかと思ったが……とんだ見込み違いじゃったわ。達者での小太郎。二度と会うこともあるまい……――」


 声は少しずつ遠のいていき、やがて霞に紛れる。そして完全に聞こえなくなったところで、靄はまるで夢であったかのように消え去っていた。

 更に驚くべきことに、小太郎が立っている場所……そこは、小太郎が宿泊していた研修施設のすぐ近くの森であった。

 木々の隙間からは建物の街灯の光が確かに見える。しかし、それは間違いなく先ほどまで見えなかった光でもあった。

 何が何だかわからない小太郎は、ぼりぼりと頭をかく。


「……なんだったんだ、あいつ」


 なにって、決まってるでしょ。

 顔が見えたんだから新キャラだよ新キャラ。


「新キャラって……あいつもういなくなってるんだが?」


 大丈夫大丈夫、どうせすぐに会うことになるからさ。

 ほら、足元を見てごらんよ。


「足元って……ん? なんだこれ?」


 小太郎の足元に転がっていたのは、真っ黒な拳程度の大きさの石だった。小太郎は手に取りまじまじと見るが、特に変わったところはない。


「これ……石?」


 それは妖生石ってやつで、つまりは力の塊みたいなもんだよ。妖魔が幽世から現世に顕現する時に錬成される結晶で、妖生石だけなら何の変哲もないただの石なんだけど、持ち主の妖魔の力を制御できるようになるって言われてるんだ。超常的な力に満ちている幽世と、それらの力がほとんどない現世の霊的な力の誤差からどうしても生じるらしいんだけど、それを盗まれると非常に困るわけだから、普通は妖魔自身が大切に保管しているんだよね。今回の場合、玉羨がそれを落としたってことさ。

 わかった?


「何言ってんのかはまるでわからんが、開発者がロリババアを出したかったってのはわかった。突然の遭難から突然の妖魔キャラまで、やりたい放題にも程がある」


 呆れを通り越して虚無になる小太郎であった。






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