隠しきれない隠し味





 翌日、紫桜館学園1年一同は貸切バスにて林間学校へと向かう。

 雑談が飛び交う車内にて、窓側の席に座る小太郎は、移り行く景色をぼんやりと眺めていた。

 建物ばかりだった街並みは、徐々に文明が薄くなる。コンクリートは減り、緑が増え、バスはひたすらに山を目指す。

 学校を出て数時間後、周囲が山で埋め尽くされた頃、バスはようやくその宿泊施設に辿り着いたのである。


「ナレーションでざっくり説明してくれたけど、さすがにバスで数時間は長えよ。そもそも理不尽に1ヶ月時間をすっ飛ばしたくせに、なんでここだけ時間の感覚がリアルタイムなんだよ。これこそスキップしろよ」


 スキップするなって叫んだり、スキップしろってぼやいたりさ。

 小太郎ってわがままだよね。


「そういう問題か? っていうか、ここどこだよ」


 某県某市の某山山中にある某宿泊施設だよ。


「某だらけじゃねえか。どんだけ秘密主義なんだよ」


 仕方ないよ。ここで都道府県や山を特定しちゃうと、色々と不都合があったりトラブルになったりするわけだからさ。

 コンプライアンス管理ってやつだよ。


 そんなこんなで小太郎達は、重いバッグを肩にかけて施設へと入るのであった。

 その施設は、山の中にある研修施設である。地上3階の白い建物であり、中には大浴場、食堂、講堂といったものがあり、主に学校行事や企業の研修などで使用される。

 本来はベッドが完備された客室もあるのだが、今回小太郎達が使うのは、その研修施設の周囲に建てられた木造のロッジ。小太郎達のような学生による林間学校、地域の行事、はたまたファミリー向けの宿泊プランと、意外と人気を博している。

 林間学校というわけだが、何も二泊三日ひたすらに勉強をするものでもない。初日は午後まで補修課題があるのだが、夕方からはオリエンテーションが当てられる。

 班を編成し、夕食を作ることになっていた。

 メニューは、もはや鉄板と言えるカレー。

 そして小太郎の班のメンバーというのが――。


「あー、もういいよチノブ。それはもういい」


 もういいって、それじゃあメンバーが誰かわからないじゃない。


「わかるだろ。もうこういう流れだと決まってるみたいなもんだろうが。俺と鏡花、秋良にエリスの4人だよ。こいう班編成だと主要人物で固まるのは決定事項なんだよ」


 小太郎による台無しメンバー紹介に、エリスは首を傾げていた。


「小太郎は、さっきから何を言ってるんだ?」


「それはどうでもいいんだよ。それよりも、だよ


 小太郎は目の前にある寸胴鍋を指さす。

 その中には煮込まれるカレー……らしきものが入っているのだが、どうにも色がおかしい。カレーと呼ぶには些か、黒の色彩が多い。


「目の前にはカレーがあるはずなんだが……なんでそのカレーから、こんなにもコーヒーの香りが存分に漂ってんだ?」


「…………」


 全員が重い表情で寸胴鍋を見つめていた。


「誰がどの担当だっけ? 俺は火起こしと食材の準備だったが」


 そしてエリス。


「私がご飯を炊いた」


 そしてそして、鏡花が続く。


「私と秋良が、カレーを作ったわ」


「そうか……戦犯はお前らか。何か弁明は?」


 鏡花はムッと顔をしかめた。


「ちょっと待って。どうして私まで? 言っておくけど、私は食材を切って炒めて煮込んだだけだからね。あとは秋良がルーを入れるだけだったんだけど……」


 そこでようやく、全員の視線が秋良に注がれた。


「私? 私もルーを入れただけですよ」


 秋良はニッコリと微笑んでいた。


「本当にルーだけか? 間違いないのか?」


「ええ。……ああそれと、隠し味を少々ですね」


「お嬢様、隠し味とは……もしや、これを?」


 そう言ってエリスが手に取ったのは、空になったインスタントコーヒーの袋である。


「ええ、そうですけど?」


「そうですけど……じゃねえよ。お前よぉ、インスタントコーヒーを一袋入れる奴がいるかよ」


「しかもこれ、業務用のお得サイズじゃないの……どっから持ってきたのよ、それ」


「これですか? 施設の中にありました」


「ありましたって、勝手に使ったのね……」


 しかし秋良は状況が掴めないのか、きょとんとしていた。


「でも、私が事前に調べたところによると、カレーに隠し味を入れると美味だと書いてありましたが……」


「隠しきれてねえんだよ。隠し味を入れすぎて隠れることなく全面主張してるんだよ、コーヒーがよ。つーかなんでコーヒーなんだよ」


「私が見たサイトでは、インスタントコーヒーを入れることでカレーの中に仄かなコーヒーの香りが混じり奥深いに味わいになると書いてあったので」


「お前このカレー味見したのかよ。これじゃコーヒーの中に仄かなカレーの香りが混じって闇深い味わいになってるんだよ。主役と脇役が立場逆転してるんだよ。俺が食いたいのはカレーライスであってコーヒーライスじゃねえんだよ」


「それで? 結局どうするのよ、これ」


「…………」


 再び、全員が重く沈黙する。


「でも、これを食べないと私達の夕ご飯がありませんよ?」


「ここに来て夕食抜きなんて冗談じゃないわ。お腹が空いて夜も眠れないじゃない」


「でもこれ食っちまうとカフェイン効果で結局夜も眠れねえよ」


「進むも不眠、止まるも不眠か……。進退窮まったな……」


 あー小太郎。先に言っておくけど、捨てるって選択肢はないからね。


「なんでだよ」


 そりゃそうさ。

 確かに料理に失敗したのはドンマイだけど、それを捨てるなんてのはゲームが許してもSDGsが許さないから。

 捨てるなら、たぶんゲームオーバーだから。


「……鏡花、ちょっといいか?」


「なによ」


「食うしかないらしい。ゲーム的に」


「はぁ? これを食べろっていうの?」


「仕方ねえだろ。他に食うものねえんだし」


「だったら私達は白ご飯だけいただくわ。小太郎、あんたカレー全部食べていいわよ」


「寸胴鍋いっぱいのほぼコーヒーのカレーとか食えねえよ! 下手すりゃ命に関わるぞ!」


「大丈夫よ。ゲームのハプニングパートみたいなものだし、なんだかんだで生存するわよ。たぶんね」


「仮に死ななくても俺が味わう苦しさはしっかり現実なんだが?」


 その後、文字通り必死にコーヒーカレーを胃に詰め込んだ小太郎。

 何度か彼岸を彷徨いながらも、ハプニングパート効果により一命を取り留めるのであった。








 


 


 




 

 


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